懺悔

Fluoroid

エピローグ

 引き出しの奥の底にあった隠し蓋の下。

 どうしてそんなところに隠してあったのかはわかりませんが、確かに私を待っていたそのルーズリーフの切れ端には、遺書とも呼べる何かが記されておりました。

 これはもう十数年前のことです。私の人生における唯一の親友が自殺しました。そして、前述した出来事は、実際に私が親友の葬儀に出向いた時に起こったものであります。

 彼は———死ぬ一年ほど前からの彼は、死んだような目をしておりました。もちろん、生きていましたが、それまで十年近くの付き合いがありました私にしてみれば、「生きている死体」と形容する他ないほど憔悴しきっていたのです。それほど、彼は追い詰められていました。

 彼を追い詰めた犯人は私です。直接ではありませんでしたが、私は、その犯罪の片棒を握っておりました。

 だから、私は償わない訳にはいきません。

 ここで、私が見て、聞いた事のすべてを記し、筆を置きたいと思います。

 ———そう、あれは夏の日でした。彼が自殺する数ヶ月前のことです。私は彼に呼び出され、近所の寺に行きました。そこで彼に打ち明けられたのは、彼が人を殺してしまった、という事でした。

 私は彼に、どうしてそんなことになったのか、どういう経緯でそれに至ったのかを事細かに質問したのを覚えています。

 彼は、衰弱しきった眼をしながら説明しました。

 彼は、確かに一人、人を殺してしまっていました。ですが、私には彼に対する罪というものを認められなかったのです。

 彼が殺した女性は、私もよく知る、同年齢の女性でした。そして彼は複数人で犯行に及んだとのことでした。

 さて、私に何が言えるのか、言えたのか。皆目見当もつかない状況でしたが、彼には罪が無い、ということは確かでした。私はそれを必死に訴えましたが、彼の目に光が戻ることはありませんでした。

 実際、新聞の一面を飾るほどの事件であり、その後の教育や指導への影響も大きかった事件でしたが、彼にその責任の追及が来ることはありませんでした。

 ただ、彼は裁かれたかったのです。彼が殺した女性に、彼は償いたかったのです。私はその裁きを、償いを受け入れませんでした。

 私はただ、彼に対して彼の罪を認めなかっただけの男でした。彼の意思を、彼の覚悟を殺しました。彼の罪の意識は、償いは虚空へ消え去ったのです。いや、私が消したも同然でした。

 彼は確かに罪を持って、裁きを待っていました。周りの大人も、同級生さえも認めない、彼だけの覚悟があったのです。

 これは私だけの罪では無いのかもしれませんが、私は当時の彼と同じよつに、裁きを待っています。

 私と彼はおんなじです。我が人生で唯一無二の親友は、私が殺しました。

 私は彼の意思を受け継ぎ、小説家を志しました。彼は、筆を持つことなくその筆を置きましたが、私は彼の筆で物書きになったのです。ですが、もう私に出来ることは、こうして昔の罪をだらだらと書き殴り、赦されたような気持ちに浸ることだけしか残っていません。

 だからこそ、私には出来なかったことを、これを見た全ての人に行ってほしいのです。

 私は彼の遺した恨み言を、この先に綴ります。きっと私は、彼に赦してはもらえないでしょう。


僕らの間では空気と、それを塞ぎ込む仕切りだけが息をしていた

きっと君には見えなかった

僕だけがそれを見ていた

君は、あるいは他の誰かは、その仕切りに気づかないまま歩いた

そしてそのまま死んでいった

僕だけが見ていた。僕だけが気づいていた

君を殺した仕切りは、今も僕の前にある

そして、坂の上に建つ君の墓に、今日も僕は行く

これは君を悼む詩であり、僕の罪の告白でもある

僕は君を見捨てた

これは僕の贖うべき業であり、従うべきしきたりだ

僕は君を追う


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懺悔 Fluoroid @No_9-Sentences

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