第9話【心肺蘇生】

……………………………………………………


 見覚え無い街。

 大きな通りを走る無数の知らない乗り物。

 沢山の人で賑わう商店街。

 

 どれも知らない筈なのに何処かの懐かしく感じる。


 あぁ、またか。

 僕はまた夢を見ているんだな。


 今日はあの白い外衣……白衣というものは着ていない。

 アレも不思議と懐かしみを感じたが、この洋服というものも自分が持っていた物で一番のお気に入りだった気が………する?


 この夢はどうやら僕になる前のこの男の記憶……?

 と、信じられないが、不思議と自然にそう浮かんでくる。


「アレっ? ――病院の―――先生じゃねぇか!」


 突然、後ろから誰かに呼びかけられる。

 振り向くとそこには一人の三十代前半位の男性がいる。


「あっ! 萩野か? 久しぶりだな、大学以来か?」

「確かにこんな所で大学時代の友人と偶々合うってのは奇遇だな。」


 頭を掻きながらこの男はそう言う。


「そうだな―――と言うかよくこんな人混みの中で萩野も俺に気づいたね。」

「こういうのは俺の隠し芸の一つだぜ。」

「どんな芸だよ。そういや、萩野はここで何やってるんだ?」

「俺は最近って言うか昨日のこのあたりに引っ越してきてよー。適当にプラプラ散歩してただけなんだがお前は何やってたんだ?」


「俺は散歩ついでの買い物。」

「そういや、お前もこの辺に住んでたな。」

「あ、萩野。引っ越して来たってもしかして……」

「そ、明日からお前と同じ職場で働くことになるな。」

「そうなのか、じゃ、良ければこの辺りでも少し案内しようか?」

「いやー、絶好方向音痴中だったから助かったぜ。じゃ、頼む。」


 ハギノという人物にこの町を案内して行く。


 僕も何だか案内されている様な気分になるな。

 この前、気になる物に意識を集中させると、それが何なのか分かるっていう発見は今思うとやっぱりかなり大きい……

 色々わかって少しはこの夢を楽しめそうだ。


 しばらく進むとキレイに整備された河原に出る。


「へー、こんな所に野球グラウンドなんかあるんだ。」

「偶に近くの少年野球チームが試合とかしてたりするんだけど、今日はどうやら子供二人がキャッチボールをしてる位みたいだな。」

「しっかしキャッチボールか……大学時代の昼休みにお前と少しだけやったよな〜」

「懐かしいな、そういやあの時初めて萩野が球技音痴って知ったんだっけ?」

「ははは、未だに球技系で出来るのは卓球位だよ。」


 何となく二人の少年の下手なキャッチボールと言うモノをハギノと眺めている。

 どうやらハギノはもう一人のヘッタクソな方と自分を重ねているみたいだ。

 河原には二人の子供と、近くで釣りをしている男ぐらいしか居ないな。


 何かこの風景を見るのは二度目のような気がする。

 確かこの後、何かあった様な―――


 あ、下手な子が高く上げられたボールを取ろうとして後ろに少しずつ下がっている。

 その子がボールの落下地点の真下でボールが落ちてくるのを構えて待っている。


 すると重力によって弧を描く様に落下してきたボールが男の子に段々近づいていき…………


 ボールは男の子のグローブをすり抜けて凄い勢いのまま男の子の胸に当たる。

 そして男の子が急にその場に倒れ込んだ。


 何やら様子がおかしいな。


「萩野っ!」

「ああ、アレは様子がおかしいな!」


 この体は急いで階段を降り、倒れた男の子の近くへ、ハギノと走っていく。


「おい! おいっ! どうしたんだよ急に倒れて! 誰かっ、誰か助けてっ!!」


 一緒にキャッチボールをしていた子が焦った様子で、倒れ込んで居る子の肩を何度も叩いたりして呼び掛けている。


 そしてハギノと男の子に駆け寄る。


「萩野! 瞳孔が開いてる。やっぱりVF心室細動だ。すぐに救急車を」

「ああ! お前は心臓マッサージしててくれ!」

「分かってる!」

「おじさん! 隼を助けて!!」


 もう一人の男の子が不安そうにそう言ってくる。


「あぁ、勿論だ! 君たちは運が良い、ここに医者が二人もいるんだからな!」


 緊迫した状況…………


 直ちにこの体はこの男の子に胸骨圧迫心臓マッサージ、人工呼吸などの心肺蘇生術と言うモノを施していく。


 方法は至ってシンプル。

 

 先ず、胸の真ん中に手の付け根を置き、もう片方の手でその手の上に乗せて指を組む。

 

 両肘を真っ直ぐ伸ばし、肩は手のひらの真上になる姿勢で約5センチ位沈むように圧迫する。


 これを一分間に約百回から百二十回……


 つまりのペースで圧迫し続けるらしい。


 他にもマウスピースと言うモノを倒れてる男の子に咥えさせ、人工呼吸と言うのもの行う。


 胸骨圧迫を終えるたびに人工呼吸をの一セットでおこなっていく。


「もうしばらく待っててくれ! この近くの公民館にAED自動体外式除細動器がある筈だから借りに行ってくるぞ!」

「ああ! 頼むっ!」


 ハギノが119当番をし、救急車を呼んだ後AEDというものを取りに走って行く。


 そして直ぐにオレンジ色のバックのような物を持ってくる。


「AED持ってきたぞ!」


 服をめくり、電極パットを図の通りに張る。


『体に触らないでください。心電図を調べています。』

『―――ショックが必要です。充電しています。』


 そしてこの体はAEDの点滅するボタンをしっかりと押す。


『…………ショックを行いました。体に触っても大丈夫です。』


 音声ガイドの指示通りもう一度、胸骨圧迫を行い、AEDで心電図を調べる。


『心電図が変化したのでショックを中止します。』


「よっし、萩野! 戻ったぞ。」

「お疲れさん。後は様子を見ながら救急隊を待つだけだな。」


(自発呼吸も戻ったし、聴診器で心臓の音とかを聞いている限り大丈夫だと思うが油断は禁物だな。)


 それからすぐに救急隊が到着し、無事大事には至らなかったらしい。


……………………………………………………


 そして目が覚める。


「う゛っ………何か、頭が痛い…………」


 不思議な夢から覚めるといきなり激しい頭痛に襲われる。

 突然何処かからなにかを大量に入れられた様な違和感を感じる。

 何かが頭の中で渦巻くような……不思議な違和感……


「確か頭痛薬があったよな……取り敢えず気休め程度には飲んでおくか……」


 隠し棚の中に入れておいた粉末状の頭痛薬とオブラートを出す。


 本当は液体タイプの方がいいんだけどあまり保存に向いてないんだよなぁ…… 

 頭痛薬ってあんまり使わないし……


「やっぱりまだ頭が痛いな……まぁ、飲んで直ぐに効くタイプじゃ無いししょうがないか……」


 何か温かいお茶を飲んだら少し落ち着いた気が――――訂正。やっぱ全然落ち着かない。


 また何か頭の中を駆け回るように見たことの無い器具が浮かんでくる。


 頭痛を紛らわせる為、それ等を取り敢えず紙に書いて行くと一つ書き終えるたびに段々楽になっていく気がした。


 そして全て書き終えると完全に頭痛が収まった。


「やっと落ち着いてきた……なんだコレ? 何時の間にか僕はこんなにこんな物を描いていたのか?」


 気づけば床一面にどれも見た事の無い物が描かれた紙が散乱している。


「…………どうなってんだよ……コレ……」


 床に散らばっている紙を拾い集めながら眺めると、殆ど途中から無意識に描いていたという事に気づく。


 紙を全て拾い集め、束ねる。

 何かの役に立つかもしれないし捨てないでおこう……

 しかし、やっぱりこの前ふと突然頭に浮かんだ前世の記憶ってヤツなのか?

 実際そういう感じの人が居た―――みたいな話を聞いた事があるような気がするし……


 いや、夢で見た世界で、か?

 もう何が何なのか分からなくなって来たな……


 う〜ん……考えているとまた頭が痛くなりそうだし気分転換に散歩でもしてくるか……


 あ、エイテ親父にこの前の注射針の代金支払いに行くついでに、この紙を預けておこうかな? 


「ん〜〜……取り敢えず外に出るか。」


 そうして村での三日目の朝は明けていった。

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