スカートの中


 不審だ。何故か皆の態度がよそよそしい。オレが話しかけようとしたり、何かを手伝ったりしようとしたら、逃げるように離れて行ってしまう。その度に皆一様に顔を赤くして、オレの顔を見ようとしないのだ。先程リュカとあんなことがあったから、少しでも普段通りの生活をして心を落ち着けたかったのだが、どうにもそれをさせてくれない。すると、洗濯物の入った籠を抱えて外にでようとしているパトリシアを発見した。ただ、籠にたくさん洗濯物を詰め込み過ぎていて、時折重そうに籠を床に下ろしている。パトリシアは一応男の子だが、外見同様腕力も女の子なのだ。


「パティ、重そうだな。オレが運ぼうか?」


「ひゃっ!? あ、え、エドガーさま……」


「どうしたそんなに驚いて」


 飛び上がって振り向くやいなや、パトリシアはすぐに距離を取るように一歩下がった。頬を赤くして、オレから視線をそらす。


「い、いえ。大丈夫ですから!」


「いや、でも……」


「近づかないで下さい!」


「え……」


 突如パトリシアが叫んだ。拒絶、された。悲鳴のような声は、きぃんとオレの鼓膜を震わせて、脳内で反響する。彼女の細うでは、オレとの間合いを少しでも広げようと前に突き出され、手のひらを向けてきている。そんな、バカな……


「わ、私はお仕事があるので。それでは!」


 パトリシアは、重い洗濯籠を抱えて逃げ出すように駆けていってしまった。その小さな背中を、放心状態で見るともなしに見ていた。どさりと、精神と一緒に膝から崩れ落ちる。パトリシアに、嫌われてしまった……。オレの可愛い可愛いパトリシアに、嫌われてしまった……。何故だ。昨日スカートをめくろうとして追いかけ回したのがいけなかったのか? でも、あれは単なる好奇心、探究心からくるものであって、決していやらしい気持ちから行ったものではないんだ。でも、よくよく考えてみると嫌われても仕方ないような行動だった。


「ん、うおっ!? ど、どうした? 何をしているんだ貴様?」


 床に倒れ伏しているオレの所に、掃除道具を手に持ったふりふりメイドのリーリがやってきた。びくりと跳ね上がりながら、オレの肩に手をかける。だが、その動作にも躊躇が見られた。


「リーリ……」


「体調が悪いのか? なら部屋に戻ってだな……」


「違うんだ。パトリシアに、嫌われてしまったみたいなんだ……」


「……私は掃除で忙しい。まあ、頑張れ」


 冷たい。オレがこんなにも傷ついていると言うのに、こいつは掃除を優先するのか。絶望で涙すら流しているオレを放置し、せっせと掃除をこなすなんて、まさに悪鬼の所業だ。


「なぁ! 何でだと思う!? オレ、パトリシアに何かしちゃったかな!?」


「う、うわ! 落ち着け! 何かしたかと言う話であれば、貴様はパトリシアにいつも変態行為を働いている! それだけでも嫌われる理由にはなるぞ!」


「そ、そんな……。でも、あんなに可愛いパトリシアに、えっちなことをしないなんて無理だ!」


「私はそんな貴様が無理だ……」


 嫌悪感を隠そうともしない引きつった表情でリーリは呟く。今すぐにでも手元にある箒でオレを追い払う勢いだ。だが、そんなことではオレはくじけたりしない。いや、すでに十分くじけているから、これ以上は折れようがないのだ。今日も空は晴れわたる快晴だと言うのに、心の中はこんなにも湿った風が吹き抜ける。


「……ふぅ。種明かしは後だと言われていたが、仕方ない。教えてやろう」


「……? 何の話だ?」


 そこから赤くなったリーリが言いにくそうに教えてくれた内容に、オレの心は激しく動揺し、そして、すぐにめらめらと怒りが沸き起こってきた。誠実な心でオレにことの顛末を話してくれたリーリに礼を言うのも忘れて、ある者を探して屋敷を駆け回る。


「アヤさん!」


 散々屋敷を探し回った挙句、ついにその人を見つけたのは、あろうことかオレの部屋だった。何やらオレのベッドの枕元に透明な水晶玉を隠そうとしている。


「あれ、どうしたんリューシちゃん。そんな慌てて」


「どうしたもこうしたもない! あんた、ハメやがったな!」


「なんや人聞きの悪い。ただ、皆でリュカちゃんとリューシちゃんの情事を見学しよっただけやで?」


「タチ悪いにもほどがあるぞ!」


 つまり、この人はリュカを焚きつけオレに迫らせ、その模様をリアルタイムで皆と一緒に見学していたのだ。あの狭い掃除部屋で起こった全てを、面白おかしく盗撮していた。多分、今その羽に持っている水晶玉が、それを成し得るための便利アイテムなのだろう。魔法に詳しくないオレでもそれくらいの予想は出来る。

 しかし、こうしてアヤさんの企みが完全に露見したというのに、この人は動揺することも、悪びれるこもなくただにやにや、からかうように笑っているだけだ。


「いややわぁ。そんなうちを悪者みたいに。でも、リューシちゃんも言うようになったな。『可愛いよ』だって!」


「てめぇ!」


 羞恥で顔が燃えるように熱い。だと言うのに、背中には冷たい汗が流れていた。


「あと、どうしてまたその水晶玉をオレの部屋に仕掛けようとしてるんだ!」


「いや、多分リューシちゃんは今晩ムラムラして眠れんやろからな。ゴソゴソするんを撮ったろ思て」


「二段構えかよ!」


 本当にこの人は性格が悪い。オレ達を玩具にするのも大概にして欲しい。けれど、どうせオレが何を言ったところで耳を貸してはくれないだろう。


「あんたのせいでパトリシアに逃げられちゃったんだぞ」


「それは責任転嫁やわぁ。スカートめくり野郎から逃げるんは当然や」


「あ、あんたのせいでパトリシアに逃げられちゃったんだぞ!」


 オレは自分の非を認めないぞ。パトリシアはオレとリュカのあれこれを除いたことの罪悪感や、気恥ずかしさからオレを避けているのだろう。要はアヤさんのせいだ。あんな風に拒絶されてしまって、オレのハートはこれ以上ないくらいにぼろぼろなのだ。その落とし前はしっかりつけてもらう。さしあたっては、その水晶玉だ。


「それを今すぐ破壊しろ!」


「ええ? これ結構高いんよ?」


「知るか! そんな恐ろしいアイテムはあなたが持っていてはダメだ!」


 フリーザにドラゴンボールを与えるようなものだ。結果は目に見えている。絶対にろくなことにならない。出来ることならこの人の所持している全てのアイテムを検査し、疑わしい物は破壊するか取り上げておきたいところだが、今は目の前の水晶玉の破壊を目標とする。


「しゃあないなぁ。ほなこれ、リューシちゃんにあげるわ」


「え?」


 強い抵抗を予想していたのだが、アヤさんは素直に水晶玉を投げてきた。直径二十センチくらいのそれは、見た目より重い。キャッチするとずしりとした重力を両手に感じた。


「使い方は簡単や。血を一滴垂らす。そしたら仕掛けとる別の水晶玉で撮れる映像が映し出されるよ。それと」


「な、なんだ?」


 アヤさんは、オレのすぐそばまで歩いてくると、その羽でオレの肩を叩きながら、くすりと笑ってこう言った。


「最後の一つは、お風呂場に仕掛けとるよ」


「っ!?」


「皆は当然知らん。さて、どう使うかはリューシちゃん次第や」


 その囁きに驚愕して振り向くと、もうそこにはアヤさんはいなかった。なんだそのカッコいい演出。

 だが、今はそれどころじゃない。どくどくと言う血液の流れが頭に響く。風呂場、だと? 風呂場に、水晶玉が仕掛けられているだと? 全男性にとっての桃源郷への招待券が、今オレの手の中にあると言うことか? その事実に起きる震えを鎮めることが出来ない。

 いや待て。落ち着けオレ。相手はあのアヤさんだぞ。オレが喜び勇んで水晶玉を覗けば、その向こうに怒った女性陣が勢ぞろいしていることだって考えられる。むしろ、そっちの方が可能性大だ。

 だが、だが逆に考えろ。アヤさんの悪戯の標的が、もしオレではなく他の女性陣だとしたら? 女の子達の裸体を晒させるということが目的なら、この水晶玉はオレにとってのリーサルウェポン以外の何物でもない。

 これは悪魔の甘言だ。信じるべきか、信じないべきか。覗くか、覗かないか。本能としてはめちゃくちゃ覗きたい。これまでも数回、たまたま風呂場の近くを通りかかった時に中からお湯の跳ねる音が聞こえてきて、身体がそちらに吸い寄せられそうになったこともある。だが、オレはその度に鋼の理性を持って耐えてきた。覗きは犯罪行為だし、何より女性の尊厳を著しく冒涜する行いだ。日本男児的紳士であるならばそのような行いは断固として容認すべきではない。

 でも、やっぱり見たいものは見たい! くそ、どうすれば良いんだ! 理性と本能のせめぎ合いで頭が割れそうになったその時、


「あの、エドガー様。いらっしゃいますか?」


 コツコツと、遠慮がちに扉がノックされた。それは可愛いパトリシアの声だった。思わず咄嗟に水晶玉を枕元に隠して、扉を開けた。なんだろう。もしかして今後は話しかけないでくださいとか言われるのだろうか。


「どうした、パティ……」


「いえ、その……失礼します」


 入室してきたパトリシアは、やはりオレの目を見ようとはせずに俯きがちに手をもじもじさせている。ベッドに腰掛けるオレには近づこうとせず、常に五メートルくらいの距離を保っていた。ダメだ。やっぱりもう嫌われてしまっているのか。


「え、エドガー様……。先程は、失礼しました」


「……いや、オレが悪かったんだ。ごめんよパティ。これからは出来るだけパティに近づかないようにするからさ」


「っ! ち、違うんです! 私はただ、エドガー様にきちんと謝罪して、お許しをいただきたくて……」


「謝罪?」


 パトリシアの言っていることがよくわからない。オレから謝ることはそれこそ山ほど思い当たるが、彼女から謝ることなど一つもない。いつもにこにこ気持ちのいい笑顔で仕事をこなしてくれているし、とっても気のつく良い娘だ。オレも含めて屋敷の皆がパトリシアにたくさん助けてもらっている。


「その……主人様の要求は屋敷オーガにとっては絶対です。だと言うのに、私は一度ならず二度までもエドガー様のお求めを拒否してしまいました。本当に、申し訳ありません……」


「あ、ああ、そう言うことか。それなら心配いらないよ。オレがちょっとパティにとって酷いことをしようとしたんだ。パティが気に病むことなんて一つもないんだ」


「で、ですが……」


「大丈夫。オレは怒ったりしてないよ。むしろ、パティに嫌われてしまったんじゃないかって心配してたんだ」


 パトリシアはオレの人生にとっての癒しだ。この娘から嫌われてしまうことは、人生が破綻することと等しい。少なくとも、多分そうではないことがわかっただけでも嬉しい。


「だからさ、これからも仲良くしてくれないかな。きっともうパティが嫌がることはしないからさ」


 絶対とは言いれない辺りオレはパトリシアに完全に落とされているわけだが、それでもなんとか我慢しよう。嫌がるパトリシアも可愛いし、それを見るのも楽しいのだが、今後はそう言う意地悪はしないように心がける。


「……あの」


「ん? どうした?」


 オレの言葉に、一瞬嬉しさと悲しさを混ぜたような複雑な表情をしたパトリシアが、消え入りそうな声で呟いた。オレと彼女の間に広がる五メートルが、ゆっくりと縮められていく。躊躇うような小股で、パトリシアがオレに向かって歩いてきてくれているのだ。


「私、覚悟が出来ました。ですので、その、す、スカートをめくって下さいませ……」


「っな!?」


 顔を真っ赤にしたパトリシアが、両手でスカートの裾を少しだけちょこんと掴む。そして、片手を離すと、オレの左手を取り、自身のスカートに触れさせた。


「恥ずかしいので、あんまり見ないで下さいね……」


 マジか。え、マジか。めくって良いの? いや、良いわけないんだけど、良いの? だって今のパトリシアは嘘つきの茶会の罰ゲーム中で、下着を身につけていない。要は、スカートの下は何も穿いていないのだ。これをめくってしまえば、パトリシアの秘密の花園が、オレの目に飛び込んでくるわけだ。そんな有り難くも背徳的な行為が、許されて良いのか? いや、だが、これは恐ろしくオレの情欲を掻き立て、全身を硬直させる。そんなオレに、パトリシアは最後にこう囁いた。


「優しく、して下さいませ……」

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