作戦(リュカ視点)


 ため息が漏れてしまう。今朝から何度も何度も。せっかくの良いお天気だと言うのに、わたくしの心は晴れることなく重い靄が垂れ込めているかのよう。

 理由はいたって単純。エドガーさまが、近頃全然かまって下さらない。初めてお屋敷に来た頃は、何かと私に質問をして下さったり、一緒にお話して下さったりしたのに、近頃はそれがめっきり少なくなってしまった。

 分かってる。エドガーさまはもうすっかり魔界に慣れてしまったのだ。だから、私などに頼らなくても一人で生活出来る。それは大変喜ばしいことだとも思うけれど、やっぱりどうしてもさみしい。

 以前は一日の大半を私と過ごして下さっていたのに、今では数回会話をする程度。それも本当に二言三言で、事務的な内容だけの時も多い。私がお話を続けようとしても、エドガーさまはさっさと離れていってしまう。私はその背中を見送るだけ。伸ばした手は空を切り、ただ垂れ下がる。

 でも、ため息の理由は他にもある。むしろ、そちらの方が大きいかもしれない。

 今お屋敷にはたくさんの方が暮らしている。お父さま、エドガーさま、リーリ、団長さん、アヤさん、パティちゃん。そして、その中のほとんどが女性で、皆様とっても綺麗な方ばかり。パティちゃんもここでは女性カテゴリーに加える。そして、エドガーさまは私を置いてそんな皆様とばかり遊んでいるのだ!

 まずはリーリ。エドガーさまは一番彼女と仲が良い。二人は否定するかもしれないけれど、私から見れば二人のやりとりは丁々発止というか、見ていて気持ちが良いくらい息が合っている。気がつけば二人で言い争いをしているけれど、つまりはそれだけ一緒にいるということ。今日だって朝から二人きりで鍛錬していた。

 次は団長さん。あの人は、本当に人間の騎士団長なのかと不思議になるような自由奔放ぶりだしめちゃくちゃだけれど、エドガーさまはそんな彼女には一番自然体で接している。見かけには絡んでくる団長さんをエドガーさまが冷たくあしらっているように見えるけれど、それは上辺だけ。エドガーさまが声をあげて笑うのは団長さんといる時だけなのだ。それに、団長さんは何の抵抗もなくエドガーさまの寝室に侵入する。普段は変な人だけれど、とっても美人な彼女だ。いつ何が起こってもおかしくない。

 さらにアヤさんといる時は、エドガーさまはいつも顔を赤くしている。スキンシップという名のボディタッチも多いし、アヤさんのあの豊満な胸はエドガーさまの視線を釘付けにしている。多分、エドガーさまが一番女性を感じているのはアヤさんだ。どちらも満更でもない顔でじゃれ合っているし、何より楽しそう。

 ここにはいないけれど勇者さまとの関係も気になる。王都で知ったエドガーさまの勇者さまへの気遣いは、他の方にはないものだ。扱いは兄妹みたいだったけれど、エドガーさまは勇者さまをとっても気にかけている。並んで戦場に立てる数少ない二人だし、背中を預け合って戦っているうちに、恋愛感情に発展するかもしれない。

 そしてそして、私が一番許せないのが、エドガーさまのパティちゃんへの態度だ。いつもにこにこしていて、丁寧で、そして時折、いや、頻繁にいやらしい視線を送っている。パティちゃんも気づいているはずなのに、それを怒ったりしない。何だか二人だけの空間にいるみたいだ。それに、パティちゃんは本当は男の子なのに、エドガーさまが一番デレデレするのがパティちゃんってのはどういうことなの!

 何だか、自分で言ってきて腹が立ってきた。おこだ、おこ。色んな女性にデレデレして、良いかっこして、それで好意を向けられて喜んでいる。でも、肝心な想いには気づいていないなんて、どこのタラシなの! 女心を弄んで、本当に許せない!

 そして、大事なのが今言った肝心な想いについてだ。私は言わずもがな、団長さんも、パティちゃんもエドガーさまへの好意を隠そうとしない。けれど、最近リーリも少しそんな雰囲気がある。エドガーさまと喧嘩したその後、隠れて嬉しそうにしてたり、触れた手を大事そうに包んでいるのを私は知ってる。リーリもきっとエドガーさまを好きになってしまったのだ。多分火毒蜂の事件だ。でも、あれは私も惚れ直してしまったし、仕方ない。あんなにカッコいいエドガーさまは珍しい。それが自分のためだと分かれば好きになってもしまうだろう。

 今、私は自室で頭を抱えている。兎にも角にもライバルが多い。皆が皆エドガーさまに好意を寄せていて、そして、エドガーさまはそれに気づいていない。もしくは、本気にしていない。事態は一刻を争う。だってエドガーさまは、誰かに言い寄られてもおそらく抵抗しない。その件についてはアヤさんとの前科があるから確実だ。だから、間違いが起こる前にエドガーさまに私との婚約を認めてもらわなくてはいけない。

 と、ここで最初のお話に戻る。そんな状況だと言うのに、最近全然エドガーさまと一緒にいられていない。もう皆さまから引っ張りだこなのだ。でも、例えそうだとしても、もう少し私を優先してくれても良いではないかとも思ってしまう。エドガーさまとは、そ、その……キ、キスみたいなものをした仲だし、良い雰囲気になったことも何度かある。エドガーさまの特別にはまだ成れていないとは思うけれど、それでも、ちょっとは大切にしてくれていると、思いたい。

 はっ!  でも待って。あのエドガーさまよ。タラシで意気地なしで、ちょっとえっちでモテモテのエドガーさまよ。もしかしたら、私が知らないだけで他の皆さまともそう言う関係になっているかもしれない。それどころか、私よりずっと先に進んでいる可能性だってあるわ。そ、それが何かとは明言しないけれど。

 考えれば考えるほど、不安とさみしさが押し寄せてくる。私だってエドガーさまに相応しい妻になれるように頑張っているつもりだけれど、エドガーさまはちっともこっちを見てくれない。本当は、エドガーさまは私のことなんてどうでも良いのかな。いつまでたっても婚約者だと認めてくれないし。


「ばぁ!」


「うきゃ!?」


「なーにしょぼくれとん? リュカちゃん」


「あ、アヤさん!?」


 全然気がつかなかった。この人は時々こうして突然現れる。普段は良い方だけれど、そこはちょっぴり苦手だ。


「ほらほら。ため息ばっかついてたら、このあるんかないんかわからん胸が余計ちいさなるで?」


「ちょ!? あ、アヤさん!」


 アヤさんの羽が、私の胸を揉む。なぞっているだけだが、揉むと表記する。


「べ、別にしょぼくれてなんかいません!」


「へぇえ? なら最近全然リューシちゃんと一緒におれてないんは、どうでも良えんやな?」


「え?」


「うちが気づいてないはずないやん。ちなみに、リューシちゃんは今リーリちゃんと一緒に洗濯しよるで」


 そうだった。この方相手に何かを隠し通せるはずもない。


「しっかし、リュカちゃんの好みも謎やなぁ。あんな根性なしの変態のどこがええんやろ」


「こ、根性なしは分かりますが、エドガーさまは変態ではありません!」


「え、でも昨日リューシちゃん、パティちゃんのスカートめくろうとしてたらしいよ。それも何回も」


 ……あのお方は一体何をやっているのだろう。たまにだが、思考回路が謎なお方だ。あと、確かにそれは変態と呼ばれても仕方がないな、と私も思ってしまう。


「そ、そんなことは良いんです! エドガーさまはとっても優しいし、強いし、何よりいつも皆を守ってくれているんです! そんな姿が好きなんです!」


 本当は全然良くないのだけれど、今はきっとそう言う話ではない。


「ほぉなん? なら良えか。それで話戻すけど、リュカちゃん、最近全然リューシちゃんと一緒におらんな? 倦怠期?」


「ち、違うと思います。他の皆さまとお話したり遊んだり鍛錬したりで忙しくて、私と一緒にいてくださるお暇がないようなのです」


「なるほど。まあ、あのヘタレは何でか女を惹きつけるからなぁ。うちも何か気になってしまうし」


「え!?」


 そ、そんな、皆さまに続いてアヤさんまで……。こんな大人の色気たっぷりの女性に、私なんかが勝てるはずがない。意図せず胸に手がいってしまう。


「そう言うことやから、うち、リューシちゃん襲って良え?」


 アヤさんが言ったことを、すぐには理解出来なかった。それでも、何度か頭の中で反響するうちに、ようやく理解出来てきて、


「っ!? だ、ダメです! このお屋敷ではそう言うのはナシです!」


「知っとるよ。やからハーピーの集落にお持ち帰りして皆で襲おかなと。子種も欲しいしな」


 何と言う恐ろしい計画。実行される前に教えてくれて本当に良かった。子供なんか作ってしまった暁には、エドガーさまはそちらのお方と結婚することになってしまう。でも、私にはどうしようもない。


「そ、そんな……」


「でも、一応リュカちゃんの婚約者候補やから、お伺いに来たんよ。義理もあるしな。てことで、あのヘタレ借りて良え?」


 先ほどから一貫してヘタレ呼ばわりされているエドガーさま。ちょっぴり可哀想。でも仕方ないよね。本当にヘタレだもの。でも、私はやっぱりこう言う。


「ダメです!」


「ええ? でも、あのヘタレ童貞も一回ヤッたらちょっとは度胸ついてリュカちゃんとシてくれるかもしれんよ?」


「そ、それはそうかもしれませんが、わ、私はまだそう言うことは……」


 したくない、と言えば嘘になる。興味だってある。けれど、まだそんな心の準備は出来ていないし、怖い。エドガーさまの手が、私の肌にじかに触れる。そんなことを想像するだけでパニックになってしまいそうだ。赤くなってしまう私に、アヤさんはため息をついて羽をぱたつかせる。


「ほんなら、ちょっとリューシちゃんを誘ってみん?」


「誘う、とは?」


「簡単や。密室の暗がりに誘い込んで、閉じ込めて、身体を預けてみる。リューシちゃんが興奮するようなシチュエーションを作り出すんや。そこであのヘタレが手を出してくるかどうかを見る」


「で、でも、それでもし、もしも手を出してきてくれても私は応えられません……」


 それに、どうせあの方は私なんかに興奮したりしない。


「やからよ。リューシちゃんの心を推し量るための作戦なんよ。手を出してきたらうちが止める。出してこんかったらそれまで。もう少し親密度がいるってことや。それに、これで久しぶりにゆっくり話が出来る機会を作れるやん」


 た、確かに。そう言われて見れば、とても魅力的な作戦だ。この、私とエドガーさまの中途半端な関係を、現時点ではっきりさせることが出来る。そうなれば、今後のアプローチの仕方も考えやすくなるし、それに、エドガーさまとお話出来る。アヤさんも手伝ってくれるみたいだし、これはチャンスだ。


「わかりました。私、頑張ってみます!」


「その意気や! ほなうちが作戦考えるから、リュカちゃんは心の準備しといてや」


「はい!」


 そう言って、アヤさんは私の部屋から出て行った。少し緊張してしまうけど、ちゃんと準備すれば大丈夫。私だってたまには良いところ見せられるんだから! エドガーさま、待っていて下さいね!

 そんな風に張り切る私は、アヤさんが悪い笑顔でにやけているのに気がつくことが出来なかった。

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