お茶会の報酬


 唖然として、息をするのも忘れていた。団長と、アヤさんが抜けた。その厳然たる事実に頭が追いつかない。


「そ、んな……」


「会話をして気をそらす。団長ちゃんがやったやり方やん。油断しぃやな」


 二人とも勝ちを誇ることなどせず、むしろ当然だと言う表情だ。完全にしてやられた。命令が怖くない、などと言うこのゲームではありえない話に気を取られて彼女達の手札に目が行ってなかった。

 完璧な作戦だ。すでに魔王が決定していたリュカまでも話に引き込み、二人で会話することで隙を見出す。その後の手早いゲーム回しも見事だ。くそ、この二人。大人のくせに何て周到な作戦練って来やがる。合図などをしていた様子もなかったから、どちらかがその意図に気づいて後乗りしただけだろうが、それにしたって完璧過ぎる。

 残されたのは、オレ、リーリ、パトリシア。それぞれの手札は五枚程度。だが、団長達の作戦のせいで指摘なくゲームが回ったため、場には大量のカードが捨てられている。これを回収すれば間違いなくジ・エンドだ。

 すでに負けている二人は、これ以上負けたくはないだろう。となると、


「貴様を引き摺り込む!」


「行きますよエドガー様!」


 まあこうなるよな。自分が泥沼に沈むなら一人でも多く道連れを。考えそうなことだ。ここからは二人が協力してオレを潰しにくる。だが、そんな細い協力の糸など、一瞬で噛みちぎってくれるわ!


「良いのか? 二人はこれから仲良く一週間恥ずかしい目に合うわけだ。皆にたくさん笑われるだろうな。恥ずかしい格好をしている誰かを笑うのは楽しいぜ? それを、そんな気分を味わってみたくないか?」


 一週間が終われば元どおりだ。でも、どちらかがあと一年その境遇に陥ると言うのは何物にも代えがたい喜びのはずだ。


「いや、だからそれを貴様でしようとしているのだ」


「ですよね」


「しまった!!」


「墓穴」


 なんてことだ。そうだよな。自分以外なら誰でも良いのなら、オレでも良いよな。むしろこの三人の中で一人だけ無傷でいるなんて許せないよな。

 だがしかし。このゲーム、協力関係が結べるとは言え、互いの手札を見せ合うことは出来ない。所詮はその程度だ。恐ることはない。タイムリミットはあと二分だ。


「四」


「五」


「……」


 ここでオレの番が回ってきた。出すべき数字は六。だが、オレの手札の三枚は、四、九、十二。つまり、ここで四を出して指摘を受けなければ、オレの勝ちが確定する。我ながらなんと言う豪運だ。これで四が六だったなら言うことなしなのだが、それは今更言っても仕方ない。

 オレは四を裏向きで捨てた。ここまでの思考時間は約零コンマ一秒。二人には躊躇したとは思われていない。さあ、指摘されるかされないか。最後の勝負だ!


「はい嘘」


「嘘ですよね」


「……」


「はい、四十枚ちょっとプレゼント。やったなリューシちゃん。手札一杯やん」


 胡座をかいていたオレの足に、どっさりとカードが置かれた。


「ちょ!? なんでノータイム!?」


「いや、だってもう六は四枚捨てられていただろう」


「はい」


「そうだったのかぁ!!」


 そんなの覚えてねぇよ! じゃあなに? オレは負け確定の中色々と賢げに考えていたのか?


「あと、普通に考えて残り三枚で適したカードを持っているはずがない。リーリとパトリシアが捨てたカードを指摘しない時点でアホだ」


 団長が無慈悲にオレに追撃を与えた。悔しいがその通りだ。オレはその時自分が勝つための計画を練っていて、誰かを負かす事を考えていなかった。自分が勝つか、相手を負かすか。結果としては同じことだが、戦いの場においてその意識の違いは大きい。

 これはまた、リーリとパトリシアがすでに負けていて、「勝つ」という意識が希薄だったことも大きな要因としてあげられる。


「さて、ダーリンお待ちかねの命令タイムだ」


「張り切っていこや!」


「やったー!」


「いえーい!」


 団長とアヤさんがばっと両手を広げてリュカを指し示す。リーリとパトリシアは抱き合ってオレの敗北を喜んでいた。

 一年。オレは今日から一年、何かしらのキツい命令を聞き続けなくてはならない。その事実に足が震えて、逃げ出すことすら出来ない。


「さあリュカちゃん。何でも良えで。何でもリューシちゃんに命令出来るで」


 何だろう。一体どんな命令が下されるのだろう。これからずっとメイド服を着せられるのか。今は女の身体だが、明日からは元の身体に戻る。オレのガタイで女物の服など着れるわけもないし、着たら一生の恥だ。それも一年間。

 もしくは、毎日つまらない一発ギャグ皆の前でをやらされるのか。それも毎日別のやつをこれから三百六十五通り。ダメだ。そんなの心が死んでしまう。

 オレの周りの女の子達は、リュカの命令を今か今かと期待した目で待っている。すると、ゲーム終盤からほとんどだんまりでベッドの端っこに座っていたリュカが、こちらによってきた。


「エドガーさまは、どんな命令が良いですか……?」


「え?」


 どんな? どんなってそりゃ……


「えっと、軽い……やつ? 恥ずかしくないやつで頼むよ」


 そう答えると、何故かリュカは少し残念そうな、少し傷ついたような顔をした。だが、それもすぐに引っ込めると、怒ったような口調になる。


「なら! エドガーさまは、今日から一年間……」


「一年間……?」


「毎日……私に、優しくして下さい……」


 顔を赤く染めあげて、いや、耳や首筋まで赤かった。そんなリュカは、呟くようなぽつりとした声で、オレに命令した。


「あ、ああ? そんな、ことなら喜んで……?」


 全然普通の命令に、戸惑ってしまった。いや、こんなの命令じゃない。お願いだ。それどころか、お願いするようなことですらない。当たり前に生活して、当たり前に育み合うものだ。オレが恐怖していた命令の、はるか斜め下をいくものだった。すると、


「はぁ、やってられんな。糖度高すぎだ。リーリよ、コーヒーを頼む。苦いやつだ」


「何故貴様のコーヒーを私が淹れねばならんのだとは思うが、私も同じ物が欲しくなった。付き合え」


「わ、私はそろそろお仕事に戻りますねっ」


 団長とリーリは立ち上がり、つかつかと食堂に行ってしまった。リュカの命令に対して明らかに不満があるようだったが、それを口にすることはしなかった。パトリシアも、散らばったカードを手早く片付けると、逃げるように部屋から出て行った。その中で、アヤさんは憤慨した様子でリュカの頭をぽかぽか叩く。


「つまらん、つまらんよリュカちゃん! 何でも良えんよ? もっと、こう……毎日一緒にお風呂入るとか、毎日その絶壁揉んでもらって大きくしてもらうとか、色々あるやろ!」


「あんたの色々はゲスすぎる」


 どこの中年オヤジだ。結局、アヤさんもひとしきり文句を言っていなくなってしまった。楽しい事を埋め合わせするかのように、これからリーリのメイド服を考えるのだそうだ。


「エドガーさま」


「ん、おう。どうした?」


「命令は、今日からです。なので……」


 ベッドの端に腰掛けるオレに、リュカが近寄ってきた。


「優しく……優しくぎゅっとして下さいませ」


 その細い手を、可愛らしくぱっと前に突き出して、オレを求めてくる。つんと、唇を突き出して何故か不満そうだ。


「優しくぎゅっとって……。どうすりゃ良いんだよ」


「そのままです」


 さあ早く、と言わんばかりにリュカがオレを睨む。仕方ないので、その手を取ると、少しだけ強引にリュカの身体を引き寄せ、その背中に手を回した。優しく、と言うのがよくわからなかったので、そっと支えるような、触れるだけのハグだ。リュカはその頬をオレの胸に当てる。これではオレの心臓の鼓動が、直接伝わってしまう。でも、きっと引き離すことは許されないだろうし、オレもこのままでいたい。左手でリュカの頭を撫でながら、しばらく二人でそうしていた。
















 オレは割と寝起きが良い。と思う。一度目を覚ましてしまえばすぐに活動出来るし、二度寝をほとんどしたことがない。そのおかげで学校に遅刻したなんてこともない。待ち合わせはするような経験がなかったのでわからないが、もしこれからあるとしても大丈夫だと確信している。

 そんなオレだが、今朝の目覚めは最高の気分だった。まず、身体が元に戻っている。眠っている間に綺麗サッパリにだ。胸はしぼんだし、ナニはまた生えてきてる。だが、龍王の右腕ドラゴン・アームも元通りになっているのは唯一複雑な気分だった。この右腕のおかげで助かったこともあったが、そもそもこの右腕がなければ発生しなかった問題ばかりだ。このまま龍王の右腕ドラゴン・アームが戻らなければ良いのにと心の端っこで思っていたが、世の中そこまで上手くはいかないみたいだ。

 だが、それを差し引いてもオレの気分は最高潮だ。いつもより一時間以上早く起きてしまった。まだ朝日が昇り始めた頃くらいからずっとベッドでそわそわしている。そして、ついにその時がやってきた。


「え、エドガー様。朝でございます……」


 コツコツという遠慮がちなノックとともに、オレの天使が喜びの朝を運んで来てくれる。


「やぁパティ。おはよう。最高の朝だね」


「そ、そうでしょうか」


「ああ、最高だ」


 パトリシアは、頬を染めてずっともじもじしている。不安そうにメイド服のスカートを下にめいいっぱい引っ張りながら、少し前かがみだ。


「どうしたんだパティ。もっと近くにおいでよ」


「いや、でも……」


「おいで。何も酷いことしないから」


「う、うう……」


 パトリシアはメイドだ。オレの命令には基本的に逆らえない。嫌で嫌でたまらないという表情をしながら、小股でオレのベッドに近づいてくる。ああ、その表情も良いね。恥じらってる美少女とはかくも男心をくすぐるものなのか。


「で、穿いてないの?」


「……ないです」


「なに? もっと大きな声で」


「う……は、穿いてないです!」


 もうどうにでもなれと言うような様子で叫ぶ。その顔もたまらなく良い。にやにやが止まらない。


「よしよし。よく言えました。頭を撫でさせてね」


「は、はい……」


 それでも、パトリシアは素直に頭を下げてきた。その二つの可愛らしい角にほんわかしながら、さらさらの金髪をすくように撫でる。ひとしきりそうして、名残惜しかったが手を離した。


「で、では。朝食の準備が整っていますので、こちらへ」


「わかった」


「……あの」


「どうした?」


 パトリシアは涙目で俯く。


「う、背後を歩かないで下さいませ……」


 やれやれ。仕方ないメイドだ。でも楽しいし可愛いいので許すかな。今日からの一週間は、オレの人生の中で最も光り輝くものとなるだろう。

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