丸薬の真の効果
信じられないといった表情で倒れていくリーリを胸に抱えて支える。彼女の背後には、ねっとりとした目つきでオレを見下ろすパトリシアがいた。
「エドガー様。やっと見つけました」
「パトリシア!? これは一体!?」
「大丈夫。眠っているだけです。私達屋敷オーガ一族は、睡眠の魔法が得意なんです」
そんな一つの魔法だけが得意とかあるのか。だが湧き起こる疑問はそれだけではない。どうしてこんなことをするのか。怒っているのならオレだけを標的にすれば良いではないか。リーリまで巻き込む必要はない。
「ああ、ああエドガー様。私はとっても嬉しいです。こんなにも幸福な日が来るなんて夢にも思いませんでした」
パトリシアは心底嬉しそうな笑顔を向けてきてくれるが、天使のような笑顔のはずなのに何故か身震いがしてしまう。リーリを抱えたまま少しずつ後ろに後退するが、つかつかと靴音を鳴らして近づいてくる彼女との距離がひらくことはない。とうとう背後の壁に背中をついた。オレの顔のすぐ左横に彼女の右手が突かれる。
「エドガー様は今女性。なら、私と子作り出来る!!」
「は? ま、まさか!!」
「そのまさかです。ふふ。アヤさんは流石です。いつも私の味方をしてくれます。あとで高級なお酒をお贈りしないといけませんね」
アヤさん! パトリシアにオレの状態を話しやがったな! 確かに今のオレは女。そしてこんな可愛い見た目だがパトリシアは男。しっかりと子供を作ることが出来る。おそらくこれも実験のうちだ。あの丸薬による性別転換できちんと子供が作れるか否か。女ばかりのハーピーとは逆の実験状態とはなるが、データを取るには十分だ。
パトリシアの憂いを帯びた碧眼がせまりくる。そこにオレは最後の活路を見いだした。
「待てパティ!」
右手でパトリシアの胸を押さえて止める。
「何でしょうか?」
「オレは今確かに女だ。でも、パトリシアは本当に男か?」
「っ!?」
パトリシアは、オレが彼女を女の子扱いしてくれたことに喜んでいた。この子は身体こそ男だが、心は紛れもなく女の子だ。だからこそこんなにも可愛い格好が似合うし、魅力的なのだ。
「傷つけてしまったらすまん。でもオレは男であるパティを愛することは出来ないぞ。何故なら、オレが可愛いと思ったのは女の子としてのお前だからだ!」
誰よりも女の子らしく振舞うパトリシアだからこそ、オレの目には魅力的に写るのだ。だと言うのに、ここでいきなり男を出してこられても困るだけだ。
「そ、そんな……。でも私は……。エドガー様の子供を……」
「愛のあるなしは子供で決まるのか? そうじゃねぇだろ?」
世の中には子供を授かれなかった夫婦なんてごまんといる。それでも彼らは愛し合い支え合って生きている。子供が産まれたとしても疎遠になり離婚する夫婦だっている。子は鎹だとも言うが、それは絶対ではない。
「その、その通りです……。私は、エドガー様をお慕いしています。それは、男としての私ではなく、女の子としての私として。ここでエドガー様を孕ませたとしても、そこに真実の愛はない……」
孕ませたって、すごく生々しい言葉が出てきたな。もしオレが男だったならパトリシアの可愛いらしい口からそんないやらしい言葉が出てくれば鼻血吐血もんだったのだが、今は女なのでそれもない。
「ありがとうございます、エドガー様。私は大切な事を見失っていました」
「分かってくれたなら良いんだ」
ぺたんと腰を落としたパトリシアは、顔を覆い隠す。正しい自分を取り戻してくれたみたいでとりあえず安心する。
「でも、それはそれ。これはこれです」
「え?」
しかし、パトリシアがにこりと笑ってオレの耳たぶに息を吹きかけた。
「あっ……」
「私には、今のエドガー様を襲いたい気持ちを抑えることは出来ません。だってこんなにも素敵なんですもの!」
「あ! こら!」
パトリシアの腕がオレの首に回される。近づいてくる彼女の鼻とオレの鼻がキスをした。つんつんと柔らかい部分が互いを感じあう。リーリの身体を支えているので手で押し返すことは出来ない。うなじをつと撫でられた。それだけで身体が熱くなってきて、脳までもが蕩けそうになる。パトリシアの手つきは優しいが、それ以上にいやらしい。耳たぶを食まれ、こめかみにキスをされ、頬を撫でられる。自然と漏れる喘ぎ声は、吐息と混ざり合ってオレとパトリシアの間に熱気を作った。
「さぁ、心の準備は整いましたか?」
そしてとうとう、パトリシアの右手がオレの鎖骨をなぞった。そんなところは性感帯ではないはずなのに、電気が走ったみたいな快感がある。何度も何度も電流を与えられ、景色が桃色に染まっていくのを抵抗することなく見ていた。
「ではでは。私の愛しい愛しいエドガー様。その純潔をいただきま……!?」
その手がオレのスカートの中に伸びようとしたタイミングで、パトリシアが固まった。オレはもう抵抗していない。むしろ、身体と頭を支配する快感に身を任せることにしていた。
「きゃっ、いや……んん!」
「どうした? そんなものか?」
「いやっ、耳、元で……喋らないで」
受け攻めが、逆転していた。オレは手は使えない。だが、パトリシア自身がオレに迫ってきてくれたおかげで、その耳や唇、首がまさしく目と鼻の先にあった。彼女のそれらの場所を溜め込んだ鬱憤を晴らすかのように刺激し始めたのだ。
耳を舐める。穴はもちろん、耳たぶの裏まで。そのまま這う舌はパトリシアのこめかみ、鼻、顎をつたって最後は首に着地させた。そして、
「ひゃうんっ!?」
その首に噛み付いた。柔肌にがりと痕を残すようなその行動に、パトリシアの身体が跳ねる。赤く内出血したその場所を、再び優しく舐めた。
オレは今、何かに取り憑かれているような気持ちでいた。心の中にある欲望をそのまま表面に浮上させてきた行動に埋没していく。また、そんな自分をどこか客観的に見つめるもう一つの自分もいて、そいつはひたすら戸惑っている。何故こんな事をしているのか。確かにパトリシアは魅力溢れる女の子で、こんなシチュエーションを妄想しなかったと言えば嘘になる。しかし、それと相反する感情として、彼女は大切な屋敷の仲間だ。こんな衝動任せの行動のはけ口にして良いわけがない。
しかし、そんな事を考えているオレの頭は身体の所有権を持たず、別のオレがパトリシアをいじめる。そしてとうとう、守るために抱えていたリーリを放り出して、パトリシアを床に組み敷いた。
「え、エドガー様……?」
パトリシアの碧眼は潤み、頬と耳は紅潮している。彼女の唇の艶やかさが頭を占領した。そこにゆっくりと顔を近づけていく。パトリシアが苦しげ目を閉じた。近づく。近づく。そして……
「こらー!!」
ごちんと、オレの頭が何かで強打された。ぐわんぐわんと目が回る。しかし、おかげて霞がかっていた思考が晴れていく。
「やっと見つけました! 間一髪でしたね!」
そう言って安堵の溜息を漏らすのは、大きなフライパンを右手に構えたリュカだった。ここまで全力で走り回っていたことがうかがい知れるほど汗を流し、息を荒くしていた。
「アヤさんから全部聞きました! まずは皆頭を冷やしましょう!」
オレに組み敷かれていたパトリシアが、ぎこちなく起き上がるとリュカの胸に泣きながら飛びついた。
「こ、怖かったですぅっ!!」
まだ目を覚まさないリーリを彼女の部屋のベッドに寝かしてきた後、オレ達は食堂に集まった。そこでは、団長とアヤさんが床に正座させられていて、さらにはその腿に重そうな石をのせられている。
「媚薬ぅ!?」
「はい。エドガーさまが飲まされた丸薬の効果には、性別を変えるだけでなく媚薬効果も含まれていたそうです」
リュカは嫌なものを見る目で、手の中の赤い丸薬を見ている。オレの後ろに立つパトリシアはまだ鼻の頭が赤かった。
「ではアヤさん、二人にも説明してください」
「それよりリュカちゃん、まずこの石をやな……」
「説明してください」
「はぁい……」
元気のない声でアヤさんが返事をする。
「これな、ハーピー族の悲願やって言うたやろ? つまりは子孫繁栄のためや。でもうちらハーピーは発情期、もとい、そう言う行為自体にあんまり興味ない子が多いんよ」
「皆賢者モードってことですか?」
「いや、カヤとサヤみたいなんが平均的な性格やねん」
なるほど。あんなバカな小学生女子みたいな奴らはそう言ったことより、野山を駆け回っている方が楽しいだろうし、何より似合っている。
「やから、丸薬を飲んで性別が変わったタイミングで、ちゃんと子供を身籠れるように媚薬効果もあるってことなんよ」
「理に適ってはいるな」
確かに合理的だ。オレが丸薬の実用性を証明したわけだし、この薬はこれからのハーピー族には欠かせない物となるだろう。
だが、今の問題はそんな事ではない。
「で、何でそれをオレに言わないんですか!?」
「聞かれんかったし」
「知らないんだから聞けないだろ! 説明責任はどこに行った!」
「責任は取るよ? リューコちゃんがパティちゃんに孕まされても子供の養育費はうちらが出すから」
そう言う意味での責任を問うているのではない。アヤさんも分かっているだろうに、あえてまたそうやってオレ達をからかう。背後のパトリシアがまた真っ赤になって俯いてしまったではないか。スカートをぎゅっと握りしめている。
「でもまあ、結果的にリューコちゃんの膜も無事やったし、オーライやん」
「膜って言うな膜って」
あと、どちらかと言うと危なかったのはパトリシアの貞操だった。あのままリュカが現れなければ、確実に最後まで行っていた。
「とにかく、エドガーさまには申し訳ありませんが、丸薬の効果が切れるまでは自室で大人しくしてもらいます。構いませんか?」
「むしろ助かる」
「そして」
リュカがアヤさんと団長を睨む。アヤさんはへらへら笑い、団長は床に広げた魔界新聞を読みふけっていた。本当に興味ないみたいだ。
「お二人には罰として今日から三日間お屋敷のお掃除をしてもらいます!」
「やって団長ちゃん」
「別に構わないぞ。私は掃除も得意だ」
「なら任せるわ」
ダメだこいつら。全っ然反省していないどころの騒ぎじゃない。それを見てリュカがぴくぴくと肩を震わせる。
「とにかく! これは罰ですからね!? もう二度とこんな悪戯はしないで下さい! お二人とも良い大人なんですから弁えて下さい!」
「はーい」
「了解したぞ」
かっるい返事で、今回の性転換事件は終了した。だが、オレはあと一日リューコちゃんの姿で生活しなければならない。トイレとか風呂とかどうしようか。今から楽し……げふんげふん。不安でしょうがなかった。
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