理想の女の子


 爆発した感情で床を殴りつけると、その衝撃に反応して胸が揺れる。肩にはわずかな負担があった。触れた頬は柔らかく、肌がきめ細かくなっているのがよく分かる。スネに生えていた毛はつるりと全てなくなっており、すーすーする。最悪だ。あの丸薬は……


「おっはよーさーん! リューシちゃん起きとる?」


 そこでアヤさんが、満面の笑みでオレの部屋の扉をバンと開いた。わくわくとした期待をこれでもかと内包した瞳が、オレを探して室内を睥睨する。そして、姿見の鏡の前で四つん這いになっているオレを見つけた。


「おったおった。どや? 身体の調子は? なんか変なとこあったら……」


「うぉおおい!!」


 瞬間的にアヤさんに詰め寄り、その身体を押し倒した。彼女の身体がベッドをきしませる。


「あんっ。朝から激しいやん。痛くせんといてや?」


「変なとこって言うか、変なとこしかないじゃねぇか!!」


「まあまあそんな焦らんと。ほら見てみ? めっちゃ可愛いで?」


 アヤさんがスカートのポケットから取り出した手鏡が、オレの眼前を埋め尽くす。そこに映ったオレは、確かに絶世の美少女だった。

 モコモコとした天然パーマの長い黒髪。きりりとした大きな瞳は右目が赤、左目がセピア。二重まぶたでまつ毛も長い。肌は雪のように白く、唇は潤いをたっぷりと含んでいた。口元には可愛いらしい小さなほくろもあり、それが幼い顔立ちを大人っぽく引き立てる。


「これは大成功やわ。ほら、団長ちゃんも見てみてや?」


「た、確かに……。そうなる薬だとは聞かされていたが、いざ目の前にするととんでもないな。一瞬女神かと思ったぞ」


 扉のところでは、腕を組んだ団長が目を見開いてオレを凝視していた。中の騒ぎを漏らさないためか、背後の扉をそっと閉め、鍵をかけている。


「あんたら! オレを嵌めたな!」


「なんや人聞きの悪い。お互い合意の上やったやん」


「こんな事になるなるんて聞いてねぇぞ!」


「言うてないしなぁ」


 この野郎! 悪びれるどころか全身全霊でオレの状況を楽しんでいる。にまにまと嫌らしい笑顔が果てしなく憎たらしい。


「しっかし、本当に見事だ。胸も大きいな。柔らかいし形も良い」


「あっ……」


 背後からオレの胸を揉んだ団長の指が、膨らみの先端を弄る。ピリと電気が走ったような感覚に、思わず変な声が漏れた。


「感度も良いらしいな。なんだこの男の理想像みたいな女子は」


 その後も絶え間無くオレは快感を与えつけられ、膝がガクガクと力を失う。


「っの! やめろよ!」


 最後の力を振り絞って、右腕で団長を振り払った。あれ、でも、オレの右腕が、


龍王の右腕ドラゴン・アームじゃ、ない……!?」


「まあ、そうなるわなぁ。改めて実験大成功ってことで」


 常にオレの右肩に負担を与え続けてきた龍王の右腕ドラゴン・アームは消え去り、普通の腕になっている。肌は硬い鱗ではなく、白くて柔らかそうなものに、尖った指先の爪も細く綺麗なものに変化していた。


「ま、ざっと現状説明してあげるから、ちょっとそこどいてや?」


 オレに組みしかられたアヤさんは、まんざらでもない表情でオレの下唇を触った。オレも、少しだけだが頭が冷えてきた。このまま暴れたところで最悪な今の状況は回復しない。憎らしいが、ここは素直にアヤさんの話を聞くべきだ。そう思い直して彼女の上から退く。起き上がったアヤさんは、首元を冷やすかのように羽をぱたつかせて風を送った。


「ふぅ。こんな可愛い娘に押し倒されたのは初めてやから、ちょっと火照ってしもたわぁ」


「……良いから、全部説明しろ」


 ドスの効いた低い声を出すつもりだったのだが、オレの喉から出てきたのはシャープな高い声だった。


「ほな、最初から。うちらハーピーの生態について知ってもらおか」


 にこりと笑って話し出したアヤさんは、教え子に噛んで含めるような口調だ。


「うちらハーピーは、基本的に女しか産まれん。でも、それやったら次世代の子供が産めんやろ? やから普通は人間の男と交尾するんよ」


「人間の……?」


「せや。うちらの方が血が濃いから、人間と交尾しても必ずハーピーの子供が産まれる。今まではそれで種族を繋いできたんやけど……」


「近頃、ハーピー達の間で自分達だけで子供を作れないか、という話が持ち上がったのだそうだ」


 人間と交尾をすると言っても、彼らのほとんどは抵抗する。そんな無理やりなやり方に心を痛めるハーピー達も少なくなかった。そこで考え出されたのが、性別を変換する魔法を使って子孫を残す方法だ。しかし、それでは、


「魔法やとどうしても子供が出来んでなぁ。ほんで次の手ぇが」


「薬による身体改造か」


 魔法だと、見た目が変わるだけで生物としての根幹的な部分は変換されなかった。ならば、薬を使って肉体そのものの性別を変化させる。今はその薬がやっと完成し実験段階に入ったと言うことだ。


「話はわかった。で、何でオレが実験台なんだ」


「面白いから」


「殴るぞ」


 あまりにシンプルで面白半分な理由に頭に血がのぼる。


「この薬の効果はどれくらいなんだ?」


「多分やけど、丸薬一粒で二日ってとこやな」


「長いよ」


 数時間単位かと思ったのに。え、オレ二日もこの姿のままなのか?


「それでだダーリン。ここからが面白……もとい真面目な話なのだが」


「本音が出てんぞ」


 全然真面目ではない。だが、オレの的確なツッコミも団長は軽く流して話を進める。


「このことは、屋敷の他の者には秘密だ」


「はぁ!?」


 意味がわからない。こんな訳のわからない状況にされて、誰にも助けを求めることが許されないのか。リュカやパトリシアは絶対心配してくれるだろうし、力になってくれる。リーリだって始めはバカな事に巻き込むなと言うかもしれないが、最終的には面倒を見てくれる未来が見えるのに。


「この丸薬はハーピー族の悲願で極秘事項や。リスク回避のためにも出来るだけ外には漏らしたないんよ」


「団長はどうなる」


「昨日一緒に飲んでたらぽろっと教えてもらった」


 何て軽い極秘事項なんだ。アヤさんにこの丸薬持たせたハーピー出てこい。いや、この人のことだ。勝手に持ち出してきた可能性が高い。ほぼその線で決まりだ。


「でも、どうやって誤魔化すんだよ」


「それは昨晩考えたのだが、ダーリンはサキュバスの歓楽街に遊びに行ったことにしてだな」


「ふざけるのも大概にしろよ」


 なんだそこ。ちょっと行ってみたいじゃないか。だが、もしオレがそんな事を言い出す、もしくは考えてるのがリュカにバレたら、間違いなく殺される。リーリはオレを屋敷から追い出すだろうし、パトリシアには嫌われてしまうかもしれない。リスクが高いとかのレベルじゃない。


「第二案は、うちのおつかいでハーピーの集落に行っとることにするとか」


「それだ」


 何故それが第二案で第一案が歓楽街なのだ。本当にこの人達は面白いか面白くないかだけで物事を判断している。

 そして、オレはここである疑問を口にする。


「でも、どうしてオレはこんな姿なんだ?」


 オレの髪は天然パーマではないし、こんなに長くない。目はもちろんオッドアイな訳もないし、瞳なんか赤とセピアだ。本来のオレの姿からは想像出来ないような姿になっている。あと自分で言うのも何だが、めちゃくちゃ可愛い。正直言って凄いタイプだ。


「あぁ、それなぁ。薬の効果で性別が変わる時、その人の理想の形に変わるんよ」


「そ、それって……」


「つまり、ダーリンは今の姿の女性が一番の理想形だと言うことだ」


 マジかよ。つまりオレの心の中ダダ漏れってことになる。そしてこの姿からは簡単に連想出来ることがいくつもあった。


「リュカちゃんの言う通り、浮気もんやわぁ。そんなに皆が良えの?」


「ふふ。ダーリンの瞳、綺麗な赤だなぁ。誰の赤かなぁ?」


「う、うるさい! 寄るな!」


 顔を真っ赤にして手を振り回す。これはヤバい。こんなにも分かりやすくオレの心の内情が知られてしまうとは。しかも、自分でも認識していなかった奥底にあるものが文字通り表面に出てきてしまっている。


「それでや。そんな状態な自分を皆に知られたないやろ? やから秘密にしとこや」


「そうすれば、これは私達だけの胸にしまっておいてやるぞ」


 何て汚い大人達だ。最早脅迫に近い。いや、紛れもなく脅迫だ。搦め手搦め手でオレを追い詰め、無理やり合意という形を引き出してくる。もう、オレに逃げ場はなかった。


「……分かった。オレはハーピーの集落に行ったことにするとして、今のオレは何て紹介するんだ? 姿形は完全に人間だぞ」


「妹、姉、彼女、元カノくらいが妥当かな」


「姉妹は無理があるんじゃねえか? オレの原型ゼロだぞ」


「そうなると彼女か元カノやな。どっちが良え?」


「友達とか知り合いとかもっと他にあるだろ!」


 何故その二択が残るのだ。そんなの一番ダメな二つではないか。そう思って強硬に反対するのだが、二人は取り合ってくれない。


「やはりここは元カノと言うことにして、ダーリンを追って異世界からやって来たということにしよう」


「せやな。どこまでヤッたことにする?」


「聞いてくれよ!」


 どうしてそこまでしてオレを苛めるのだ。もう辛すぎて涙が出て来た。それを手で拭おうとすると、


「あれ?」


 乱暴に指でゴシゴシしようとしたはずなのに、オレの手は意思に反して手の甲で優しく拭った。それはまるで、可憐で弱々しい少女のようだ。これはもしかして。


「あ、出て来たな。それ、丸薬の影響やから。女の子っぽい仕草になるで」


「だ、ダーリン。健気すぎるぞ。今すぐ抱き締めて守りたい衝動に駆られる」


「そんなオプションいらねえ!!」


 ここまでこの人達の玩具にされるような状態なのか。座り方も胡座ではなく横座りだし、胸の前で可愛らしく手を握っている。そんな事をするつもりはないと言うのに、勝手に身体が動いてしまう。


「さて、では着替えようか。そのままだとバレる可能性もあるし、何より可愛くない」


「せっかくやから、めっちゃ可愛いコーデにしたろ。うち色々持ってきたから、覚悟しぃや」


「いや……やめて。やめ、いゃあ……!」


 獲物を見つけたハイエナ二匹が、オレの身体を拘束し服をはいでいく。抵抗しようとするのだが、全然力が出ない。ベッドに抑えこまれたオレは、上着を脱がされ、ズボンを下ろされ、そして、


「あ! そこは!  ダメェ!」


「はーいはい。逃げない逃げない」


「紐パンか? ガーターベルトか?」


「ガーターやろ」


 抵抗虚しく、オレはパンツまで剥ぎ取られた。あるはずのものがないことに、安心すると同時に悲しくなった。これ、本当に元に戻るんだよな?

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