お酒の席
アヤさんとパトリシアは顔見知りだった。何でも、アヤさんの親戚に仕える屋敷オーガは、パトリシアのお姉さんなのだそうだ。なので、アヤさんはパトリシアが子供の頃から知っている。今も魔族としては子供カテゴリーに入るらしいが、まあ一応働きに出てる訳だし、扱いは大人のレディだ。
パトリシアに客間に通されたアヤさんは、魔王が来るまで紅茶を楽しんでいた。パトリシアは仕事も早いのだ。そこに扉を開いて魔王がやってきた。やはりアヤさんと同じ大きさにまで小さくなっている。
「待たせてすまない。それで、今日はどう言う用向きだ?」
「そんな大したもんやないよ。ほら見て魔王ちゃん! ドワーフの有名酒職人ガルガル・ビートの白酒! 百五十年物!」
「なに!? それは素晴らしい! わざわざ持ってきてくれたのか!」
「うちと魔王ちゃんの仲やーん」
一体どんな仲なのだろう。アヤさんの魔界での地位が分からない。嬉しそうに酒樽を撫で回す二人をもやもやした気分で眺めていた。すると、二人とももう我慢出来なくなったらしく、まだ午前だと言うのに酒樽を開けた。蒸せるような酒の香りが客間に充満する。酒には全く詳しくないオレだが、すぐに上等なものだと分かった。
「よしよし。今日は一日飲もうか。パトリシアよ、何かつまみを作ってくれ」
「かしこまりました。ご希望はありますか?」
「ほな、何か魚で作ってや」
「では、少々お待ち下さい。すぐにお持ちしますね」
控えていたパトリシアがキッチンへ向かった。オレももうここに用はないので退散しようとすると、背後からアヤさんに羽交い締めにされた。
「ちょっとリューシちゃん。どこ行くつもり?」
「どこって……。まあ自分の部屋に」
「あかん。あかんよリューシちゃん。客人はちゃあんともてなさんとあかん」
もう酔ってるのかな。まだ酒に口をつけてもいないはずなのに、アヤさんの頬が赤い。
「婿殿。アヤはからみ酒だ。早いうちに逃げないと大変なことになるぞ」
「なら手伝って下さいよ」
酒樽から白く濁った液体をグラスに注ぐ魔王もすでにご機嫌状態だ。アヤさんと違い魔王は酒に強いようで、凄く旨そうに酒を飲む。
「リューシちゃぁん。一緒に飲も? 相手してや?」
「オレまだ未成年なんで。はいはい。ほらここに座って」
しな垂れかかってくるアヤさんをソファに寝かせて、客間を後にした。あの人もうあんな状態なのにこれから酒が飲めるのか?
少し心配していると、曲がり角の所でリーリとぶつかりかけた。もう乾いた髪に執事服をきちんと着ている。
「誰か客人が来ているのか?」
「ああ、アヤさんだよ。魔王と酒飲んでる」
「なに? こんな時間から? 感心せんな」
リーリが眉をひそめて鼻を鳴らす。だが、二人がすでに酔っていることと、アヤさんが持ってきた酒がかなり上等な物だということを伝えると、しぶしぶと言った具合でため息をついた。
「パトリシアがつまみ作ってるぜ」
「分かった。それは私が届けよう。パトリシアが絡まれるのは可哀想だからな」
アヤさんのからみ酒は周知の事実なのか。
「貴様は団長の相手をしていてくれ。……なぁ、魔王の屋敷で野放しにされる騎士団長は騎士団長なのか?」
「どうだろ。あの人規格外だから」
何とも言えない。普通あり得ないことだが、それを言えば魔王の屋敷に休暇でやって来ている時点でもうとち狂っている。
団長は食堂にいると教えられて、リーリと別れようとすると、
「あ、そうだ。リュカが部屋から出て来ないのだが、貴様、何か知ってるか?」
「いや、知らないな」
「そうか」
さらっと惚けた。ボロを出す前にとっとと逃げることにする。
食堂では、団長が紅茶のカップを片手に新聞紙のようなものを読んでいた。
「何読んでるんだ?」
「魔界新聞。アイドルレヴィアが来月軍神ルシアルの傀儡城で独唱会をするらしい」
「へぇ」
ちょっと行きたい。
「だが、年齢詐称の疑いを向けてきた記者をぶん殴って事件になっているから、開催出来るかは危ういところだ」
何やってるんだあのアイドルは。だが、中々面白いことが書いてある。オレもこれまで魔王が読んでいるのを何となく流していたが、今日から読んでみようかな。
「他には何かないのか?」
「そうだな、エルフクイーンの胸が実はパットで、さらに男を三股していたとか書いてあるな」
「ゴシップ紙じゃねぇか」
この世界にも他人のスキャンダルを好む輩がいるのか。オレはどちらかと言うとその対象になる側だったので、少し不快だ。あいつらはプライベートなんかガン無視でどかどかと土足で踏み込んでくるから大嫌いなのだ。
「ま、今日はこれくらいだ。それより、またアヤさんが来たのではないか? 彼女の魔力を感じるぞ」
「ああ、よく分かったな。今客間で魔王と酒飲んでるよ」
「なに。是非私も混ざりたい」
「……お好きにどうぞ」
騎士団長がそんな事で良いのかとかもう今更なので言わない。
結局、その後酒盛りに混ざった団長は、魔王とアヤさんとともに大人三人で夜中まで騒ぎ通した。魔王は静かに酒を楽しんでいて品があるのだが、アヤさんと団長は酷いからみ酒で、オレとパトリシアとリーリが被害にあった。パトリシアなんか団長とアヤさんにメイド服をひん剥かれてしまって、可哀想に涙目になっていた。すげぇ興奮した。二人の暴挙に激怒したリーリが、鉄拳制裁を数回行ったのだが、全く懲りることなく二人はパトリシアを脱がした。オレはすげぇ興奮した。
しかし、リュカは一度も姿を見せることがなかった。
蝋燭の灯りの元、自室で本を読んでいると、ノックの音がした。リュカかな。リーリかな。パトリシアだったらどうしよう。オレは欲望に打ち勝てるだろうか。
「はいどうぞ」
「うちやで」
「私だぞ」
団長とアヤさんだった。二人してまた絡みにきたのかと一瞬身構えたが、どうやらそうではないらしい。アヤさんはまだ頬が赤いが、目はちゃんとしているし、団長なんかキリッとした表情だ。だがまだ油断はならない。そう考えていると、顔に出てしまっていたのか、アヤさんが笑って手を振る。
「そんな警戒せんでええよ。うち酔うんは早いけど、覚めるんも早いんよ」
「団長は?」
「私は酔ってなどいないぞ?」
じゃああれシラフだったのかよ。いくらなんでもハッチャケ過ぎだ。となると今後もパトリシアの服が定期的に剥かれることになる。
「昼間の約束覚えとるな? あれ果たしてもらうよ」
「分かった。何させるつもりだ?」
にやりと笑ったアヤさんが胸元から取り出したのは、小さな丸薬だった。赤い色をしたそれが二つ。アヤさんの白い羽根の上にある。
「これ飲んでもらうよ」
「待て。それの効果は?」
「秘密」
「ふざんけんな」
んなもん飲めるか。
「大丈夫大丈夫。死ぬことはないし、身体に悪影響もないよ。ただ、試作品やからちょぉっと結果にブレがあるかもしれんけどな」
そう言う問題ではない。それは一体どう言う用途の丸薬なのだ。何にしたって魔界の、それもアヤさんの持ち込んだ物だ。絶対ろくな物ではない。
「そう言わんでよ。これはうちらハーピー族の悲願なんよ。協力してくれたらちゃんとお礼もするし、もし何かあったら最後まで面倒みるから」
「んん……」
どうしようか。昼間取引をしてしまった手前、グズったところでという気もする。オレが何を言おうが結局無理やり飲まさせられるだろう。ならば男らしく一息で飲んだ方が後腐れもない。
「分かりました。飲みます。あと、団長は何故いるんだ」
「面白そうだからに決まっているだろう」
本当に腹立たしい人だ。憎しみのこもった目で団長をひと睨みしたあと、アヤさんから丸薬を受け取る。大きさは大豆くらいで、匂いもない。
「水はいらんから。そのまま噛み砕いてかまんよ」
「それじゃ、いきます!」
意を決して口に放り込んだ。まずでてきた感想としては、とにかく苦い。ゴーヤのエキスを抽出したみたいな味だ。そして意外と硬い。なかなか噛み砕けなかったので全力をだすことになった。それで粉々になった粉末を唾と一緒に飲み下す。
「効き目は六時間後くらいに出てくるから、今日はもう寝てええよ。明日の朝一で確認しよか」
「分かりました。でも本当に危ない薬じゃないんですよね?」
「心配性やなぁ。うちがリューシちゃんの困るようなことする訳ないやん」
「いや、自分の胸に手を当てて聞いてみて下さいよ」
いや、あんた普通に前科持ちだから。飲んでみても今のところ特に変調はない。本当に何の薬なのだろうか。
「ほな、うちは帰るわ。あ、そうそう。大事なこと忘れとったわ」
「この状況での後出しは恐怖しかないんですけど」
「明日の朝、最初は必ずうちと団長ちゃんに会うこと。そこで丸薬の効果を判断するけんな」
最近朝はパトリシアが起こしてくれるので、その事を伝える。すると、
「分かった。ならうちから話通しとくわ」
「え……」
あの面倒くさがりのアヤさんが自分から仕事を受け入れただと? これは本当に真面目な実験なのかもしれない。ハーピー族の悲願だとも言っていたし、それが何なのかわからないが、今から緊張してしまう。
「ま、そう言うことで。ほなおやすみ」
「おやすみなさい」
アヤさんはあくび混じりに就寝の挨拶をすると、手を振りながら帰っていった。しかし、そのあと驚くべきことが起こった。
「なら私も寝よう。明日が楽しみだ」
「なに!? 団長がオレを襲わないだと!?」
「なんだ寂しいのか?」
「嬉しいんだよ」
絶対一悶着あると覚悟していたから、これは本当に嬉しいしありがたい。オレもそろそろ眠いし、怪しげな丸薬を飲まされてもいる。下らないことで体力を使いたくなかった。
「それじゃ、ダーリンおやすみ」
「おう、おやすみ」
そして団長は本当に帰っていった。怪しい。いつになく普通の人間的振る舞いをする団長は怪しすぎる。これも丸薬に関係することだろうかと胸がざわつくが、今更どうしようもないので素直にベッドに入った。
心なしか落ち着いている。丸薬を最初に見せられた時は不安でしょうがなかったが、アヤさんも大丈夫な薬だと言っていたし、信頼出来るだろう。気候が暖かくなってきたので、シーツをかぶることなく眠りについた。
身体が熱い。なにか、内側から熱が出ているような感覚が全身にあった。だが、不思議と不快ではなく、岩盤浴をしているみたいな心地良さがある。
眠る。眠る。オレは眠っている。丸薬の効果が出る朝まで、眠って、そして。
「ん…….。朝、だな」
起床した。特におかしな点は感じない。強いて言うなら、心なしか身体が軽いことか。髪が目に入ってきたのでかきあげる。そこで気づいた。
「髪が、伸びてる?」
毛先が胸のあたりまであった。頭を手で触ってみるが、やはり毛量が増えていた。なんだ? 薄毛対策の薬か? だとしたらそれほど悪質な薬ではなかったと言うことだ。心配し過ぎた。
だがここで、毛先があたる胸に違和感を持った。重いのだ。何か、いらないものが引っ付いているような、盛り上がっているような。視線を落とすと、
「っ!?」
胸が、膨らんでいた。ぷるんと揺れる胸。そして、再び感じる強烈なまでの喪失感。オレの股間にいつもぶら下がっていたブツが、ない!?
「まさか……!?」
ベッドから転げ落ちて、姿見の鏡の前に這い寄った。そこには、オレが、いや、誰かが。いや、やはりオレが映しだされていた。その姿に、悔しさと後悔。何よりマグマのような怒りがふつふつと湧き上がっくる。
「あの、女共!!」
オレの身体は、女になっていた。
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