リーリの悩み?


「お前ってさぁ、本当に何の役にも立たないよな……」


『いきなり夜中に通信してきた挙句の第一声がそれですか……』


 現在、オレは驚くほど久しぶりに女神と通信していた。いきなりふとこいつの存在を思い出し、これまでの事を話しておこうと思っての行動だった。

 だが、オレの言い分は的を射ていると思う。オレがベルゼヴィードに殺されかけた時も、王女に監禁されていた時も、シミズ草を採りに行った時もこいつは役に立たなかった。と言うか存在すら忘れていた。


『それは、竜士さんが私を忘れてたからですよね!? 私に落ち度はありませんよ!」


「ならお前あの時々なんか出来たの?」


『それは……ひゅーひゅー』


「口笛で誤魔化すな」


『ひゅひゅひゅひゅーん!』


 いくらベートベーンの「運命」を奏でようが、誤魔化すことなど許さん。


「なんかさぁ無いの? これなら誰にも負けません! 必ずお役に立てます! みたいなの」


『下駄箱掃除とか得意ですけど……』


「女神の理由はどこだ」


 あと女神ならその程度魔法とか神通力とかで何とかしろよ。あまりにショボすぎんだろ。何だ下駄箱掃除って。特技欄に書くことじゃねぇだろ。


『しかし戦争ですか……。例え勇者がいたとしてもあまり関係はないようですね』


 女神がしょぼくれた声でため息をつく。そして、オレは今回こいつに聞きたいことがあった。


「お前さぁ。結局どうして欲しいの? オレには勇者の更生の手助けをして欲しいって言ってたけど、最終目標はどこにあるんだよ」


 魔王を倒して欲しいのか、戦争を止めて欲しいのか。どちらにせよ世界を救うと言うことに大差ないが、方法がまるで異なる。


『そうですね。やはり私は人間の味方なので、魔王を倒して欲しいです。人間が魔族に殺されたりしない世界を目指しています』


「ふむ」


 となると、魔族の全滅は必須。何より、一番人間に被害を与える低級魔族殲滅が最終目標になる。しかし、それはあまりに遠大な目標だ。


「それは無理だぞ。オレは魔族にも知性とか理性とか倫理とか愛とかがあるのを知っちゃったからな」


『ですよね。私も今はそう思います。なので、出来るだけ戦争などはせずに、両者話し合いで共生の道を探って欲しいですね』


 やっぱりそこに落ち着くのか。魔族殲滅よりはまだマシだが、それでも難しい。人間側にもその気がある者はいるが、それは明らかに少数だし、魔界側も同様だ。軽々しくよっしゃ頑張るぜとはならない。とは言え、頑張らないと話は前に進まないわけで。


「わかった。オレもそのつもりで頑張るよ」


『はい! あと、もっとたくさん指名してくれて良いんですからね!』


「指名って言い方すんな」


 何かいかがわしいお店みたいじゃないか。こいつはポンコツだが、女神だけあって外見はめちゃくちゃ可愛いので困る。ついつい甘い顔をしてしまうのもそのせいかと思えた。美男美女はそれだけで有利だよなぁ。彼ら彼女らにも悩みはあるのだろうが、オレ達とは次元が違う気がする。


「それじゃ」


『はい』


 通信を切った。魔族と人間の共生か。絶対に無理だとは言わない。個人個人なら十分可能だし、すでにその動きは根付いている。だが、国家レベルとなると一気に難しくなる。それぞれ思惑はあるだろうし、何より魔族と戦う、人間と戦うことを生業としている者が大勢いる。むしろ、そう言う者が大多数だと思えた。共生をすると言うことは、そんな彼らの将来を保証すると言うことだ。それをオレ一人、国王一人で背負いこむのはいくらなんでも無茶だ。

 出来そうで出来ない。出来る可能性があるからこそ、それがいつまでたっても叶えられなくてもどかしい気持ちになってしまう。もやもやする頭をそのままに、オレは目を瞑って眠りを待った。









「私、ふっかーつ!」


「いえーい。リーリ、かまんべいべー!」


「かまんべいべーとか言うな」


 リーリの休暇が終了した。本人は嬉しくて堪らないらしく、朝だと言うのにテンションがいやに高い。それにリュカもひきづられて、二人して顔を赤くしている。

 朝食はリーリの好物だと言う果物がたくさん出されている。彼女は後から食べることになるわけだが、まあ、これも気持ちの問題だ。


「良かったです。私もリーリさんとお仕事出来るのとっても楽しみです!」


 そして今日もパトリシアは笑顔が素敵だ。魔王の背後でぱちぱちと手を叩いている。


「今日からバリバリ働くぞ!」


 今時こんなに仕事に熱意のある若者は少ないのではないだろうか。髪はピシリと頭の左側で結わえられ、いつもの執事服もどこか輝いて見える。そんな様子を見る魔王も嬉しそうだ。


「うむ。またこれからも頼むぞ」


「はい!」


「では早速だが……」


「なんなりと!」


 リーリは魔王から言いつけられる仕事を心待ちにする。顔と瞳がキラキラしていた。しかし、魔王の視線はリーリではなく、その背後に立つパトリシアへとスライドした。


「パトリシアよ。ハーピーの領地から上がってきた外敵問題についていくつか案を出しておいた。それに必要な経費を洗い出しておいてくれ」


「かしこまりました」


 パトリシアは笑顔で一礼する。しかし、その仕事まではまだ時間があるようなので、オレとリュカの給仕に勤しむ。


「お嬢様。今朝は良いお魚が手に入りましたよ」


「本当ですか? では今晩はお魚にしましょうね。お手伝いしてくれますか?」


「もちろんです」


 ああ、和む。可愛らしい女の子の笑顔のやり取りと言うのはどうしてもこうもマイナスイオンが出ているのだろう。二人とも穏やかかつ物腰が柔らかいので、見ていて心がふわふわしてくる。なんかマシュマロみたいだ。


「あ、それとエドガー様」


「ん、なに?」


「今日はベットを丸ごとお掃除しますので、午前中はご使用になれません。申し訳ございません」


「ああ、そんな事か。いつもありがとう」


 はい! そう元気よく返事すると、パトリシアはオレの紅茶のお代わりを注いでくれた。


「な、なん……だと……」


 その時、オレの背に立つリーリが顔を青くして呻くように声を絞り出した。


「どうしたよ?」


「そんな、まさか……こんな事が……」


「だから何が」


 慣れない休暇でおかしくなっちゃったのかなぁ。こいつは腹は立つけど一番常識人だからちゃんとまともでいて欲しいのだが、それもオレの儚い夢だったのかな。人に夢って書いて儚いって読むしな。漢字って本当に良く出来てるよ。


「私の、仕事が……」


 そしてとうとう、リーリが何にこんなにも動揺しているのか誰一人として気づけないまま、朝食は終了した。オレも、パトリシアがベットを掃除してくれると言っていたので、自室に戻ることなく中庭に向かうことにした。ここ最近楽しみにしていることがあるのだ。

 今日も天気が良い。青空に浮かぶ雲は気持ち良さそうに漂い、ゆっくりゆっくりとその形を変化させていく。近頃は少しずつ日差しに力が増してきて、この世界の季節が変わり始めることを予感させる。それでもまだまだ日向は心地よく、中庭はオレのお気に入りの場所だ。そしてそこには、


「よーしよし。良い子だ」


 オレは、芝生に仰向けに寝転がって腹を見せてくるケルベロスを撫でていた。出会った当初はお互い遠慮があったが、今ではこんなにも仲良しだ。ネギは甘えん坊で、シラタキは、お利口さん。ハクサイは素直で意外と芸達者だ。

 牙は鋭く爪は凶暴そのものだが、手なづけてみれば可愛いものだ。その体毛はケルベロスの感情によって硬さを変化させるようで、怒っているときは槍のように鋭く、嬉しい時はウールのようにモコモコだ。なんとなくリュカを連想させる。飼い主はリュカらしいから彼女に似たのだろう。


「おや、エドガーさま。今日もネギたちと遊んでいるのですか?」


「ん? おお。こいつら可愛くてな。しかも獣のくせになんか良い匂いがするんだ」


 春のお日様のような、洗濯したてのタオルのような匂いがして抱きつくと嬉しい気持ちになってしまう。


「あらあら。皆エドガーさまに遊んでもらえて良かったですね。でもたまにはわたくしとも遊んでくれないと嫌ですよ」


 リュカがネギの頭を抱きしめる。シラタキとハクサイが彼女の頬を舐め回す。


「もちろん、エドガーさまもですよ。その、もっと構って下さらないと切ないです……」


「お、おお。善処する」


「あ! それはちゃんと履行してくれないやつですね!」


「そんな事ないよ。なー? ネギ?」


 そんな風に笑いながらネギの頭を撫でていると、屋敷の中からリーリの声が聞こえてきた。


「な!? もう屋敷の仕事を全て把握してしまったのか!?」


 相手をしているのはパトリシアだ。オレのシーツを両手で抱えている。干してくれるつもりなのだろう。


「はい。お嬢様が丁寧に教えて下さりましたから。何か間違いがございましたか?」


「いや、それはない。パトリシアの仕事は完璧だ。よくやってくれていて私も嬉しい。しかし、そうか……」


 何やら仕事の話をしているようだが、リーリは少し寂しげだ。パトリシアもそれを心配するように顔を覗きこんでいる。二人に流れる空気が少し妙だ。


「どうしたんでしょうか。リーリ、今朝はあんなに張り切っていたのに、なんだか元気がありませんね」


「だな」


 リュカと二人でケルベロスの背後に隠れて様子を観察する。リーリはパトリシアが仕事の途中だったことに気がつくと、一言謝ってその場から足早に離れた。パトリシアもリーリの背中を見つめている。仲が悪いわけではないようだが、なんだか流れる空気がおかしかった。


「どうしたんだろ。別にあいつのことなんかどうでも良いけどさ……」


「うそ。あんなにもリーリのために頑張っていたエドガーさまなんですから」


 リュカはくすくすと笑ってオレを見る。バツが悪くなって目をそらした。しかし、すぐに考えこむように右拳を口元にあてた。


「多分ですけど、パトリシアちゃんがやってきて、ちょっと仕事を取られちゃった気になってるんじゃないでしょうか」


「なるほど」


「リーリはそれでいじけたり、恨んだりする子ではありませんが、少し寂しいのかもしれませんね」


「ふーむ」


 幼い頃からずっとリーリを見てきたリュカが言うのだからまず間違いないだろう。そうか。リーリの気持ちもよく分かる。リュカとパトリシアも仲良いし、オレの時と同様に彼女を取られた気になっているのかもしれない。だってパトリシアちゃん呼びだし。二人が朝の食堂でお話している姿なんかとても絵になる。バックにタンポポの花が飛んでいるのが見えたくらいだ。


「エドガーさま、リーリのために少しお願いを聞いていただけますか?」


「まあ、良いけど」


「ふふ。ありがとうございます。名付けて、リーリは出来る子なんだぞ大作戦です!」


「よしわかった。作戦名はオレが考えよう」








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