世界最強のオレが異世界転移したら魔王の娘を嫁にもらった

夏目りほ

第一章

異世界転移

あれ、何だここ。て言うかどこだ?


 ふと目を覚ますと、オレは不思議な場所に立っていた。

 壁も、窓も、柱も、天井もない。ただただ真っ白なだけの空間が永遠と続いている。足元にはオレの影すらなかった。どこまでも歩いていけそうで、また同時に一歩も動くことが出来ないと思うような閉塞感も感じる。病院の廊下に似ているな。何となくそんなことを思った。無音、ひたすら無音。風もなく、自分が立っていることすら危うく感じ始める。

 明らかに異様な空間。あまりに遠くまで白一色なので、目眩がしてしまう。いや、なんとか頭を整理しよう。確か、ついさっきまで自分の部屋で爪を切っていた。オレは右手の爪が伸びるのが早い。危険を少しでも回避するため、二、三日に一度は必ず爪を切ることにしていた。だが、おかしい。そこから先がまるで思い出せない。


「夢?」


 そのことに思い至るが、夢としてはあまりに感覚がはっきりとし過ぎている。頬をつねりながら、辺りをもう一度見回すと、


「……箱だ」


 箱があった。赤と白の縦縞模様の、人間一人が丸まって収まることができそうな大きさ。ただ、何となく近づく気になれないのは、その箱がごそごそ動いていたからだ。


「あ、痛。つっかえた。痛い痛い。腕つる腕つる」


 そして、何やら中から声が漏れ聞こえてくる。どう考えても不審な箱だ。何が出てきても良いように、すっと右手を構えた。その瞬間、


「ぱ、パンパカパーン! 江戸川竜士さん、おめでとうございます!!」


 両手を高々とかかげた、一人の女が勢い良く飛び出してきた。クラッカーの情けない音が同時に響く。


「はぁ?」


 それは、えらく整った顔立ちをした赤毛の女だった。大きな瞳は髪と同色で、期待に満ちた雰囲気でオレを見つめる。上等そうな仕立ての赤いドレスの上に、半透明の羽衣を重ねている。その姿はどこか既視感があった。


「あ、よくコミケとかで見かける……」


「誰がレイヤーですか!」


 まだ最後まで言ってない。全く嫌になっちゃう、とブツブツ言いながら、そいつは箱から虫のように這い出してくる。見た目は美しいのに、行動はどこか不気味だ。


「私は、異世界レギオンの女神、ユニコ! さあ選ばれし勇者よ、今こそその力でレギオンを救うのです!!」


 なんともお約束のセリフだった。どう返事したら良いか分からなくて、難しい顔で黙っていると、そいつは苦笑いでオレにすり寄ってくる。


「あ、あれ、何だか反応薄いですね。私の言ってること、信じてくれてます?」


「いや、まあ一応は」


「し、信じてその反応ですか……」


 ユニコと名乗ったこの女、いや、自称女神は、オレの反応に少しガッカリしたようで、しゅんとして俯く。


「で、ここはどこ?」


 しかし、オレの質問に顔を素早く上げると、再び目を輝かせて一気に話し出す。


「ここは、私が作り出した異空間です! あなたは、惜しくもその尊い命を落とされました。それで……」


「嘘だな」


 堰を切ったように語り出す自称女神の話を上から遮った。


「オレは自分の部屋でテレビ見ながら爪切ってたんだ。それが何でいきなり死ぬんだよ」


 オレの至極もっともな主張に、自称女神は一気にしどろもどろになった。


「そ、それは、某国がミサイルを日本に向けて発射して……」


「世界情勢はそこまで緊迫してねぇよ」


「あ、あなたの切った爪が突然モンスターに変化して……」


「ギリシャ神話か。ありえねぇよ。だいたい……」


 オレがモンスターなんかに殺されるわけがないだろ。そう言うと、自称女神は肩を落とし、涙目になりながら、両膝を地面につく。


「そ、そうです。私があなたを無理矢理連れてきました」


「誘拐じゃん」


「あ、あの河童とか一反木綿とか……」


「それは妖怪」


「個体が液体に変化する……」


「それは融解」


「あ、洋服の重ね着の……」


「何だそれは。まだごまかすのか?」


「うう……」


 オレの厳しい態度に自称女神は、かなり抵抗したがとうとうごまかすのをやめた。見るからにしょんぼりしている。


「じゃ、とっとと帰してくれよ。明日も大学なんだ」


 オレがキャンパスライフを始めて早半年。まだ一日たりとも欠席していない。皆勤とかに興味はないが、ここまでくれば意地である。明日の講義は一限からだ。朝飯を今日のうちに買っておきたい。


「ちょ、ちょっと待って下さい! せめて話だけでも! って言うか自称じゃないです。本当に女神です!」


 オレのズボンの裾にしがみついてくる女神は、女神と言うより完全にダメな人間だと思うが、その姿があまりに必死なので、思わず話を聞く気になってしまう。我ながら甘い。でも、本当に必死なんだ。なにかただ事ではない空気を感じる。


「じゃ、じゃあ話だけなら」


「はい!」


 だが、そんな嬉しそうな顔をされても困る。目尻の涙を拭ってまた話し始める女神。


「それではまず、異世界レギオンの状況について、簡単にご説明させていただきます!」


 ポン! と小気味良い音がして、何もないところから大きなホワイトボードが飛び出して来た。女神は、そこに黒いペンで何やら書き込んでいく。


「レギオンは、剣と魔法の世界です。よくファンタジー小説なんかで紹介される世界そのまんまですね」


「はあ、ファンタジー小説ってまた言うに事欠いて……」


 異世界レギオン、と大きくホワイトボードに書かれ、そこを女神が指し示す。


「しかし! その平和だった世界に、危機が訪れているんです!」


 ふん! と、何やら威勢の良い掛け声とともに独特なポーズを決めつつ、話を進める女神。


「レギオンには魔族と呼ばれる人間に害をなす存在がいます! それの……」


「魔王が人間世界を侵略しようとしてるんだろ?」


「そ、そうです。よくわかりましたね」


 わからいでか。ホワイトボードに魔王、と書き足され、そこに六、と言う数字が加えられる。ん? 六?


「六って何?」


「ああ、これはですね、現在魔界を統べる魔王が六体いるんですよ」


「へぇ、それはちょっとヤバそうだな」


 六体は流石にまずい。あと、それは統べると言うのだろうか。女神も神妙な顔で頷く。


「一体でも世界を滅ぼせるほどの強大な力を持つ魔王の複数同時出現。レギオンはかつてない危機であり、イレギュラーな事態に陥っているのです!」


 女神はホワイトボードの中央に真っ赤な文字で危機、と書き加える。だが、その隣に書き加えられたミニキャラが、「大変だ!」と吹き出しで言ってるので、どうも緊張感に欠ける。もうどうしようもない。


「で、何? オレにその魔王六体を倒して欲しいってか?」


 それこそありがちな展開だ。また、オレならば決して不可能ではないだろう。


「いいえ、違います」


 しかし、女神は否定する。そして告げる。


「あなたには、既に先行している勇者の更生の手助けをして欲しいのです!」


 ホワイトボードに青いペンで勇者と、手助け、という単語が記された。完全に予想外の方向に話が進んだため、上手く理解出来ない。


「手助け?」


「はい。聞いて下さい。私が二年前、必死の想いで見つけた勇者の話を」


 女神は次に、紙芝居を取り出した。何か小道具がないと説明出来ないのだろうか。


「何十年も前から続くレギオンの異常事態に対抗するため、私は異世界の勇者を探していました」


 ふむ。まあ、これもありがちだ。ありがちで良いのかと言う疑問はここでは考えないでおく。


「そして見つけたのが、十六歳の無職、引きこもりの少女です」


 む?


「その子に私が与えることが出来るありとあらゆるチートを授け、レギオンに転移してもったんですが……」


「……もしかして、異世界でも引きこもっちゃったとか?」


「そうなんです! よくわかりましたね! 先ほどからめちゃくちゃ鋭いです!」


 女神は涙を流しながら、紙芝居を握りしめる。せめて紙芝居機能させろ。


「レギオンを救う力を持つ最後の希望が、固く閉ざした扉の向こうに引きこもって早二年。どうにかして彼女を……」


「アホか!」


 左手で、音が出るほど強く女神の頭をはたいた。


「ちょ! いきなり何するんですか!? 怒りますよ!?」


「それはこっちのセリフだ!」


 紙芝居を奪って、丸めて、また女神の頭を叩く。一応は役に立った。


「ニートの引きこもりなんか選んだってダメに決まってるだろう!」


「だ、だって漫画とかラノベとかって主人公みんな引きこもりじゃないですか!」


「それはフィクションだ!」


 現実はそんなに甘いもんじゃない。引きこもりやニートは、それぞれ理由があってそうなってしまっているのだ。それが改善されない限り、何をやってもダメだ。あと、女神のくせにラノベだ漫画だとさっきからこいつは……。

 ぽいと紙芝居を放り捨てて女神に聞く。


「じゃあ、オレの役目はその引きこもり勇者を、外の世界に引っ張り出して、魔王を倒させるってことか」


「その通りです!」


 女神は涙目で頭を抑えながらも、本気でオレにすがってくる。


「レギオンを救うことが出来るのは、もうあなたしかいません! どうか、どうかお願いします!」


 真っ白な地面に座り込む。あぐらをかいて、頭をかいた。その頼みを聞く前に、一つ確かめておきたいことがあった。


「何で、オレなの?」


 返答次第で、どうするかを決めよう。


「……私が先の勇者にありったけのチートを授けたせいで、次に転移してくれる人には、何も力を授けてあげることが出来ません。チートなしで、レギオンを生き抜くことが出来るのは、数多ある異世界の中でも、あなたしかいないのです。あ、でも今ならレギオンの読み書き能力だけはオプションで付きますよ!」


 どうでも良い。いや、かなり重要なことか? だいたいオプションって何だ。オレは小さく、だが重く息を吐く。そして左手で片膝を叩いた。


「いいぜ。やってやるよ」


「ほ、本当ですか!?」


 女神が心底嬉しそうな顔で両手を広げる。今にも抱きついてきそうだ。


「ああ、男に二言はない」


「じゃ、じゃあさっそくこっちに来て下さい!」


 女神の手招きに、素直に従う。すると、


「ちょ!? 何を!!」


 いきなり女神に抱きしめられた。豊かな双丘に顔を埋めさせられる。柔らかな感触に顔が火照る。しかし、慌てる暇もなくオレと女神の周囲をオレンジ色の光が包み、足元に五芒星の陣のようなものが出現する。


「さっそく勇者が住む街に行ってもらいます。お気をつけて。そして、レギオンをどうかよろしくお願いします」


 女神の温かな体温が、少しずつ薄れていき、オレの意識までも遠くなっていく。眠りにつくような穏やかな感覚でオレは日本に別れを告げ、異世界へと転移した。

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