Song.61 野音
「すっげぇー……」
最終選考当日、朝の九時。
曇りなき青い空の下、俺たちは野音にたどり着いた。
案の定瑞樹にたたき起こされて、始発電車に駆け込んだ。ずっとうとうとしながら電車に揺られていたが、ステージを前にしたら眠気なんてすっ飛んだ。
ステージはセッティングのために何人もの大人があれこれやっている。中にはドラムとかアンプもあるのが見えた。
黒いTシャツを着た大人たちが忙しそうに右へ左へと動いていく姿は、ずいぶん久しぶりだ。だって、親父のライブ以来だし。
あの時はただ同じTシャツを着た大人たちが怖かった。
一人、知らないところに取り残されるのが怖かった。
でも今は立場が違う。
俺は親父と同じ、ステージに立つ側だ。待つ側じゃない。
「キョウちゃん、あれ! あの人、テレビで見た事ある!」
「うぐっ……首、じまってる……」
ステージの上に立っている真っ黒なサングラスをかけた男の人。さすがにテレビをあんまり見ない俺でも顔を知っている。いくつものテレビ番組で司会をしている有名人だ。もちろん、音楽番組以外にも旅番組とか、バラエティ番組にも出ているが。
そんな有名人にテンションが上がった大輝によって、俺の首は絞められ、頭を揺さぶられる。
「んなことやってると、野崎が死ぬぞ」
「あ、わりぃ、わりぃ。キョウちゃん、ひょろひょろだもんな!」
鋼太郎に言われて、解放されたけど、何だか気にくわない。確かに俺には筋肉が人よりないけど。ないけども!
「ほらほら、みなさん行きますよ。結構時間ぎりぎりなんですから」
「はーい」
先生に言われて、ふざけるのをやめた大輝。だけどきょろきょろ周りを見ては目を輝かせている。
そのままどこかへ行ってしまわないように、瑞樹が大輝の背中を押していく。
「キョウちゃん。ほら、行こうよ」
瑞樹は俺の手を引っ張る。
「ああ」
先生を先頭に、『受付』と書かれている看板が立っているテントへ向かう。
「おはようございます。学校名をバンド名をお願いします」
「羽宮高校のWalkerです」
スタッフの腕章を付けた人へ、先生が告げれば「確認しました」と言われ、何かを先生が受け取った。
「全員が集まり次第、流れなどの説明があります。お渡しした参加者用の札を身につけて、あちらでお待ちください」
「はい、ありがとうございます。みなさん、行きますよー」
先生について行った先には、同じぐらいの年代が集まる集団が。
その中に見覚えのある顔があった。
「げ」
「あ、悠真から変な声でた」
「うるさい」
悠真が見たのは実の兄貴たち、Logのメンバー。
俺たちがあいつらを見つけたときに、向こうも向こうで俺たちに気づいたようだ。
「おん? 君たちもやっと来たんやな。今日は遅刻してへんやん。尚の心配は無用やったらしいで」
ベースを背負ったあの関西人だ。名前は忘れた。
「祐輔うるさい。僕は心配なんかしてない」
「またまた~。言うてたやん。照れなくてもいいで」
後ろでツンツンしているギターボーカルの尚人。そしてその奥には、悠真の兄貴がブンブンと手を振っている。そりゃもう、腕が取れるんじゃないかってぐらいに。
「翼さん、お久しぶりです」
「久しぶりー。瑞樹くん、元気にしてた?」
「はい! またお会いできてうれしいです」
いつの間にか俺たちの後ろにいたドラムの翼。そいつと瑞樹が仲良さげに話している。
「知ってる? 第二会場で僕たち、同じ点数だったみたいだよ。だから同じ会場で二組がここに来たんだって」
似た者同士だからなのか、翼は瑞樹と話し続ける。
「そうなんですか!? 僕たちそこまでは知らなかったです……」
「うん。例年通りなら各会場一組だからさ、気になって色々話を聞いてみたんだ。そうしたらそんな感じだったみたい。引き分けだなんてびっくりだよね」
笑いながらそう言うと、翼は小走りでメンバーの元に向かって行った。
「だって、キョウちゃん。同点なんだって」
「まあ、想定内だな。そうでもなきゃ、俺らかあいつらのどっちかしかここに残ってねぇよ」
「それもそっか」
「ああ。何にしても、今度は引き分けなんてことになんねぇよ。あの時より断然レベルが上がってるしな。負けるわけがねぇ」
「ふふ。さすがキョウちゃんだね。いつも通りでよかった」
ライバルは何もLogだけじゃない。ここにいるバンド全てがライバルだ。
どんな曲をやるのか、どんなライブになるのか、どんな反応をされるのか。楽しみで仕方がない。
『あー、あー……お集まりのみなさーん。これから事前の流れを説明しまーす』
メガホンをとったスタッフが声を上げる。
すると、その場にいた参加者たちが声のする方へ目を向けて耳を傾ける。
『まずはみなさん、受付時にお渡しした参加者用の札を身につけておいてください。それがあると、関係者だとすぐわかるのでご協力お願いします』
先生から首から下げるようになっている札が渡される。それには『バンフェス!』の文字と手書きで書かれたバンド名があった。
それを全員首から下げた。
『ご協力ありがとうございます。本日の流れといたしましては、開会式でゲストによるライブののち、順番にライブを行います。前半4バンドが終わりましたら休憩をはさみ、再度ゲストによるライブ後、後半5バンドに演奏してもらいます』
ゲスト。それがMapであることを知っている。
めちゃくちゃ久しぶりに聞くMapの生演奏。それによって会場が盛り上がることは間違いない。
『すでにご存じかと思いますが、今回のゲストはLayla《レイラ》。そして、Mapの皆さんです』
その場にいる人たちが一気にざわついた。
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