Song.59 移り変わり

「今度野崎たち、野音でライブやるらしいよ? やばくない? あんた、何か言ってきなよ」

「えー、やだよ。怖いもん」


 バンフェス最終選考に残ったことを知った人たちが、俺たちを遠目に見ては話題にしている……ようだ。直接何かを言ってはこないけど、ちらちら俺らを見てはコソコソ話しているクラスメイトっぽい人が多いし。


 ちょっと前までは俺を見て、「やれっこない」「まだ何か言っている」なんて馬鹿にしてきたくせに、結果を見せると手の平を返す。

 そんなやつらにざまあみろって言いたくなるのを、何とか堪えた。


「気持ち悪い顔してんな」

「はあ? してねえし」

「あー、はいはい。それがいつもの顔ってことか。なるほどな」


 断じて俺は変な顔をしていない。たとえ真正面で鋼太郎が俺を見ていたとしても、俺は変な顔をしていない。いつもの顔だ。


「ああ、そうだ。妹がお前宛てに相談だって」

「妹? あの性格正反対の妹?」


 どんな人だったのか、鋼太郎にもらった草餅を食べながら思い出した。

 大して話してはいないし、何を相談する内容があったのだろうか。俺には何も聞きたいことなんてない。むしろ存在を忘れかけてた。


「どんな覚え方だよ。でもまあ、合ってるけど」


 そう言って鋼太郎は自分のスマートフォンを見ながら読み上げる。


「伝えてくれって言うから、とりあえずまんま読むぞ……選考突破おめでとうございます! みなさんのライブ、めちゃくちゃ楽しいんで、また一緒にお願いします」

「体育館ライブか? またやれるならやるぞ」

「いや、本題はそこじゃねえ」

「は?」


 ライブを一緒にって言うのであれば断る理由はない。俺らも鋼太郎妹ズバンド――ちょこれいととライブをするのは楽しかった。

 あれだけボロボロだったのに、何とかライブの形まで持って行った根性は素直に尊敬する。

 だが、本題はそれじゃないと言うならば、一体何があるんだ。


「私達も野音に行きたいです。友達と行きたいのでチケットください……だとよ」

「……は?」

「俺もそんな顔になったわ」


 今度は間抜け顔をした自信がある。

 言葉の理解はしているけど、チケットぐらい自分で買ってくれ。武市さんは買ったって言っていたし。


「先生がぽろっと言ってたけど、関係者分として一人一枚までチケット買えるってよ。それをねだってるんだろうな」

「んなん、俺に言われても知らねぇよ。あっても俺はいらねえし。うちのじいちゃんとばあちゃんが、ライブするような爆音の場所に来れる訳ねえからな」


 さすがに七十超えた老人が、若者が集まるライブに来るのは少し大変だ。耳が遠くなってきているけど、耳を裂くような音と熱気に圧倒されて倒れかねない。じいちゃんたちには悪いけど、ライブに来るのは難しいというか無理だろう。


「うちも母さんが見たいって言ってたけど、店があるからな……だから俺の分は妹が買う。お前の名義でもう一枚分もらってもいいか?」

「いいんじゃねえの。あ、おかわり」

「んな、適当な……おかわりなんかねぇよ。それ以上食うと太るぞ」


 かたやの和菓子がなくなった。

 今日のおやつタイムもこれで終わり。同時に予鈴も鳴った。


「授業、寝るなよ?」

「うーい」


 俺が食べて空になった草餅の容器を、鋼太郎は当たり前のようにゴミ箱へと持って行きながら、自分の席に帰る。

 寝るなと言われたけど、腹が膨れた以上、次の授業は夢の中になったのをあとで鋼太郎にしこたま怒られた。



 ☆



「大輝。ここ、音がずれてる」

「まじか。あー、あー」


 物理室でひたすら練習。

 悠真の一番スペックが高そうなスマートフォンで演奏を撮影し、それを見返して改善点を探す。

 相変わらず大輝は出だしから声が出ているが、テンションが上がりすぎると音を外すクセがある。それを指摘すれば、音程を合わせようとすぐに改善しようとする。


「もう少し高くだな……悠真頼んだ」

「ん」


 俺が音をとるより、悠真のキーボードで合わせていく方がちゃんとした音を取れる。まあ、俺の教え方が悪いところもあるけれど。

 大輝と悠真の二人で練習するならば、残った三人でまた別の練習をする。


「鋼太郎はー……最初の音に自信なさそう」

「ずばずば言うな、おい。でもやってみる。もっとでかい音でいいか?」

「そうだな、バスドラをもっと強くしてくれ」


 ドラムの音を聞き分けると、悠真のソロの後から始まる全員の音の中で一番勢いがない気がした。

 曲の冒頭は落ち着いた雰囲気で始まり、全員が一斉にかき鳴らすことで勢いをつけるようになっているから、一人が弱くなるとその分勢いが消えてしまう。

 ベースもそうだが、低音が曲を底から押し上げる。

 低音がしっかりしていなければ、曲がグラグラする。それだけ重要な音なんだ。


「キョウちゃん、ギターはどう? 僕、自分で聞いてもわかんなくなっちゃって」


 鋼太郎がドラムの方へ戻っていったあと、瑞樹が苦笑いをしながら聞いてくる。


「だよな。自分で自分の演奏見てもわかんねぇよな。ギターは……いや、ギターもやっぱり出だしか? もらったコメントに書かれてたのは出だしについてだったしな。やっぱり音が揃わないと気持ち悪い」

「だよね。そうなると大輝先輩の音が取れるようになったら、出だしの練習かな?」

「だな」


 大輝が音を取れるようになるまで、そうは時間がかからない。だからそれまでの待ち時間、肩を回す。そうしたらゴリゴリと嫌な音を立てた。

 ベースも軽くはない。けど、この重みが俺は好きだ。

 親父のベースとはメーカーが違うものだけど、親父が選んで買ってくれた最初で最後のプレゼントだ。ピックガードとかはいじったりしてるけど、基本はそのままを維持している。

 このベースで、親父が立っていたステージに俺も立てるんだ。


 夢が現実になる。

 一呼吸つくたびに、緊張が込み上げてくる。


「――……る?」

「……あ? 何?」

「ったく、聞いていてよね。大輝はもう大丈夫だって言ってるの」

「わりわり」


 顔を上げれば、悠真が呆れた顔をしていた。

 大輝もニカッと笑って、俺にピースを向けている。どうやら俺が物思いにふけっているうちに準備が整ったらしい。


「うし。じゃあ、もういっぺん、頭っからやるぞ」

「しゃーっす」

「はーい」

「おう」

「わかった」


 物理室から校内に俺たちの音が響き渡る。

 今では俺たちを嫌な目で見る人は多くない。

 毎日、練習を繰り返していくうちにあっという間に最終選考の日に近づいていた。

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