Song.58 評価とこれから

「ついさっき、選考結果と評価コメントがメールで来ていたので皆さんにお渡ししますね」


 先生から渡された一枚の紙。そこの書かれた内容を見れば、審査員から見たいい点と悪い点がずらずらと書かれている。


 さっと読めば、どうやら俺たちのライブでよかった点は、主にパフォーマンスだそうだ。

 ライブに来ている人たちと一体感が生まれていたこと。躍動感があったこと。おおまかにいえばそんなところだろうか。

 この点で言えば、大輝がいるからこそできていることである。

 教えていないのに、ステージ上を移動して、煽って煽って煽る。そこに俺たちを巻き込んでいく。見て聞いて楽しい。全ての感覚を使ったライブであったことが評価されたようだ。


 悪かった点、改善点は、スタートダッシュについて。

 静かに始まり、ドカンと他の音が加わる際にズレがあったらしい。実際に弾いているときはわからなかったが。

 それと、唄の始まりをもっとしっかりしろと書かれている。こればかりは大輝のコンディションが悪かったことが関連しているだろう。あの時は一時的に不調だっただけ。というか、悠真の兄貴の言葉が刺さっただけ。今は回復しているから、次の時にはフルスロットルでできるはずだ。


 なら、改善すべき点は音のズレか。

 もっと曲についてダメ出しされるのかと思っていたけど、演奏の方に問題が多かったみたい。

 悠真と初めて一緒に作ったものだし、互いに納得のいく曲になっている。それを否定されなかったから、ちょっと安心した。


「やっぱ俺が原因じゃあん。みっちゃーん。俺を慰めてー」

「大輝先輩はすごかったですよ。この結果を踏まえてまた練習しましょう」

「みっちゃん優しいー!」


 へこたれては瑞樹に助けを求め、コロコロ顔を変える大輝のことは、俺にはよくわからない。大輝を対処できる瑞樹の懐が広いな。

 大輝に散々振り回されていた瑞樹は、今では大輝の手綱をしっかり握っているようにも見える。


「野崎」

「あ?」


 鋼太郎が横から何やらスマートフォンを見せてきた。

 今のタイミングで何の用だと画面を見れば、そこに表示されていたのは他の通過者の名前だった。


「これ、あれだろ。兄貴の……」

「マジかよ。あの会場で二バンド通過したのかよ……」


 全国で行われた第三次選考で通過したのは全部で9組。

 応募総数は1万を超えているだろうから、俺たちはかなり狭い門を通過したことになる。

 そしてその中に知っているバンド名――Logの名前がある。


「嫌になるよね。僕の所にやたら連絡が来るんだけど」


 悠真にも聞こえていたらしく、兄貴とのトーク画面を悠真は見せてきた。

『三次選考突破おめでとう! お兄ちゃんは嬉しいぞ』

『兄弟そろって違うバンドで通過できるなんて、前代未聞だろ?』

『できそこないのくせに、やればできるんだな』

 そんな内容のメッセージが送られてきているが、相変わらず悠真は一言も返信していないようだ。兄弟とはそんなに冷たい関係になるのだろうか。


「僕らとはやっている音楽の根本から違うから比較するのは変だけど、斬新性で言えば向こうの方が上。だけど、僕も負ける気はないよ。あの大嫌いな人に」

「言ってくれんじゃねぇか」

「まあね。僕だって負け続けるのは御免だよ」


 悠真が兄貴のことを嫌いなのはよく知っている。

 まさか、また同じステージに立つとは思ってもいなかったが、兄貴の存在が悠真の闘争心に火をつける。

 いつもクールぶっている悠真が、ここまで燃えているのはレアだ。


「はいはい。みなさんお静かに。今後の予定についてお知らせしますよ」


 興奮してざわついていた空気を、今まで黙っていた先生が鎮める。


「最終選考は3月。東京の屋外ステージ、野音やおんです」

「……や、おん?」


 音楽に詳しくない大輝と鋼太郎には会場が伝わらなかったらしい。確かに日頃ライブに行ったりするほどの音楽好きじゃなければ、あまり聞きなれないだろう。

 二人を除いた俺、瑞樹、悠真はわかっている。

 反応の違いを見た先生は、詳しく説明し始めた。


「野音と言うのは、東京の日比谷公園大音楽堂です。屋外にあるステージなんですよ。なので開放感はすごいです。そこではいろいろなアーティストがライブをしていますね。キャパは……3000ぐらいあるんじゃないでしょうか?」

「3000!? ユーマ、それってどのくらいだ?」

「何その聞き方。大輝、馬鹿なの? 馬鹿だけど」

「馬鹿だけど! 馬鹿だけどさ!」


 キャパにびっくりした大輝が、バッと振り向いた悠真に聞く。確かに馬鹿な俺でも、大輝の質問は俺以上に馬鹿みたいな内容だと思う。


「3000と言えば、文化祭の3倍……ぐらいか?」

「そうですね。一学年が300人ぐらいなので、文化祭はだいたい1000人ぐらいとすると約3倍です。僕も行ったことありますけど、今までと全然違いますよ!」

「お、おう……」


 目をキラキラさせて話す瑞樹に、鋼太郎は引き気味だ。

 今まで瑞樹がこんな顔を見せたことがあまりなかったからだろう。俺も久しぶりに見た気がする。


「ね、キョウちゃん! これならきっと、きっと届くよね?」


 鋼太郎を通り越して、瑞樹が俺に明るい顔を向けてくる。

 その言葉の意味を俺が組み間違えるはずがない。

 もともと俺の音楽を届けたかったあの人に、やっと届くかもしれない。親父が死んでから、まったく姿を見せないあの人に。

 俺の家の話は瑞樹に全部話してあるから、それを意味しているはずだ。


「聞いてくれれば、な。何しているかまったくわかんねぇし」


 バンフェスを気にしていたら、俺たちを見てくれるだろう。だけど、見ているかどうか、確証はない。

 見て、聞いていたとして、あの人――柊木隼人が動くだろうか。

 今まで作っていたNoKとしての曲は全く届いていなかったし、今回リアルバンドとしてステージに立ったなら届くのか。

 やってみなきゃわからないから、やるしかねえ。


「不安になっている君に朗報」

「なんだよ」

「ほら、これ」


 今度は悠真がスマートフォンを操作して何かを見せてきた。

 それを興味深そうに、大輝、瑞樹、鋼太郎も顔を寄せて見る。


「おいおい……まじかよっ」


 見せてくれたのはMapの公式ファンクラブサイト。

 画面をスクロールしていった先、『お知らせ』が並ぶボタンを押して開かれたページ。

 そこには、『バンドフェスティバル特別ゲストとして参加決定』の文字が。


「Mapってあれ? キョウちゃんパパのバンドだよね?」

「ああ……あの引きこもりバンドが出てくる! 瑞樹の師も出てくるよな!?」

「うん! きっと!」


 俺と瑞樹がはしゃぐ声を聞いていた先生の低い「え!?」という声で、はっとした。

 俺の親父について、メンバーは知っているけど先生は知らないんだった。


「野崎くんのお父さんは……」

「先生」


 先生の言いかけた言葉を遮るよう、口元で人差し指を立てれば口をつぐむ。まさか先生がいろんな人にベラベラ話すことはないと思うけど、念のために口止めしておく。


「世の中狭いものですね……憧れの人の子が教え子になるなんて……はい、みなさん。お喋りをやめてくださいね。まだ話が終わっていませんので」


 先生は仕切り直して俺たちと向き合う。

 そして今後の予定について説明し始めるのだった。

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