Song.54 欠席

「……って感じなことがあったからなのかさ、ユーマがさ、来ないんだよ」


 一日、また一日と経っても悠真は部活に来なかった。

 その理由が何かないかと、大輝に聞いた。そうしたら、「大輝のようになれない」って言ったのが最後ということらしい。


「……いやいや、それが理由になるか? 意味わかんねぇよ」

「俺もわっかんない。だって、ユーマ、音楽好きだし」

「それは知ってる」


 仮にも悠真は部長だ。無断欠席というのはいかがなものか。

 学校には来ているのか。それすらも俺は知らない。部活以外でこんなにも顔を見ないものだったのか。いくらクラスが違うからと言っても、同じ学年だし、どこかで見かけると思っていたんだけど……。


「うーん」

「うーん」


 俺と大輝で考えるも、馬鹿が増えただけで何も進まない。

 ただ唸るだけで、時間の無駄だ。


「何やっているの? キョウちゃん、大輝先輩」

「あ、みっちゃーん」


 俺たちの次に物理室に来た瑞樹は、ギターを背負いながら首を曲げる。


「何って、悠真は何してんだって話だ。なんか聞いてねえか?」

「悠真先輩? 先輩は結果出るまで部活は休むって言っていたよ」

「は?」


 待て待て。俺はそんな話、全く聞いていない。

 びっくりして、持っていたペンを落としちまったじゃねぇか。


「えっと、この前、連絡来てて……結果が出たらまた来るって」


 瑞樹がスマホのメッセージ画面を見せてくれた。

 そこには悠真からの短い文章が書かれている。理由はわからないけれど、選考結果が出るまでは休むということだけが書かれている。


「キョウちゃんはあんまりメッセージを見ないし、大輝先輩は騒がしいからって、僕と鋼太郎先輩に送っているみたいだよ」

「はあ? 意味わかんねぇ。俺だってスマホぐらい……」


 制服のポケットに手を入れて、スマホを探す。だけど、そこには入っていなかった。

 ならば反対のポケットは。バッグの中は。どこにも俺のスマホは入っていない。おかしいな、入っている気がしたんだけど。


「ん、キョウちゃん、スマホないの?」

「……なかった。家のどっかに置いてきた」

「ほらね。キョウちゃん、いつも連絡しても通じないから、ほとんど見ていないんだろうなって思っていたよ。だから、今、NoKについて騒がれているのも知らないよね」

「は?」


 瑞樹がスマホをサクサク操作して、今度はSNSの画面を表示させる。そのスマホを俺が借りて、投稿されている内容を見れば、NoKの文字が至る所に書かれている。

 大輝も画面をのぞき込むように見る。


「何、俺、死んだことになってるの?」


 投稿された内容の多くは、噂話程度の内容。

『NoK、最近新曲出してないし、死んでるんじゃ……?』

『NoKは終わったか。もう次世代来てるしな』


そんな内容が並んでいる。要は。どれもこれもNoKが色々な意味で死んだということらしい。


「しばらく新曲を出していないからね。中にはオワコンって言っている人もいるよ」

「うぜぇやつばっかだな」


 何がオワコンだ。NoKはあくまでも俺の練習として使ったツールの一つでしかない。

 今はリアルバンドをやっているわけだし、そっちを優先するだろ。


「それよりも、だ。悠真がいねぇと練習にならねぇだろ」

「そうだよね。悠真先輩はお休みだけど、鋼太郎先輩は? いつも僕より先に来ていたけど、今日はまだなの?」

「ああ、何か大口の注文が入ったから家の手伝いしなきゃらしく、今日は帰るんだと」

「なるほどー……」


 五人中二人欠席。

 個人練習するには問題ないが、曲を通して練習するのには適してない。

 かといって今後について話し合うにも向いていない。

 だったら。


「よし」

「なにがよしなの、キョウちゃん。俺にも教えてー」


 瑞樹も大輝も訳がわからないという顔をしている。


「結果が出るまであと二、三日だ。今日は息抜きがてら、悠真が何をしているか調べようってこった。どうせ、全員いなきゃ合わせて練習もできねえしな」

「おお! 楽しそう! 賛成~!」


 探偵ごっこだ。

 気になるし、俺には教えてくれないから何か腹が立つしいいだろう?

 名案だと思ったけど、賛成したのは大輝だけ。


「な、やるだろ? 瑞樹」

「ううん。僕はいいよ。今日は練習しておきたいんだ。それに、先生にも相談したいことあるから……」


 まじか。あの瑞樹が、俺の誘いに乗らないなんて。

 今まで俺が何か提案して、それに反対することはなかった。もちろん、今みたいに何かをやろうと言えば、いつもうなずいていた。今日初めて断られた気がする。


「どした? キョウちゃん。何に驚いてんの?」


 フリーズしていた俺を大輝が覗き込む。


「なんか、瑞樹が大人になった……」

「ぶっ! キョウちゃんはみっちゃんのお父さんかよ!」


 大輝につられて瑞樹も笑う。

 ずっと一緒に居るから、ちょっとの変化でさえ俺にはわかる。瑞樹の成長にはびっくりしたけど、どこか安心した。


「じゃあ、瑞樹。俺たちは悠真の弁明を聞きに行ってくるわ」

「……うん。いってらっしゃい」


 ベースを背負って、瑞樹に見送られながら大輝と一緒に物理室を離れる。

 今日は各々好きなことをする息抜きの日を過ごすことにした。



 ☆



 校舎を出てすぐのベンチに大輝と並んで座る。

 正直、悠真がどこにいるのかなんて知らない。何をしているのか知りようがない。

 放課後を迎えた今、校舎内にいるのか、それともすでに帰宅しているのか。それすらわからないから、ただベンチに座っているだけだ。


「大輝。お前の悠真センサーは反応しねぇのかよ?」

「うん、しなーい。近くにはいないなー、多分。っていうか、どこにいるかもわかんないのに探しにきたの?」

「そうだよ。知らねぇし、悠真がどこにいるのかなんて」

「キョウちゃんも馬鹿だなー」

「お前に言われたくねぇよ」


 いつでもそうだが、馬鹿二人いても何もできない。

 ちらほらと昇降口から出てくる人達を眺めながら、ただただ時間が過ぎていく。


「ねぇ見て見て。あそこ」

「うん? ああ、文化祭の!」


 短いスカートの女子が俺たちを指さして何やら言っている。

 コソコソ話しているようだが、本人たちが思っているより声が大きい。おかげで会話は丸聞こえだ。

 また馬鹿にするような話をするのだろう。馬鹿みたい、だと笑うのだろう。


「すごかったよね、文化祭。また聞けるかな?」

「ね。でも今、大会出ているらしいよ」

「ほんと? どれどれ……」


 俺たちを見る目が違う。会話の内容も今までと違う。

 俺たちを否定していたのに、がらりと変わっている。

 正直それが嬉しい。俺たちの音楽で、人を変えることができたと実感できる。


「キョウちゃん、何でニヤニヤしてるん?」

「色々あんだよ。俺にも。それより悠真を探せ」

「うーい」


 思わず顔がにやけていた。恥ずかしくなって大輝から顔を逸らす。


「あ! 見っけた! ユーマッ!」


 急に大声を出した大輝。

 その顔は昇降口……ではなく、昇降口の上。二階の一室に向けられていた。

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