Song.53 第三次選考の終わり
「えー……皆さま、お疲れ様でした。これにて、バンドフェスティバル、東京第二会場、第三次選考を終了いたします。選考結果については、後日、各学校にお伝えいたしますので、もうしばらくお待ちください」
菊井さんが再びステージに立って、アナウンスをする。
俺たちのライブは終わった。すぐには結果が出ないから、このまま帰るしかない。あっという間に終わったし、何か物足りない気がする。
ふと、横を見れば瑞樹が背伸びをしながらステージを見ていた。
「終わったね、キョウちゃん」
「そうだな」
結果が出るまでは、待ちぼうけ。
また、練習していくのは変わりないが、毎日モヤモヤした気分になるだろう。
何週間で結果がでるだろうか。
胃がキリキリし続けるのは、勘弁してほしい。そろそろ俺の胃に穴が空くんじゃないかとさえ思う。
長々と審査員のエソラゴトがコメントをしている間、俺の頭は今後の仮スケジュールでいっぱいだった。
「みなさん、お疲れ様でした。いつにもなく、素晴らしい演奏でしたね!」
ぞろぞろと会場から人がはけていく中、久しぶりに先生の声を聞いた気がする。
一応顧問っていう立場だから、ステージ直前で何か一言あると思っていた。だけど、先生は会場に着いてから一切俺たちと話をしていなかった。ただただ、授業参観に来た保護者みたいに、フロアの後ろの方でにこやかな顔を作っていただけだ。
自主性に任せるといえばその通りなんだろうけど、顧問って何だろうと思うときはよくある。
「久しぶりのライブハウス、やっぱりいいですねぇ。先生も、若い頃を思い出してこう……込み上げてくるものがありました」
じん、と拳を作って過去を懐かしむ先生。悪いけど、そういう話は俺にとってはものすごくどうでもいい。
その気持ちが俺の態度に出ていたらしい。後ろから鋼太郎に軽くつつかれて、しぶしぶ先生の方を向きなおして、背筋を伸ばす。
「せんせー、お腹減ったから帰ろー?」
「おっと、そうですね。電車の時間もありますし、早めにここを出ましょうか。一週間もすれば選考結果が届くそうなので、それまではみなさん、練習するなり、勉強するなりして過ごしましょうね」
「はーい」
長くなりそうな先生の話は、緩い大輝の声であっさりと話は切り上げられて終わった。
それぞれ楽器を持って、会場を後にする。
初めての東京。初めてのライブハウス。しっかりとその場を目に焼き付けた。またここに来ることはあるだろうか。その時はどんな形になっているだろうか。
「ほら。帰るよ。君、方向音痴っぽいし、置いて行かれても知らないよ」
「馬鹿にすんなし。これでも東京に来た事あっから」
「そりゃ、僕だってあるし」
反省会は後。先生引率の元、帰路に就く。
一旦きりがよくなったからか、疲れがたまっていたからか。俺たちは返りの電車で泥のように眠った。
☆
「……くん」
「ん……」
授業も休み時間も睡眠時間として費やしていたら、ふと自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
東京に行くのだけでも疲れたし、ライブで疲れた。たった数時間寝ただけじゃあ、体力は回復しない。
もっと寝ていたい。
だけど、何か用があって俺を呼んだのだろう。半目のまま、のっそりと体を起こす。
「あ……寝ているところ、ごめんね」
「んん……別に……」
席の横にいたのは、見覚えのある女子だった。
さて、どこで見ていただろうか。悠真のファンか何かか。
「その……これ。きっと野崎くんたちなら、もっと上に行くんだろうなって思ったけど、まずはお疲れ様ってことで……」
小さな紙袋を差し出される。
じっとそれを見ていると、女子が申し訳なさそうに眉を下げる。
「悪い。こいつ、寝起きで頭が働いてねぇだけだから」
「そ、そ、そうだよね、急に起こしちゃったから。ごめんねっ」
鋼太郎がのそのそやってきた。でかい背で俺と女子を上から見下ろす。その目が怖いからか、女子がビクビクしているぞ。
あれ? 何だか前にも似たようなことがあったような……。
「あ、武市さん」
「うん、そうだよ?」
やっと名前が出てきた。そうだ、この人はファン第一号の武市さんだ。
文化祭のときもお菓子くれた人だ。
「お前……今思い出したのかよ。相変わらずだな」
「こっちは睡眠不足なんだよ。しゃあねぇだろ」
「あー、まあ、わかるけどさ」
ふわあぁと、大きなあくびをすれば、武市さんは苦笑いを浮かべる。
「きっと野崎くんたちなら、最終に行くだろうと思って。私、最終会場のチケットを買ったんだ。文化祭の時もすごかったけど、屋外で……あの広いステージに立ったらまた違うライブがあるんじゃないかって思って。応援、してるね!」
紙袋を机の上に置いて、武市さんは自分のクラスへと戻っていく。
「あ……お礼言ってない」
「バンド以外でのお前は、本当に駄目人間って感じだな」
「うるせェ」
わかってるってば。バンドができれば他のことはなんでもいい。そう思って過ごしていたし、家事も何もできない人になっていることは自覚している。
でもまあ……今度、武市さんに会った時はお礼を言っておくべきだな。
「あ、購買で売ってるグミ入ってる。喰お。腹減った」
「ああ、おい! 先にお礼言って来いって!」
「いただきまーす」
まだ午後の授業が一つ、残っている。それが終われば部活が始まるわけだが、それまで空腹のまま待ってなんかいられない。
さっそくもらったお菓子の中からグミを取り出して食べる。鋼太郎が俺をゆすってあれこれ言っているが、そのまま食べ続けた。
この時の俺は、選考結果が出るまでモヤモヤしていただけだった。それ以外に何か問題が起きるとは、これっぽっちも思っていなかった。
☆
「なあ、スガ。戻ってこいよ、な?」
ホームルームが終わったとき、エナメルバッグを肩にかけた男子生徒が大輝の元へまっすぐ向かっていき、声をかける。
「また一緒にサッカーやろうぜ? 今度、練習試合があってさー、フルメンバーで調節しながらやっていくらしいし、スガも間違いなく出られるぜ?」
「えー、今、俺が入っているのは軽音楽部だし? サッカー部じゃねえもん」
大輝は笑いながら、拒否を示す。
「そんなこと言い合いっこなしだろー? 最近、まとまりが悪くてさ……スガがいればもっとまとまるし、勝てると思うんだよ。だからさ、また一緒にやろうぜ? な?」
肩を組んで、サッカー部へ勧誘を繰り返す男子。だが、大輝はその手をそっとつかんで離す。
「俺はさ、やっぱり唄うんだ。パス練ぐらいなら付き合うけど、試合は無理。俺は今、軽音楽部だし。俺の居場所は、あっちだからさ! じゃあな!」
「あ、ちょっと……」
手を振り去っていく大輝の背中を、男子は戸惑いを隠せないまま見送るしかなかった。
「いいの? サッカー、やらなくて」
「あ、ユーマ! おつー! 俺はさ、言われたんだよ、俺の声は、人の背中を押してくれるって。だから、それを活かせるのはボーカルだろ? キョウちゃんたちが俺を必要としてくれるんだもん。ついて行くよ、俺は」
「……そう」
廊下を出てすぐに悠真と会った大輝は、暗い顔をすることなく話す。その言葉で悠真は少しだけ、安堵したように顔を緩めた。
だが。
「僕は、そう……大輝みたいになれない」
「ユーマ? え、ちょっ……そっちは物理室じゃねぇぞ。ユーマ!」
悠真は物理室の方向とは違う方へと歩いて行ってしまう。大輝が止めにかかるも、足を止めず去っていく。
残った大輝はきょとんと首を傾げていた。
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