Song.39 第二の嵐
「ほんと、お前ら最ッ高だぜ!」
わあっと館内が興奮と熱気に包まれたまま、今度こそライブは終わりを迎えた。
みんながみんな男女が入り混じって叫び続け、汗をにじませていた。終盤になってもなおずっと盛り上がっていたのは俺たちの曲のおかげじゃない。明らかにあのクソゲストのおかげだ。
プロはプロ。経験も技術も全然違う。
バンドを初めてたかが数か月。楽器初心者もいる俺たちはまだまだ技術不足。それを嫌でも思い知らされた。
「――以上で二校の合同ライブを終了いたします。最後に盛大な拍手をお送りください」
先生のアナウンス後、惜しみない拍手が響き渡る。
それが俺らに向けられたものでもあり、ちょこれいとに向けられたものでもあり、最後の最後に参加したゲストに向けられたものでもある。
主に最後の奴へ向けたものなんじゃないかと思えてしまうあたり、俺はひねくれているようだ。
そのあとはざわつきながらも、先生やアズミさんたちに促されてどんどん人が館外へと出て行く。
よかった、楽しかった、かっこよかった。
そんな言葉を俺たちへ向けて言ってくれる人がいた。
楽しかったはずなのに、俺に残ったのは後悔ばかりだ。
ミスを取り返せなかったこと。ライブをあの男に持っていかれたことがどうしてもひっかかって、感想を言ってくれた人へ言葉も何も返せなかった。代わりに大輝が肩が外れるんじゃないかってぐらい、ぶんぶん手を振ってくれていたけど。
「ふう。久しぶりだな、坊ちゃんよぅ。ケータの葬式以来じゃねえか?」
「あん?」
「おお、こっわ。そうそう睨むなってーの」
すっかり関係者しかいなくなった体育館。嫌な男が軽い口調で言いながら近寄ってきた。
今回の特別ゲスト枠で参加した男、
昔から親父の子供だからって『坊ちゃん』呼びされているのにも腹が立つし、今まで何もしてないことにも腹が立つ。
見ているだけでもいらいらさせてくる男が口を開けば、さらに苛立つ。
その苛立ちが俺の顔に、行動にもでているだろう。
「こっわい顔するなってーの。いやぁーアズミちゃんから、ケータんちの坊ちゃんがライブやるって聞いてさぁ。お兄さん、仕事ボイコットしてきちゃったぞ」
「は? あんた馬鹿じゃねえの? 色々と」
お兄さんという年じゃない。だって親父と同い年なわけだし。最早、おっさんだ。
仕事をボイコットしてくるという点でも、馬鹿すぎる。ん、待てよ。Mapは活動休止しているのに仕事なんてあるのか?
「あ、その顔。何か考え始めたときのケータと全く同じ顔してんじゃん。眉間にしわ作ってさ。さすが親子」
「うるせえ。こっち来んじゃねえ」
「へっ、その言い方もそっくりだよな。それにベースの弾き方も……」
園島の視線が俺のベースへ落とされる。
その目から逃げるように体をひねってベースを隠しても、俺の正面へ回り込んできてはジロジロ見てくる。
「てっきり使うならケータのベースかと思ったけどな」
「うるせえんだよ。早く帰れよ、仕事しろよ」
園島は意外そうな顔をしてくる。正直俺はこいつが苦手だ。Mapは好きでも、各々のメンバーの個性についていけない。こいつは特にクセが強い。話も全然聞いてくれないし、行動が強引すぎる。
小さいときに子守りと言いながら、散々振り回されて、行きたくもない公園に連れられて走らされたり、やりたくないのに写真館でスーツを着せられて記念写真を撮ったこともある。
だから、苦手。いや、嫌いだ。
「にしても、坊ちゃん。結構うまく弾けるもんだな。ケータには負けるけど、その歳でそれだけ弾ければうめえもんだわ。最初から全部聞いてたけど、曲作りもライブの流れもなかなかうまかったぜ」
褒め言葉を素直に受け取ったせいで、一瞬だけどきっとした。
褒められれば素直に嬉しい。今までMapに憧れてきたのだから、そのメンバーに言われると認められたような気がして顔が、胸が熱くなる。
園島はすぐに俺から目を離し、視線を送っていたのは瑞樹だった。
園島と目が合った瑞樹は丁寧にお辞儀をする。そう言えば、瑞樹はグルになってやってたんだなって現実に戻される。
「あっちのおチビちゃんも、昔よりずっとうまくなっているみたいだし。俺の急な提案にも柔軟に受け止めてやってくれたし。んで、他の三人が学校で見つけたメンバーか……」
大輝、鋼太郎、悠真と次々に三人の顔を見ていき、ふーんと納得したような声を出す。
扉の前でアズミさんと何やら話して笑っている大輝。
ドラムを見ながら難しい顔をする鋼太郎。
キーボード横に座り、顔を覆っている悠真。
各々ライブで得たもの、失ったものが多いのだろう。今の心境が行動に現れている。
「懐かしいんだよな、こういうの。人の演奏見てダメージ受けて。くぅーっ! 俺たちが初めてやったライブを思い出すぜ……」
そう言って園島はうずうずした顔をしたかと思うと、それぞれへ話をするため行ってしまった。
大輝ほどの嵐ではないけれど、苦手な人が離れたおかげでやっと息をつける。床に座り込んで、顔を両手で覆ってため息をついた。
「――クソが……浮かれてんじゃねえよ。まだまだなんだよ、俺は」
ミスをカバーできずにパニックになって、プロとの違いを見せつけられて、苦手なやつに絡まれて。体力的にも精神的にもボロボロだ。
こんなんじゃ、バンフェスで優勝なんてできないだろう。積み重ねの練習。もしものときのリカバリー。鍛えるべき体力と精神力。足りないものは山ほどある。
「――で……だからな」
離れているからよく聞こえないけど、園島が悠真の肩を叩いて何かを言っている。Mapのファンである悠真は、憧れが目の前にいるからか動きが止まっている。
さっきのライブ中で負ったダメージをさらにえぐられていなければいいが。
怒っているようにも見える、現実に不満そうな顔ばかりの悠真。でも、園島に何か言われた後に笑顔が見えた。
俺が悠真にそんな顔をもたらすことはできない。
出会って間もないのに、俺にできないことをやる園島を見ると自分自身に嫌気がさす。
「はぁ……」
考えすぎて頭が痛くなってきた。
ベースを置き、悠真みたいに座って膝を抱える。その体勢のまま、拍動と一緒にくる痛みに耐え続けた。
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