Song.30 教え方
文化祭を終えてすぐだから、曲の仕上がりはそれ以上でも以下でもない。
狭い物理室ということで、文化祭のときより激しく動けない。次にステージで弾けるのはいつだろうか。
ガールズバンドの「ちょこれいと」と違って、ボリュームを大きく、力強い音を轟かせる。そのせいもあって、窓がガタガタと震えた。
「羽宮の軽音やば。レベチ過ぎて、うちらもはや草じゃん」
一曲終われば、乾いた拍手が鳴る。そんな中一人がそうつぶやいた。
クラスの女子もそうだが、今の女子高校生は言葉のチョイスに難ありだ。どうしても意味を理解するまで時間がかかる。これならまだ、年寄りの方言や訛った言葉を理解するほうが早い。
「これで結成して間もないとか、ちょっと疑うわ……あなた、どんな指導してきたの?」
「何も。彼らの自主性に任せてるからね。しいて言えば、ステージでの演奏を考えて練習するようには言ったかな」
「ステージ……それでこんなになるなんて。うちも見習ってほしいなあ」
先生の奥さんも感嘆の声を出す。
そりゃ普段、あの下手くそな演奏しか聞いていないのなら、驚くのも無理はない。
「うぇーい! キョウちゃん、今の上出来っしょ!?」
「あー……75点ってところだな」
「なんで!? 俺、めっちゃ声出てたのに!?」
「うるせえ。マイク使わなくても聞こえてんだよ! こんな狭い場所で満点なんかならねえよ! わかったか!?」
大輝はふてくされる。マイクを使ったまま、ぶーぶー文句を言うけどスルー。
一度ステージに立つと、あの快感を忘れられない。また広い場所で暴れてやりたい。
練習場所は狭くてもいい。だけど、たった数人でも、人前で演奏するなら大きいところがいい。
そう思っているのは俺だけじゃないだろう。
「君たち二人ともうるさい。黙って」
「「はい」」
騒いでいたから、悠真に怒られた。
俺の前にあるマイクで、声を拾われてたから余計にうるさかったらしい。
数歩下がり、小さく弦をはじいて俺もふてくされた。
そんなやり取りを見て、肩を震わせて笑いをこらえる瑞樹がいた。
「お兄ちゃん……かっこいい! 今までの不良ごっこは卒業したの?」
鋼太郎の妹が目を輝かせている。鋼太郎はそれから逃げるように、顔をそらす。
「鋼太郎、お前……不良ごっこやってたのか?」
「やってねえよ」
妹の言葉は無視しているが、俺の質問には返してくれた。
「みなさん、お疲れ様です。素晴らしい演奏、ありがとうございました。本当に、たすかり……」
「そうよ!」
先生がパチパチと手を叩きながら、言おうとした言葉を奥さんが遮った。
いいことを思いついたというような顔で、全員の視線を集める。
「対バンやりましょう!」
突拍子もない提案に、誰も声が出なかった。
「ゆきちゃん先生、対バンって何? バトル?」
女子の一人が提案者へ聞く。
「対バンは、一緒にライブするってことよ。
「ちょっと待って。急にそんなの言われても、彼らだって練習しなきゃだし、そんな時間が……」
「何よ。ねちねちした男ね。男ならどーんと構えて引き受けなさい!」
「ええ……」
奥さんの方がかなり強い立場にあるようだ。
先生は困った顔をして俺たちに目を向ける。
一応部長は俺ではなく、悠真だ。どうするんだという目で悠真を見れば、すぐに応えてくれた。
「いいんじゃない。やれば? 僕は舞台慣れも必要なんじゃないかとは思うけど」
「ってうちの部長が言ってるんで、対バンやりまーす」
先生へそういうと、ホッと胸をなでおろして先生は安堵した顔を見せる。
「こんなレベチと一緒にやるとか無理すぎて吐く」
「そーだよ、先生。私達、エンジョイ勢はたまーに弾くぐらいでいいじゃーん」
爪から頭までゆるゆるな女子は、意欲がまったくない。そんなものがあったら、もっといい演奏しているに違いない。
「甘ったれてるんじゃないわよ。このままだと軽音楽部廃部の危機なの。校長から言われてるんだから。練習もしない部活に充てるお金も場所もないって。そうしたらあなたたち、行く場所なくなって、ボランティア部送りよ」
「まじ? やば。それだけは無理」
奥さんの脅しで、さっと顔が青くなった女子たち。
ここまで人を恐怖に落とす謎のボランティア部とはなんだろうか。
「でしょう? 場所とか時間は先生たちで決めるわ。ライブハウスを借りれるほどお金はないから、どっちかの学校でやることになると思うけどね」
「ミニライブって形なら、1曲だけじゃ足らないですよね……みなさん、何曲も練習、お願いします……先生も何とか、何とか調整するので」
意気揚々と話す奥さんに対し、ペコペコと頭を下げる先生。
曲のレパートリーが少ない俺たちにも、下手くそなちょこれいとにとっても、急に決まったライブに向けた過酷な練習が始まった。
基礎の基礎からちょこれいとに教えてほしいと言われ、マンツーマンレッスンを始める。
ベースの俺は、あの音の小さいベースの人の隣で教えなければならない。だけど、何を教えるのかさっぱりだ。
「え、えっと高宮です。よろしくお願いします……キョウ、さん?」
「ちげえ。野崎恭弥だ。とりあえず、なんか弾け」
「は、はい」
高宮はおどおどした様子でベースを鳴らす。しかし、アンプの傍にいるからこそ聞こえるほどの大きさ。体を震わせるような低音じゃなく、ふわふわと不安定な音。
これでは全員で合わせたときにかき消され、一体感もなくなる。
「そんなんじゃだめだ。もっと音をでかくしろ。んで、こうグッとして、ガンッ! って」
「こう、ですか?」
「ちげえ。もっとガッて弾くんだよ」
隣で同じように弦を抑え、アンプにつながないまま弦をはじく。口で言ってもわからないなら、見本を見せるしかない。それでも、理解をしてもらえない。
これ以上俺もどうしたらいいかわからない。高宮もどうしたらいいかわからない。
次第に高宮がグスグスと泣き始めてしまった。
「うっ、す、すみません……」
「おま、泣くんじゃねえ!」
「あー! キョウちゃんが泣かせたー!」
「俺は何もしてねえ!」
何も悪いことはしていない。なのに泣かれてしまい、それを大輝に目撃された。マイクを使っていなくても通る大輝の声のせいで、全員の視線が俺に向けられる。
「君のその説明で、何も伝わるわけないでしょ。馬鹿なの? 馬鹿だけど」
「俺はこういう風に教えられてきたんだよ。そうだよな、瑞樹! 瑞樹もこういう教え方でできるようになったんだよな?」
親父にベースを教えてもらうときは、いつもこんな風に教えられた。だから他の教え方を知らない。
瑞樹に最初にギターを教えたのは俺だ。この教え方でも、瑞樹はギターを弾けるようになった。だからこの教え方が正しいと思っている。
「僕はキョウちゃんに教えてもらったあと、自分で調べて練習したよ」
瑞樹もギターを丁寧に教えている。俺にそれだけ言うと、また教えることに専念した。
「悠真っ! ヘルプ!」
「はあ? やだよ。なんで僕が……」
教える相手がいない悠真は、クラシックの曲をBGMのように弾いていた。聞いたことのあるような落ち着いた曲。クラシックはほとんど聞かないから、曲名もわからないが、綺麗な曲だと思った。
そんな落ち着いている悠真に助けを求めたが、すぱっと断られる。だが、他に協力を求められる相手がいないのだ。
「頼む! 今度、なんかおごるから」
「……ハーゴンダッツのアイスで」
「わかった、わかったから」
「ふん」
俺の言語を通訳する悠真が入ったことで、高宮は何とか泣き止んで練習を再開した。
悠真への貢ぎ物として元からスカスカの俺の財布が、さらに軽くなったのは言うまでもない。
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