Song.28 ガールズバンド
「てめえ! こっちに来んじゃねえ!」
知らない女子が駆け寄った先にいる鋼太郎は、立ち上がり、逃げようと試みた。
しかし、軽々と机を飛び越える女子により、後ろからとびかかられ、そのまま鋼太郎は床に倒れこむ。
どっかで見たことのあるような光景。
大輝と似たような行動だ。
そんなことを考えながら呆然と見ていた俺に、瑞樹がどうにかしてと言わんばかりの目を向けては、俺の袖をつかんでいる。
「えー、なんで? いつもこんな感じで手伝ってるじゃん。はい、腕立て百回!」
鋼太郎の上に座った女子は、どかそうとする鋼太郎の手をかわしてそこに居続ける。
いつもとは何だろうか。普段からこんなことをしているのだろうか。
鋼太郎が助けを求めて俺を見た。
「もしかして、もしかしたら、コウちゃんの彼女?」
ワクワクした顔で聞く大輝。
鋼太郎が気にかけている人はこいつじゃないはず。俺はてっきり、アズミさんの店近くで会った上井だと思っていた。
上井のことが好きだとしたら、このやたら距離が近い女子は誰なのか余計にわからない。
そんな俺の疑問を解消したのは、鋼太郎本人だった。
「彼女じゃねえ! こいつは……」
体を回転させて、女子から逃げ出して叫ぶ。
「俺の妹だ!」
――……
「……と、いうわけで。今日は
席に座らされ、黒板の前に先生と来訪者が立つ。
先生の隣には、強気な雰囲気がある見慣れない女の先生。そして、さらにその横に女子四人が並んで立つ。
紺のブレザーに赤いチェックのリボン。それと同じ色のスカート。
そんな制服の人を駅の近くでたまに見かけたこともあったが、女子高だったのは初めて知った。
四人の内訳は、鋼太郎に駆け寄った騒がしい人と、緩くウェーブがかった長い髪の人、まっすぐな長い髪を低い位置で二つに縛った人、そして肩につかないふわっとした髪の人。
鋼太郎の妹らしき人以外は、おのおのの荷物に楽器が含まれているようだ。
黒い大きなケースは、サイズ的にギターとベースだとわかる。あとはスティックケースがリュックから少しはみ出ている。
ひとまず必要なものは持ってきているようだ。
でも、一緒に練習なんてやれないだろ。そんな風に思いながら頬杖をついてぼーっと先生の話を聞く。
「突然ごめんなさいね。うちはみんな練習しないから、少しでも意識を変えてもらいたくてお願いしました。ああ、私は
立花という苗字でピンと来た。
俺たちの顧問を引き受けてくれた先生と同じ苗字。
俺の中で、なんで急に他校の人が来たのかという謎が解けた。
わざわざ「お願い」という言葉を強調したとき、先生の顔が引きつった。お願いというよりも、無理やり押しかけられたのだろう。
「立花ってことは、せんせーの奥さんですかー?」
「そうです。家で奥さんに部活のことを話したら、ぜひ一緒に練習させてくれと言われまして」
大輝の質問にすんなり答えた先生は、苦笑いをしていた。
その表情とは反対に、女子たちは満面の笑みを浮かべている。
女子全般が苦手な悠真の顔が、ものすごく曇っているのを確認した。
「じゃあ、自己紹介していきましょうか」
「はーい。ボーカルの
鋼太郎にとびかかった女子は、鋼太郎を指し示しながらハキハキと名乗った。
妹という割には、見た目も性格も鋼太郎と正反対。初見では近づくのをためらうほど、つり目で怖い鋼太郎と本当に血がつながっているのかと疑うくらいに雰囲気がまるきり違う。
ぱっちりとした丸い目に、大輝並みの大胆な行動。鋼太郎と同じところは髪色ぐらいだろう。
鋼太郎は寡黙な父親似で、妹はおしゃべりな母親似ということか。
「ギターの
少しつり目な短い髪の人がギター……なのに、ちらっと見えた指の爪が長い。あれでギターを弾けるとは到底思えない。
「た、
恥ずかしいのか、小さい声の自己紹介を何とか聞き取った。
どんどんうつむいてしまい、くせのある髪が顔にかかったから、表情はよく見えない。
ベースと言う割には、隣にあるケースが小さいように見える。
「ドラム担当、
一番小さい二つ縛りが自己紹介を終えた。
このメンバーの中では一番まともに見える。他がそれぞれ個性的なせいもあるだろうが。
正直、急につらつらと名前を言われても覚えられない。
女子だけとなると、なおさら覚えられない。
「では、男子の方も自己紹介を……」
先生がそう言った途端、大輝が全てをまとめて終わらせるような短い自己紹介をする。
「俺が菅原大輝! 歌ってんの。んで、ベースのキョウちゃんと、ギターのみっちゃん、ドラムのコウちゃんに、キーボードのユーマ! よろしくな!」
「ちゃんづけすんじゃねえ!」
一人ひとり指をさして言いきった。
もう大輝が俺たちのことを「ちゃん」づけで呼ぶのは直らないだろうと諦めもあるが、やっぱり気にくわない。
大輝の頬をまたつねり、黙れせれば瑞樹が「まあまあ」と間に入る。
あきれが顔に出ている鋼太郎の隣には、悠真が我関せずというような顔をしていた。
そんな様子を見て、女子たちが笑い、先生は少し頭を抱えていた。
「ま、まあ……時間も限られているので、準備ができたら始めましょうか。レディーファーストでどうぞ」
「あら、優しいのね。お言葉に甘えてやらせてもらいますけど」
先生たちの有無を言わせない話の結果、簡単なライブが始まった。
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