Song.45 リハ前のあの人

「いや。そんな、わけ……ねえだろ? あいつらは何も動いてねぇよ」


 今までずっとだんまりだったバンドが、たかが高校生の大会になんて関わっているはずがない。

 だって、憧れのMapはいつだって派手に輝いていたのだから。黙って行動できるはずがない。

 少なくともサプライズが好きな親父が率いていたころはなかった。親父がいなくなってもなお、それは続いているはずだ。それに、あの引きこもりになったボーカルがひょっこり顔を出したら、俺の今までの行動はなんだったんだって思う。


「……まぁ、最終に残れば全部わかるよ。残れるのなら、だけど」

「はっ、馬鹿言うんじゃねぇ。残るに決まってんだろ。俺らがココで落ちるわけねぇよ」


 湧いて出る自信の源は、確かな練習量と信頼のおける仲間。

 そんな仲間たちと、なじみのあるベースを早く弾きたくて、体がうずうずする。


「今回はその根拠のない自信を頼りにしてるよ。それより僕たちも準備しないと、すぐにリハになるよ」

「わかーってる」


 ステージ上にはリハーサルのトップバッターがセッティングを始めている。

 ステージ上に立つ女子四人組のバンド。ピックで弦を弾き、高いギター音を響かせた。すると、会場内で各々準備をしていた学生の視線が皆、ステージへ向けられる。


 ピンク色のストラトキャスタータイプのギター。練習量を表すかのように、至る所にキズがあるのが見える。


 ベースの安定した音も悪くない。

 悪くないけど、物足りなさというか遠慮しているようにも聞こえる。

 ギターに比べれば目立たない。だから控えめに弾くのだ、そんな固い意思があるように感じた。


「他のバンドの皆さんは、ホール外へ移動をお願いします」


 一人のスタッフがそう言うと、そそくさと皆が移動し始める。

 荷物を持って出ようとしたとき、名前も知らないガールズバンドの甲高い声が鼓膜を突き破りそうで、不快感があった。

 この音から逃げたくて、そそくさと離れる。


 文化祭以来、久しぶりのライブ。

 あの時の高揚感をもう一度味わいたい。

 そう思いながら、ロビーで順番を待った。




「次……Walkerの皆さん、準備をお願いします」


 スタッフに声をかけられ、馴染んだベースを肩にかけて、ホールに戻り、ステージに上がる。

 その時、直前にリハをしたバンドとすれ違った。


「……あいつらが俺らの後かよ」


 リハーサルと本番の演奏順は逆。つまり、リハーサルで直前に演奏していたバンドが、本番ではあとに演奏することになる。

 ステージから降りてきたのは、会場に着いてすぐに俺らのことを「田舎民」と馬鹿にしたあの男だった。

 ギターを持ったそいつは、何も言わずに横を通り過ぎていく。

 そいつをじろっと見ているのを、男の後に続いて出てきたベースを持った男に見つかってしまった。


「なんや、えらい見つめてんな。もしかして、うちのリーダーがなんか言うてはったん? ほんま、なおは口が悪いからなあ。ごめんな」


 ベースを持ち、明るい髪に細い目をした男が流暢な関西弁で謝ってきた。

 本当に悪いと思っていたら、頭を下げるだろう。だけど、この人の様子からはそんな風には全く持って見えない。

 両手を合わせて謝る……のではなく、片手だけで謝るのだからそう思ってしまうのは仕方ないだろう。


「はあ。そうすか」


 確かにあの男は気にくわない。それに、うさんくさいこの関西人に謝られたところで、何も変わりやしない。だから、適当にあしらおうとした。


「キョウちゃん。その反応はどうかと思うよ」


 俺の後ろから瑞樹が言う。

 だったらどうしろっていうんだ、と不満があったから今度は瑞樹をじっと見る。


祐輔ゆうすけ、後ろがつかえてるよ! なおもこっちをにらんでるし、早く進んで!」


 関西人の背に隠れて見えなかったが、もう一人いた。

 ドラムスティックを持って、関西人の背中を押して進む、小柄なドラマーだった。

 センター分けになった前髪から見える目は大きく、小さい体格からか、どことなく瑞樹に近い雰囲気を感じる。

 瑞樹も自分に似ていると思ったのか、すれ違いざまに何度もペコペコと頭を下げていた。


「おい、つばさ! そいつらを相手にすんじゃねえよ。田舎臭さが移るぞ」

「ああ?」


 少し離れたところからあの男が言った。

 その言葉に腹が立って、振り返ってじろっと男をにらみつける。


「キョウちゃん! 人を睨まない!」

「うぐっ……」


 瑞樹に怒られ、体ごと無理やり前を向かされた。


「尚! 口が悪いよ! そんなんだから友達できないんだからね!」

「うるさい、翼。祐輔も笑うな」


 尚と呼ばれる口の悪いギターの男に、翼と呼ばれた小柄のドラマー。そして顔を背けて肩を震わせながら笑うベースの男、祐輔。

 翼によって無理やり歩かされて、三人がその場から離れていく。

 その最後尾にもう一人。見知った顔があった。


「やぁ」

「あ? なんで……」


 ニコニコした顔で軽く手を振ってきたのは、ついこの間会った男――奏真だ。

 なんでここにいるのかわからない。いや、今ここにいるというのならば、さっきのバンドメンバーということか?


「びっくりさせたくてさ。可愛い弟にすぐばれちゃったけど、なかなか面白い反応が見られて満足だよ。じゃあね、リハ、頑張って」


 そう言って去っていく悠真の兄貴、奏真。その手にはギターでも、ベースでもなく、ヴァイオリンが握られていた。


「悠真! なんでお前んとこの兄貴がいるんだ?」

「はぁ? そんなの僕が聞きたいよ。ほんっと腹が立つ」


 悠真も知らなかったらしい。だったら、俺も知る訳がないか。


「ソーマ兄ちゃんも出るんだなー。世間って随分狭いのな。それとぷんすかしてた尚って言う人、なんか……すっげーキョウちゃんに似てたよなー」

「は? 似てねえよ。俺はあんなクソ人間じゃねえ。俺の方がまともだ」


 黙ってやりとりと聞いていた大輝が、見えなくなった四人が歩いて行った先を見ながらつぶやいた言葉。断固として俺はあんな男と似てない。

 少なくとも俺は初対面の人間に「田舎民」なんて言わない。


「えー? そういうところも激似じゃん。ねえ、コウちゃんはどう思う? 似てたよな?」

「生き別れの兄弟かと思った」

「は? ふざけんじゃねえ。あんなやつと同じにされたくねえんだよ」


 苛立ちを含んだ声で言い返す。

 絶対に似ていない。そう言っているのに、大輝も鋼太郎も似ていると言ってくる。


「同族嫌悪なんじゃないの? みっともない」

「その言葉、お前にそっくり返すからな」

「血縁でも僕は同族じゃないし。それに――」


 あざ笑うかのように言う悠真が怒った。あーだこーだ言い続けて、俺が反論する。悠真の言う通り、もしかしたら同族嫌悪かもしれないし、そうじゃないかもしれない。なんにせよ、嫌いなのは確かだ。


「……お二方! なんでもいいですから、早く進む! リハーサル遅れちゃいます!」


 瑞樹にぐいぐい押されて歩かされる。

 不満を持ったまま、俺たちはリハーサルを行うことになった。




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