第一章(ここから本編?分量増量します)

5.―5歳―魔法判定


「う……うぅっ……うぅぅっ……」



 魔法属性検定を明日に控えた夜、アデレードは、夢にうなされていた。

 幾つかの前世の悲しい記憶を夢で見ているからだ。


 アデレードの『前世』など、殆どが良いこと無しの辛く苦しいものか、悲しいものばかりだった。


 果たして、今回前世の記憶を持たずにいた小さなアディーの見た『前世』とは、如何様な物だったのか…………。





 ***




 小さな農村で産まれた私は、その日十歳を迎えた。


 ―――魔法検定。


 この地では、貴族は学院入学年齢になる八歳で、それ以外の平民は十歳になると一律で受けることとなる。


 貴族が優遇され判定を早く行うのは、彼等が支配階級に有り、その才能の有無や適正でもって早い段階から己の将来の方針を定める必要が有るからだ。

 平民は、余程早い段階から魔力の芽が確認されでもしない限り、一律十歳での検定となる。


 そして私も今日がその検定の日だった。



 魔法検定は、村の教会で行われる。

 魔法管理協会から持ち込まれた『判定水晶』

 に手を翳すと、その者の持つ属性が色として浮かび上がり、力の強さによって放たれる光の強さが変わるのだとか。


 光なら金(黄)、闇なら黒(紫)、聖なら白(白銀)、火なら赤、水なら青、風なら緑、土なら茶だ。


 光や聖ならば周囲からとても喜ばれ、親兄弟に至るまで尊崇や敬愛の目で見られることとなる。


 けれどもこの時代、『闇』だけは他のどの種の魔法とも人々から向けられる目は違っていたのだ…………。



「はい、次は君の番だね。心を落ち着けて、この水晶に手を翳してね」

 穏やかな語り口で次の動作を促すその人は、焦げ茶の髪と口髭を蓄えた面長で青い法衣を着た人だった。


 私は言われるまま水晶に手を翳す。

 すると水晶に浮き出た色は、真っ黒だった。


 一メートルとまでは行かない物のそれぐらいの大きさを誇る透明の水晶が、サアーッと黒く染まっていく。


「やっ……闇だ!魔族だ!!魔族が現れたぞ!!」


 その言葉に直ぐ様槍や太い棒を持った大人達が駆けつけ私を取り囲んだ。


 バキィィッ!!

 バイシィィッ!!


「う゛あ゛っ!!がっはぁっ………!!」


 太い棒で、背中を殴られ、倒れたところを後ろ手に縄で縛られ拘束される。


「魔族め!いつの間にこの村に侵入したんだ!!娘の体を乗っ取ったのだな!?」


 ガスッ!ガスッ!ガスッ!


 弁解も、釈明の余地も無く拳で容赦なく殴り付けられるのだ。



 そうこの時代、『闇』属性だけは忌み嫌われる所か、『闇』属性の保持=魔族その物と言う図式が成り立っていた時代だった。


 散々殴られ、山奥へと放置され獣に喰われるか、或いはそのまま槍で突き刺され死に至らしめられるか、そう言うことも何度かあった。


 そう言うときは、大抵産まれて十年行くか行かないかでの死になるけれど………。





 ***





 また違う夢。

 時代が変わったのだろう。

 建物の様式や人々の纏う服装に多少の変化が生じた様だった。

 建物は、以前の夢の世界よりももう少し頑丈な造りで意匠性も少し繊細なようだった。


 やはり、神殿での魔力検定となる。

 今回は下級ながら貴族出児の様で、フワフワと揺れる薄い生地に愛らしいデコパージュを付けた可愛い服を着ていた。


 ここでは、神官が子細を仕切るようでやはりと言うか判定用の水晶に手を翳す様に促される。


 此方の水晶は丸く、白銀の敷布に載せられていた。

 言われるがまま、水晶に手を翳すと丸い水晶の中心が不気味に黒いモヤの様な物がもぞもぞと動いていた。


「闇……闇か………」


 神官は呻く。


 周りからはヒソヒソととした小さな囁きか幾つも溢れ出していた。


『闇だとよ……。気持ち悪いな……』

『薄汚い、闇の魔法使いか………』

『何で、闇なんかが……』


 そう言う言葉が小波のように耳に入り、幼い心を軋ませていく。




 ――止めて!?どうして?闇じゃいけないの!?



 ――どうして、私の魔法は闇だったの!?




 その当時は、『闇』=『魔族』と言う図式から脱却はし始めたものの、その異質さ故、忌み嫌われ蔑まれる属性には変わり無かった。


 当然、家族からの風当たりも強くなる。

 優しかった人々、愛してくれていると信じた人々の変遷は、幼い心に細かな刃として傷を負わせていく。


『どうして家に闇の使い手が産まれたの!?』

『なぜお前は、闇使いなのだ!!そんな子供、家には不要だ!!』

『そんな気味の悪い使い手、生きる価値もない!!』


 投げ掛けられる言葉、そして部屋も個室から屋根裏か地下室に変わるのだ。

 満足に食事も与えられなくなり、体は痩せ細って最後は衰弱死か餓死するようになる。


 この時は、十三歳まで生きられたんだっけ?



 どちらの時代も短い人生、辛く苦しく悲しい人生………………。




 ***





 翌日、魔法属性検定の日。


 幼いアディーが夢と言う名の『前世』の追体験を果たし、精神を疲弊させていたが無情にも朝がやって来た。


 眠りながらも泣き通し、目はバンバンに腫れ上がっていたと思う。

 何時もは、『愛らしいアディー』『僕たちの天使』何て言うオルドーとクレイルの兄達二人は、その様子に言葉を失う。



 ――僕達の可愛いアディーに、一体何が起きたんだ!?



 これは二人の共通認識で、この後何かとアディーの様子を気にしつつ魔力検定を行うの教会へと向かうのだった。




 アディーは移動中の馬車の中、普段なら鈴を転がすような愛らしい笑い声に可愛らしい笑顔を良く浮かべると言うのに、暗く沈んだ表情を浮かべて俯いていた。





 朝、『どうしたの?何をそんなに泣いているの?』と訊ねると『怖い夢を見たの』それだけ答えて、後は何も話そうとはせず塞ぎ込んでいたのだ。




 ◇◇◇




 アレハインド王国では、教会で魔力検定を執り行う。貴族は王宮に近い王都中央部に有るケオル教会を利用するのが通例となっている。

 何故ならばこの魔力検定は、王族立ち合いと元に行われるからだ。


 この検定時、将来国を背負って立つ者を見つける目的も有ったりするからに他ならない。


 先に検定を受けた子供達の反応は様々だ。


『もっと魔力が有るかと思ったのに……』


『え?そんなに魔法の種類持っていたの!!?』


『お父様と同じ属性だ~♪』


『私は、お母様と一緒だったわ!!』


 等々、その後に続けられる家族との会話も周囲の反応も他愛の無いもので穏やかに時が流れているようだった。


 順は巡り、迎えてアデレードの番である。


「次は、アデレード・ルシア・ファルファーレン!」


 今日、この場を参観している王族は王の義弟に当たるノーマン大公殿下だった。


『ザワリ』一瞬のざわめきの後、周囲がシンと静まる。


 無理もない。今代のファルファーレン家は、アレハインド王家の第一王子ベルナードとは同い年、第二王子のアレクセイとも二つ違いで年も近い。

 身分的な釣り合いと、他の高位貴族とのパワーバランスからして次の王妃候補としては最有力の候補者でも有るからだった。


 呼ばれて、檀上の水晶に手を翳すと無色透明の水晶内部が、墨が広がるかのように黒い色に染まっていく。


「アデレード・ルシア・ファルファーレン、魔法属性………『闇』………」


 心無しか読み上げる男の声が最後は掠れて、絞り出すかの様になっていた。



 ―――――魔法属性『闇』―――――



 下された判定に、周囲はざわつく。


『ファルファーレン家の者が………『闇』か……。『闇』ではな………』


『『闇』か………『闇』等では………』


 夢で見た、そう言う反応だった。



 ―――嫌!私またあんなに辛い思いをするの!?

 今まで愛してくれた人が、掌を返すように冷たくなって、辛い仕打ちを受けなきゃいけないの!?


『聖』属性でも『死』、『全属性』でも『死』、『闇』属性でも『死』しか用意されていないの………?


 何をしても、辛くて苦しいのなら、いっそ『魔法』何て使えない方が良いのに!!



 檀上から戻る際、足取りも於保つかずフラフラとなって家族の元に戻っていた。



 ――嫌!お兄様もお父様も、夢の中の様に冷たくなるの?


 怖い、恐い、コワイ………!!



 瞳に涙を浮かべ、不安げな面持ちで家族の元に辿り着く。


 ぎゅっと抱き止めてくれたのは、長兄のオルドーだった。

 後ろから頭をポンポンとしたのは次兄のクレイル。

「アディーの『闇』は、きっと素敵な闇なんだね」

「そうだよ、アディーの周りの空気は何時もキラキラしていて綺麗だもの」

「魔力は『闇』でも素敵な闇だって事だね!」


 兄達は、嫌がる顔一つせずに、不安に揺れる妹を励まし、今まで通りに接してくれたのだ。

「そうだな。属性などは所詮は、それだけの物。使うものの意思と心がけ次第で良くも悪くもなる。私達のアディーが悪しき者になど成る筈がないな」


 兄達の重ねる言葉にパチクリと目を瞬たかせ、兄達の顔を見上げる。


 キラキラと後光でも差し込めていそうな優しい笑顔でアディーを見詰めていた。


「大丈夫、僕達がアディーを守るからそんなに心配しなくても良いんだよ?」


「どんな魔法属性でも、僕達の可愛い天使はアディーだからね?」


 その言葉に今度は不安からではなく、嬉し涙が溢れていた。


「ううっ……。わ、私……お兄様達のいも……とで、よっ良かった………!」


 朝……いや、眠っているときからずっと、不安と恐怖を抱え続けていた幼い心は、ここで家族に受け入れられ、関を切ったかの様に涙が溢れに溢れたのだ。



 いい父と、本当にいい兄達だ。

 中で聞いていた、記憶のアデレードも安心してこの家族の中で暮らせると感じたのだった。





 ◇◇◇




 王宮の執務室にて、その知らせを受けたアレハインド国王ウォーレンは、驚愕に、見舞われていた。


「なっ!?全属性持ちの『聖女』では無かったのか!?」


 報告を上げた宮廷魔導師団総長のリフェニルは、神妙な面持ちで答えた。


「五年前は、確かにそうでした。しかしこの五年で一体何があったのか、今回は『闇』のみ。聖女の印も消えていました」


 その後、暫く問答が続けられ結論として、アデレードには抜き打ちで定期的な魔法検定を行って行くことに結論付けられた。


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