第6話 低気圧到来

 第二レースの結果は晶チームが二位、歩チームが七位になった。常勝の晶に勝った社会人チームは、やはり嬉しいらしく、船上で大騒ぎした。後で余りに大人気ないと周りに顰蹙を買っていたが。


 晶チームは次のレースで上位に食い込めば、優勝が固まる。淡々とスタートラインに近づいて行った。

「いい? 私達の船が後から港に入るから、あなた達は海に飛び込んででも、身体を張って船を止めて、陸にあげるのよ」

 里美も笑いながら、声をかけて来た。

「ふふふっ。今夜は寝かさないからね(ワックスがけで)」

「せからしいな。もう一レース残っちょるちゃ。風が強うなって来たかぃ、セールを降ろして帰った方が良いいっちゃないか?」

 豪紀が里美に怒鳴り返した。もう完全に開き直っている。今までの結果を考えれば、無理もないが。

 しかし海上は歩の予想通り、荒れ始めた。風は時間を追うごとに強くなっている。いつの間にか、海面には不気味なうねりが出始めていた。


 第三レース スタートのホーンが鳴った。


 うねりの高低差は、最大二メートルにも達した。壁のような海面に邪魔されて、監視船のポール(*3)が上手く見えない。フライングを取られないかとヒヤヒヤしたが、歩たちは絶妙のスタートを切った。

 先頭集団はライン状に一直線で並んでいる。今の所、歩チームが三位、晶チームが五位に付けている。

「よぉーし! 練習でもこんなに上手く行かないっちゃが」

「・・・そうでもないんだ」

 歩は歯を喰いしばって答えた。第二レース中盤から調子の悪かった、メインシート主帆を操るロープブロックロープを固定する器具が、見事に弾け飛んでいた。

「おい!」

「大丈夫。手で持っている。それより接触だけは気をつけて。このスピードで当たったらアウトだから」

 バウが切り裂いた波が高く舞い上がり、頭の上から降り注ぐ。一秒ごとに方向を変える海風は、FJを弄ぶ。案の定、横転する船が出始めた。

「ジャイブ用意!」

「おいさ!」

 強風時の方向転換は、どう風を逃すかがポイントになってくる。必死にスピードを落とし船体の安定を心がけるが、主帆メインセールが向かい風から追い風を掴んだ瞬間、FJは大きな掌に弾かれたような加速を始める。

「坊やたち、頑張ってる?」

 いつの間にか、赤い470が真後ろに付いていた。この強風にも負けず、スピンセール三枚目の帆を出している。見ればトップ集団は全船、出していた。

「ウチらもスピンを出すっちゃが?」

「いや、このままでいい。船体のバランスを崩す方が嫌だから」

 思わず豪紀は歩の顔を見つめる。歩はガンガン行けるところまで突っ走り、駄目ならそれで諦めるパターンの操船しかしてこなかったからだ。どちらかといえば粘り強さは豪紀の持ち味だ。

 スピンを出さないFJはあっという間に、晶たちに抜かれた。

「スピードをうっする捨てるとは。いつにのう本気じゃの」

「ところで相談なんだ。晶と里美、どっちがいい?」

「・・・お前ん悪い所は、真面目さが長続きせん所だっちゃ!」

 豪紀の怒鳴り声は暴風を切り裂き、遥か先を進む晶チームにも届いた。


「・・・何か歩くん達、喧嘩でもしてるのかな?」

「いつものことでしょう。ほら集中集中。ここで沈したら、かっこ悪いよ」

「ねーねー晶。歩くんと豪紀、どっちにするか決めた?」

 晶は物も言わず、ティラーを動かした。バウ側にいた里美は、その衝撃で危うく海に落とされる所だった。


*3 スタートラインは下マークと監視船を結ぶ直線上となります。どちらかが見えないと、 ラインが分からず大変に不利です。

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