いいからバウを風上に!

@Teturo

第1話 ヨットマン登場

 真夏の太陽光線が、ジリジリと肌を焼く。青い空と蒼い海の境界線が、今日はくっきりと見える。海上の空気は陸上と違う。気温の高い時期は海面に近いほど、湿っていて密度が高い。風を受ける身体は、水を切っているような感覚になる。


方向転換タック用意!」

 波と風に負けないように、山岡 あゆむは大声をあげる。彼が舵棒ティラーを握るFJ(高校生向きのヨット)は、向かい風に向かって、右45度に進んでいる。順風ではあるが、湾内にある大島から吹いてくる突風に、船体が揺らされる。

 歩と見坊豪紀みぼうごうきは風によって押され、傾いたヒールした船体を立て直すために、身体全体を船の左側に乗り出していた。

 豪紀にいたっては、全身が船の外だ。握っているロープと足の裏以外、船体に身体が付いていない。

 船首バウが切り裂く波しぶきが、二人の全身に降り注ぐ。歩がティラーを返した瞬間に、豪紀は横桁ブーム主帆メインセール最下部の腕木)をかい潜り、船体の右側に全体重を乗せ変える。

 メインセールが返ると同時に、2枚目のジブセールが向かい風を掴んだ。この間、約十秒。二人は転回中に、ほとんどスピードを落とすことなく、進路を左に九十度変えた。


『ファイトー。イッパァーツ!』


 鷲のマークで、お馴染みのCM的な掛け声をかけたくなる場面だが、二人は真剣な表情で進行方向を睨んでいた。

「上マークまで、約五十メートルっちゃ!」

「どうする? もう一度切り返す?」

「このままで良いっちゃが。ラインギリギリ。ここは勝負!」

 高校生には見えないほどの巨体と、スキンヘッドに髭面の乗員クルー(ジブセールとバランス担当)、豪紀は宮崎弁丸出しで叫んだ。

「相変わらず強気だね」

 同い年だが、少女のように華奢な艇長スキッパー(舵担当)の歩は、長い髪を後ろでまとめた頭を振る。彼ら二人は、ヨット部に所属する地元公立高校二年生である。

「お前には負けるっちゃが・・・ おい、スタボー!」

 進行方向左手から、赤い船体の470級(ヨットの階級 船体の長さが470cmであることが名前の由来)が、二人のライン上に突っ込んできた。この場合、進路の優先権は歩たちにあった。優先者から『スターボード(右舷)』の宣言を受けた時点で、相手は速やかに進路を譲らなければならない。

 だが470は進路を譲るどころか、ますますスピードを上げて接近してきた。歩も進路を譲らない。このままのスピードで衝突すれば、FRP樹脂でできた両船は只ではすまない。

「あ、歩。取り敢えず逃げるっちゃが!」

「絶対、嫌だ!」


 ズザザザァー!


 470が、不気味にうねりを切り裂いて近づいてくる。相手のバウが歩たちのFJの横腹に激突すれば、大轟沈だ。豪紀でなくとも弱気になる。

「うぉー! ぶつかる!」

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