エターナル・デスティニー

西順

第1話 或日

 ひがし じゅんは超能力者である。


 しかも物を動かすサイコキネシスとか、言葉を交わさず他者と意思疎通が出来るテレパシー、はたまた伏せられたカードを当てるESPとも違う。


 彼の超能力は、時間遡行タイムリープだ。


 東順がこの超能力に気付いたのは偶然だった。それは2020年夏のことだ。


 彼には趣味がある。WEB小説を書くことだ。


 趣味と言うには野心があり、いつか書籍化作家に成ることを夢見ている。


 東順は暑い夏の夜中、エアコンをガンガンに利かせながら、今日も今日とてパソコンにへばり付き、一心不乱に自身の妄想を文章へ打ち出していた。


 WEBサイトでは年間数回、様々な出版社が新人賞を開催している。


 東順も当然その新人賞に応募するつもりだ。


 締切日があと数時間後に迫っており、それまでに10万字を越えていなければいけない。


「……ふぅ」


 最後の一字を打ち終わり、一息吐く。小説は10万字を少し越えたところだ。


 パソコンの時計を確認すると、時刻はまもなく夜中の12時を越えようとしていた。


「やっば!」


 新人賞の締切は12時までだ。彼は直ぐにパソコンからWEBサイトに自小説をアップした。


「ふぅ、何とか間に合ったな」


 既に冷めてしまったコーヒーを一口すする。時刻は既に12時を越えていた。


「さて、明日も朝から仕事だし、寝るか」


 誰かに向けて話すでもなく、一人でぼやきながら、東順はコーヒーカップを片付け、ベッドへ潜り込んだのだった。



 ピピピッ ピピピッ ピピピッ


 スマホのアラームが鳴っている。朝だ。


 東順はもぞもぞと布団の中から手を出すと、アラームを止め、寝惚けた頭のままベッドから起き上がる。


 洗面所で顔を洗い、歯を磨き、当然のように流れでテレビを点ける。


「8月5日、おはようございます!」


 テレビの向こうでは、アナウンサーが朝から元気良く挨拶していた。


 しかし、彼にはその後のアナウンサーの声がまるで耳に入ってこなかった。


 彼が凝視するのはその日付。8月5日とは、昨日の日付のはずである。何故、テレビでそんな初歩的な間違いをしているのか?


 東順は自分が間違っているのだろうか? と他局ともザッピングしてみるが、どの局も8月5日である。


 どうやら自分が日にちを1日間違えていたようだ。


 そう結論付けるに至った彼は、それなら小説をもっと推敲できたなあ、と思うだけで、その後は日付のことなど頭から抜け落ちて朝食の食パンにかじりついていたのだった。



 おかしい。


 気付いたのは会社に着いてからだった。


 同僚が一度話したことをまるで初めて話すように語っている。


 上司からのダメ出しだって昨日に続いて二度目だ。


 極めつけは昼にやったスマホゲームのログインボーナスが昨日と同じだったのだ。


 東順は定時になると速攻で会社を飛び出し、まさしく自宅へと飛んで帰っていった。


 肩で息をしながらパソコンを開く。しかしてそこに昨夜打ち込んだはずの原稿は跡形も無く残っておらず、フォルダの復活を試みるも、パソコンさんはウンともスンとも応えてくれない。


 渾身の原稿が水泡に帰したことに、暫く茫然自失となった東順だったが、時間は無情にも刻一刻と過ぎていく。


 何とか気を持ち直した彼は、怒涛の勢いで原稿をやっつけていき、昨夜一度書いていたこともあって、三分の二程の時間で原稿を書き上げたのだった。


 時計を見れば昨夜同様深夜12時前。何とか間に合った、と彼は小説をWEBサイトにアップした。


 何とも不思議なこともあるものだ。これはもしかして小説の題材になるのではないか? などと思いながらベッドに潜り込んだ東順だった。



 翌日、スマホのアラームが鳴っている。それを止めると、東順はまず日付を確認した。


「…………嘘だろ!?」


 声を上げて飛び起きる東順。スマホの日付は、8月4日、前日を飛び越え、前々日になっていたのだ。


 慌ててテレビを点けるも、どの局も8月4日だと放送していた。


 東順はあまりのショックにベッドから起き上がれなくなり、その日、会社に病欠の連絡をしたのだった。


 とは言え作家と言うのは現金な生き物だ。時間があると、それを小説を書くことに充てたくなる。


 東順はベッドまでパソコンを引っ張ってくると、そこでカチャカチャとキーボードを打つのであった。



 三度目ともなると、驚きも喉元過ぎて日常である。


 こうなってくると現状の把握に努めたくなってくる。


 どうやら彼は新人賞の締切日に寝ると、過去に戻ってしまうらしい。


 ならばその日、寝なければいいんじゃなかろうか? 単純だが当然の帰結である。


 そして東順はそれを実行する男だった。



 寝なければ大丈夫。ではなかった。


 寝ないとその日は大丈夫なのだが、次の日寝れば、やっぱり新人賞より前の日に戻ってしまうのだ。


 そこに法則性があるかと言えばそんなことは無い。


 前日に戻されることもあれば、1週間前に戻されることもある。


 だが彼はめげない挫けない、不撓不屈の男だった。


 何度過去に飛ばされようとも、東順は小説を書き続けた。


 いや、何度も書き直し続けた結果、東順の小説はどんどん洗練されていっていた。



 そして彼は気付いてしまった。


 もしかして、自分が小説を書き上げることが、過去に戻ってしまう原因なのではないかと。


 ならば一度原稿を書き上げずに締切日を過ぎてしまってはどうだろう?


 しかしそれは東順にとって苦渋の選択だった。


 何度も時間遡行を繰り返したことで、因果なことに彼の小説は間違いなく過去最高の傑作となっていたからだ。


だからといってこのままループが続くと、流石に精神に異常をきたすことになる。


 東順は煩悶し、歯軋りし、頭を壁に打ち付け、嘔吐し、ようやく決心した彼は、締切日に小説を書くこともせず、WEBサイトにアップすることもせず、その日1日を過ごしたのだった。



「8月7日。おはようございます!」


 テレビではアナウンサーが元気に挨拶している。


「どうやら、本当に俺が小説をアップしたことが時間遡行の原因だったみたいだな」


 何とも複雑な心境だった。


 ホッとするとも残念とも違う、様々な感情がない交ぜになった気持ちに、心がついてこなかった。



 それから一年が経過した。


 WEBサイトでは年間数回新人賞を開催している。


 東順はその節がくる度に小説をWEBサイトにアップしようと試みた。


 しかし結果はいずれも同じ。アップすれば過去に戻されるのだ。


 こうして彼の作品は、どれも完結することなく、エターナる(エタる)運命を辿るのだった。

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