死美感

ArY

第1話

薄暗い帳のなか、神座の遺影だけは爛々と輝きその場を狂気にも似た沈黙が支配している。

棺桶からもれる冷たい風で、死の気配がこちらへ運ばれてきた。


そうして待っていると、お経の静謐な声と心の声が聞こえてくる。


そう、今は私の葬式だ。

大勢の人間が私の死を感じ、記憶し、嘆き悲しむ時間だ。

家族の嘆きがよく聞こえる。声をBGMに私は生前の記憶に思いを馳せた。


悲劇の主人公になりたい。

物心ついた時から、私の夢は変わらなかった。


志半ばにして不治の病にかかった私を想像し、本当に苦しんでいる人達に懺悔した。

部活の大会前に交通事故にあい友達に悲しまれる私を想像し、不幸を喜ぶ自分を嫌悪した。


夢を思うとワクワクするのは私も例外ではない。

同時に葛藤する自分に酔ってもいたが。


目をキラキラさせて、ケーキ屋さんになると言っていた妹と同じワクワクだと思うと、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。


この夢は常識的にも非常識的にも、白い目を向けられるのはわかっている。

しかし不謹慎だが一分一秒死ぬことしか考えられない。常に悲劇を感じていたい。


別に、今している生活がとても苦難に満ちていると言うことは断じてない。

どちらかといえば五体満足、アレルギー一つないし、家族も三世代までいる。

ネグレクトもないし、みんな素敵で平凡な性格だ。

昨日は風呂を覗いた覗いてないの無意味な口論を妹と父がしていた。

なんて平和な家なんだろうか、私は泣きそうになってしまう。


しかし、いつも行くコンビニの好きなパンが売り切れていたとか、嫌われていると思っていた人からあいさつをされたとか。


そんな、恒久的に続いてほしいと思う幸福が過ぎると、世界的大ヒットの脚本のような悲劇的な死や、悲劇的な人生を思い描くことは人の理では無いだろうか。


今日私は死んだ。死因は溺死。

足がつりもがき苦しんで死んだと、司法解剖で判明したらしい。

まさか事故に見せかけた自殺をしたとは誰も思わなかったはずだ。


案外、簡単に騙せて拍子抜けしてしまった。

自殺サイトを見て、少し考えただけで騙せるなんて世の中どうなっているのだろうか。

つい気持ちがこもってない心配をしてしまう。


サイトの溺死ページには、『大衆プールはだめ、人目が多すぎる』

『監視員も目を光らせているから選択肢としてはありえない』と書いてあった。


なるほど、確かにそうだ。自殺中に助けられるなんてたまったもんじゃない、もちろん監視員も。


少しでも苦しい顔をしたら、鷹のように飛んできたともコメントされていた。

後学のため、先輩自殺者のその後を知りたいが成功すれば杞憂に過ぎないと思い直す。


だったらそれなりに人がいる海がいいか。

海は広いから、ひとり騒いだって浮かれているなとしか思われないはず。

親族がいれば、身元の確認が素早くできるから必要だ。

あとは何人かの見物人がいれば私の死を覚えている人が増える。

自分が遊んでいた海で溺死が起これば、何日かは記憶に残るだろう。

やっぱり一世一代の自殺は派手に行きたい。


同行者と人がいないと、発見が遅れてふやっふやの土左衛門になってしまう。

それは私が考える美しさではない。

だが、一番肝心なところは私が捨てた世界の悲劇の度合いだ。

足がつり溺死をするなど、世界的に見れば割とよくおこっていることではないだろうか?

統計を出した人がいるのか知らないが。


私がありたいのは悲劇的な死に方だ。

万人に悲しまれるような死に方とも言える。

つらつらと自分の自殺方法の素晴らしさに思考を巡らせていたら、葬式が始まっているではないか。

これは見逃せない。


さぁ、第一発見者は何を思っているのだろう?

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