5 説話から昔話への変遷その1 明瞭な隔絶あるいはチェーホフの銃

とりあえず比較材料はこれで目の前の机の上に乗りましたね?


さて、ここで取り出したるは、この話における蛙の存在意義について。


というか、①、②を読んで気にはならなかったかな?

「いや、蛙、お前が助けろよ。せめてかにと共同戦線でも張れよ」と。


昔話のセオリーとしては、なので、動物報恩系の話の観点からは、それはそう。

ただし、それはあくまでである。

①、②はので、このセオリーが通用しない。


じゃあなんなのかって、それはだよ。


仏教説話は仏教を教え広めるための説話であるので、その話の中央にえられるものが、その話ができた時点で、空海さんのようにすでに仏教上の一つの権威でない限り、仏教的に筋が通せない箇所には無理は通らない。うん、今私は空海さんの呪殺合戦がちらちらして説明を単純化できずにギリギリしてます。


まあつまり、①、②における「蛙の救済」は仏教的に筋が通らないとされる。

ちなみにこれは後出しではない。

すでに注釈済みの、①において娘が守っており、②でも『本朝法華験記ほんちょうほけげんき』で「優婆夷うばい」に分類されている以上おそらく守ってると思われる「五戒」が筋が通らない根拠になるので。


というわけで、もっかい五戒について。

五戒は仏教の在家信者(女性なら優婆夷うばい、男性なら優婆塞うばそく)が守るべき五つの戒律のこと。

その中身は

 不殺生戒ふせっしょうかい(殺すな)

 不偸盗戒ふちゅうとうかい(盗むな)

 不邪淫戒ふじゃいんかい(不倫とかえっちいのはダメ)

 不妄語戒ふもうごかい(嘘つくな)

 不飲酒戒ふおんじゅかい(酒飲むな)

の五つ。


お分かり頂けただろうか。

①にしても②にしても、不妄語戒ふもうごかいは(それが娘自身によるものかどうかは別として)確実に破られていることを。

なお、①のパターンについては蛙を放すための蛇との交渉自体を娘がするので、特に「ケモとのえっちいのもダメ!」も取り扱った『日本霊異記にほんりょういき』における判定では不邪淫戒ふじゃいんかいにも抵触するおそれがあります。

いや更に加えてなんだけど、お上品ににごしてたが、①の鯛女たいのめさんの「身を清くたもち」は、つまり処女ってことなんだな、アレ。原文、初淫不犯初淫犯さずだから。


ともあれ、この時点で、蛙は仏教的に筋が通らない救われ方をしたので助けてくれない、とみられるのである。

薄情な、というなら実現するつもりがない事を口にするでない、ということ。


①のパターンで行基ぎょうきさんが娘に「戒を受けなさい(=戒律を守りなさい)」と言うのもそういうこと。

その上で、『日本霊異記にほんりょういき』の八は、蛇から蛙を救う時と畫問邇麻呂えどいのにまろからかにを引き取る時の真摯しんしな対応(突然のストリップではある)が対比の様相すらなしているわけ。


一方、②のパターンでは蛇に約束をしてしまうのは父親であり、娘ではない。

親の因果が子にむくい。つまり娘は完全なる無罪な上にめちゃくちゃ敬虔な仏教徒であって、だからこそ観音かんのん様が現れるという奇跡だって起きちゃうだけの物語上の説得力があるわけである。


そして、だからこそ、仏教素養がそこまで達していない民間におけるただの昔話として成立するには、

チェーホフの銃的にあかんやつ。

だから、順当に物語が①→②→③で進化していたとするなら、③のパターンでの蛙の消失は当然の帰結であると考えられるのだ。げこり。


……昔話や説話といった物語に近代文学の概念当てはめてええんかという話もあるかもしれないが、チェーホフの銃は出現した要素に対して論理的帰結を求める概念なので、重箱の隅をつつく上では重要だと個人的には思うよ、うん。

そもそも、前提としてる世界観という条件が違うだけで、今も昔も人の思考回路の傾向自体が大きく違うわけもあるまいし、視界ですらシュミラクラ現象なんてあるんだから、認識や思考上でも似たような「意味を求める」傾向があっておかしくないし、逆に現代の我々的にそこに穴が認められるなら、その穴は当時の当たり前、文化的・文脈的通奏低音が入っていたと考えられるわけで、その穴をほじくるのが楽しいんですよ、こういうの(ここまで一息)

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