第5話 故郷への帰還


「いやしかし、まさか再びこやつらと共に歩むことになろうとは」


 金猪子と遭遇してから、数日。


 ルドルフが先導する形で森を進む中、感嘆とした様子で口にするラストの視線の先には、いつかの精霊リューグナーの光玉が浮遊していた。


「リューグナーは、森の防衛機構であるとともに案内人としての役割を担っている。その性質さえ理解しておれば……」

『旅人さん? 迷い人さん? 次はどこへ行くの?』

『こっち? そっち?』

『右だね。右に違いないよ』

『うんうん、右が吉方』

『右しかないね』

「ということで、左じゃな」

「なんとも、ややこしい奴らだな」


 しれっと嘯く精霊たちの言葉に反して、ラストが忌々しく悪態をつきながら、左へと舵を切る。


 精霊は世界の根幹と密接に繋がりを持つ現象であり、精神体である。


 反射的にこちらの意図を深部まで読み取ることができるゆえ、心の奥底に隠れた願望や目的までをも察して、行く末を示してくれる。


 ただし、その性質は生まれたての子ども同様、無垢すぎるゆえの悪戯心を宿しており、このように天邪鬼な態度で接してくるわけだ。


 そうして、しばらく同じような工程を踏むと、道なき獣道から整った山道に躍り出て、また更に進み続けたところで、出口が見えた。


「おぉ、本当に抜けよった!」


 数日掛けて、ようやくの思いで樹海を抜けたところで、ラストは声を踊らせた。


 視界一面には、同様に生い茂っていたであろう森林を伐採し、切り拓いたと思われる開墾地が広がっている。


「やはり、人界の王国領でリューグナーが出現する森となれば、ここであったか」


 途中から目星はついていた。

 王国領で幻惑の精霊が出現する森。そして、このひどく見覚えのある景色。


「この森は人界の王国──アルタレス王国の東部域に広がる幻惑の森。そして、この先にあるだろう村落は、何を隠そう儂が暮らしていた故郷じゃ」


 村の名は、アンファング村。

 ルドルフが前線から退いた後、余生を過ごした最果ての村である。


「ラスト。貴様、どうして黙っていた」

「な、なにをだ?」


 ルドルフの剣呑な眼差しに、ラストはほんの少しまごつく。


「とぼけるな。お前は最初に言っていた、儂を甦られるのに必要なアイテム。この区域に足を運んでいたのは、それらを手に入れるためだったのだろう?」


 そう、この旅の始め、ルドルフを蘇生する際に、自らの多大な魔力と縁深いアイテムを触媒にした、とラストは言っていた。


 縁という意味で、こんなにも分かりやすい場所にいたのだ。偶然であるはずがない。


 そのルドルフの鋭い指摘に、ラストはぐぅっと唸って。


「別に黙っていたわけではない。おぬしの考え通り、余は蘇生に必要なアイテムを求めてここまで出向いた。だが、大っぴらにこのスキルを施すわけにもいくまいに、近場の森に潜ったところ、結果的に道がどこだか分からなくなってしまったのだ」

「……くだらん嘘ではなかろうな?」

「おぬしも大概に信用がないな。ここで嘘を吐いてどうなる。いまの余はおぬしの力なしには生きられぬひ弱な少女だぞ?」

「少女なら少女らしく、粛々としていてほしいものじゃがな」

「それは難しいな。余は魔王だからな!」

「どっちで接してほしいんじゃ……」


 呆れ顔で息を吐きつつ、ルドルフは横目でラストの表情を盗み見る。


 まだ出会って間もないのだ。

 魔界支配の真意含め、疑いの警戒を怠ってはならない。


「にしても、このような魔物の蔓延る森がそばにあるというのに……ずいぶんとぬるい設備だな、ここは」


 そんなルドルフの疑念にも気付かない様子で、辺りを見渡すラストが、素直な感想を述べる。


 広がる芝生の中、一本道を進む先にあるのは、村落へと続く門と簡易的に建付けられた魔物避けの柵のみ。


 パッと見た限りでは、とても頑丈とは思えない。


「その逆じゃ。この森があるから、そこまでする必要がない」


 だが、そのラストの指摘をルドルフはさらりと覆す。


「開墾当初からこの村は魔界領と隣合わせにあるが。この森自体が緩衝地帯として機能しているおかげで、これまで大きな被害に晒されたことがない。時折、森から魔物が迷い込んでくることもあるが。せいぜい餌に飢えた下級のみじゃ」


 幻惑の森は多種多様の魔物が生息している危険地帯ではあるが。その実、生態系としてはとても安定した領域である。


 それもひとえに、リューグナーという精霊が森を管理し、金猪子という主がいてこそだろう。


「下級と一言に言うが。肉食の魔物であれば、それなりの脅威となるモノもおるだろう?」

「特級魔獣を家畜呼ばわりしたヤツの発言とは思えんな」

「おぬしと村人Aとでは話は別だ」


 馬鹿にされたとでも思ったのか。

 不機嫌に口を尖らせたラストに「それは確かにのう」とルドルフは納得する。


「まぁ貴様の言うような事態があった場合は、この村を守る門番がそれの対処にあたることになっておる」

「門番……?」

「ああ。ほれ、真っ先に見えてきた。あのオンボロ小屋が門番の待機所じゃ」


 ルドルフの指し示した先、門と柵をそばに備えた、二階建ての古い木造建築物が見えた。


「それと同時に、儂の家でもある」

「おぬしの? ということは、ここで門番をしておったということか」


 自然と導き出される答えに「そういうことじゃ」とルドルフは感慨深く、肯定した。


 実に懐かしい。

 生きた年数から言えば、決して長く住んでいたわけではないが。


 それでも故郷はどこかと問われれば、真っ先に思い浮かべるくらいには、ここで過ごした時間を大切に思っている自分がいた。


「家の中には、いくつか旅に必要な物資もある。まずはここで準備を整えるぞ」

「ほう、そのためにここに寄ったのか。さすがは我が英雄。褒めて進ぜよう」

「褒め方がいちいち癪に障るのう」


「──……誰?」



 そんな二人の会話に、小さな問いが割って入る。


 とても耳馴染んだ、凛々しくも優しい声音。

 反射的に、ルドルフは聞こえてきた声のもとへ、目を向ける。


「ぁっ……」


 言葉を、失った。


 風になびく美しい金髪と、涼しく映る瑠璃色の瞳。


 記憶よりも、ほんの少しだけ違う。

 だが、忘れるはずがない。見間違うはずがない。愛しい少女の姿。


 それは紛れもなく、かつてここで共に暮らした、ルドルフの愛弟子。

 

 剣聖、クライネス・クライノートの姿であった。

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