未来がずっと、ありますように

おじぃ

プロローグ

1,曖昧な予知能力・旅立ちの夜

 僕は誰かを愛しても、誰かに愛されてはならない。例外を言えば、老人や僕のように余命が短い人には愛されて良いかもしれない。


 人間に与えられた一生の期間は、生まれる前から決まっているという。その間にどれだけ人や社会、自然、環境、その他あまねくすべてに貢献できるか。誰かを愛し、愛され、幸せになれるだろうか。しかしそれらは、それを得るチャンスすら、みな平等に与えられているわけではない。


 32歳の7月13日。僕の命日。残された時間は7年3ヶ月と12日。


 医師に告げられたわけでもない、7年前、18歳の夏、いわゆる天の声が告げた。


 当時受験生で鬱気味だったうえ、単に疲労やストレスが引き出した思い込みであってほしいが、どうも気持ちを整理できない。そのルーツは幼少期に遡る。


「〇〇くんのおじいちゃん、死んじゃったんだって」


 初めての予知は5歳の夏の夕方。近所に住む友だちのお祖父さんが亡くなる数日前、僕は母にそう告げた。しかしそれは単なる思いつきからの発言。当時はよく周囲の人々が亡くなっていて、母からあの人が亡くなったとよく聞かされていた。それに影響されて出た、子どもならではの残酷で縁起でもない言葉に過ぎない。まさか近いうちに本当になるなんて、夢にも思わなかった。


 他に、誰かとジャンケンをするときにグーチョキパーどれを出せば勝てるとか。近頃の出来事で特に印象に残っているのは3年前、昼間に大地震が起きた3月の朝。部屋に朝陽が差し込むいつものなんでもない光景が、なぜかよく記憶に残っている。大人になって勘が鈍ったのか、何が起きるか明確には予知できなかったが、もしかしたら能力が発動したのかもしれない。これらから察するに、どうも僕には少しばかり予知能力と霊能力が備わっているようだ。


 霊を見たのは予知能力の発動と同じく5歳のとき。当時住んでいたアパートの寝室で家族揃って寝ていると、深夜ふと目が覚めた。そのとき、僕らの足元辺りを歩き、狭い部屋を何度も往復する大きな白い影を見た。動いたら何かされるかもという恐怖から、隣で眠る母を起こすこともできず、ギューッと思いきり目を閉じたのをよく覚えている。


 以上の全てに科学的根拠はなく、僕のように第六感の優れた人間は多くいると思う。ただもし本当にその日が命日だとしたら、殺害や災害、事故といった外的要因であってほしくない。狂気や猛威に苛まれて命を失うのは、絶対に避けたいのだ。


 このように心のどこかで根拠のない運命のような何かを受け入れていた僕であるが、四月の雨降る月曜日、どこまでもどこまでも素敵な彼女との出逢いが、それを一蹴させたのだ。



 ◇◇◇



『13番線から、はやぶさ38号と、こまち38号、東京とうきょう行きが、発車いたします。次は、大宮おおみやに停まります。黄色い線まで、お下がりください』


 3月27日、夜9時半の仙台せんだい駅。22年暮らした実家を離れ、数時間後には一人暮らしが始まる。念願のウエディングプランナーへの第一歩が、ここから始まるのだ。


「じゃあ、行ってくるっちゃね。じいちゃんもばあちゃんも、元気でね」


「おう、お盆には帰って来るんだぞ」


「お盆じゃなくたっていい。いつでも、帰っておいで」


 地元の作曲家が作った荘厳な発車メロディーと案内放送で、私とじいちゃんばあちゃんの声は殆ど掻き消されてしまう。よくドラマで見るシーンのように、新幹線のデッキに私、ホームにはじいちゃんが立っていて、私は泣きたい気持ちを抑えていた。じいちゃんはどうなのかな。私の家は両親祖父母との5人家族で、両親は仕事のため見送りには来られなかった。ちょっと寂しい気持ちはあるけど、仕方ない。


 さぁ、覚悟を決めて。


 そう言わんばかりに、音楽が鳴り終わると、ピーッと合図音がホームに響き渡った。


「うん、帰りたくなったら帰る!」


 震える唇を、滲む涙を堪えて、精一杯の笑顔を作る。お家が大好きでお泊りが苦手な私にとって、新幹線は切なさを詰め込んだ乗り物。子供時代、家族旅行ではよく駄々をこねてみんなを困らせたけど、今日ほどそれを強く感じた日はない。夜遅い列車を選んだのも、なるべく長く実家に居たかったからだ。


 加えて、まだ震災から立ち直れていない故郷を捨てて、無縁の地へ旅立つ。本当は地元で働きたかった。でも力不足で、それは叶わなかった。


『ドアが閉まります』


 車内アナウンスとともに頭上の赤いランプが点灯。ドアが閉まった。本当はもっともっと、たくさんお話ししていたかったけど、無情にも断ち切られた。


 ガラス越しに見える慈愛に満ちた笑顔で手を振る二人に、私は一度頷いて、顔の横で小さく手を振り返した。


 ゆっくりと列車が走り出すと、二人は手を振ったまま走り出し、危ないよ、転んで怪我しちゃうよと心配しながら、やがて見えなくなって列車がホームから出るまで目で追い続けた。


 列車はビルの合間をくぐり抜け、徐々に加速してゆく。まもなく新幹線の線路と並んでいる実家の最寄駅を通過すると、夜闇の田園地帯を突き抜ける閃光と化した。


 鞄からおもむろに切符を取り出し、『仙台 東京』と記された券面を見て、唇をギュッと縛った。その瞬間、切なさは強い意志へと化したのだ。


 絶対、絶対立派なウエディングプランナーになってやる。それで、たくさんの人を幸せにするんだ。


 よっしゃ、がんばっぺ! がんばっぺ衣笠きぬがさ未来みらい! 名前の通り、笑顔溢れる未来をこの手で掴むんだ!


 大望を胸に、ギュッと拳を握る。


「あぁいけない! 切符さ握ってシワクシャにしちまった!」


 あたふたしながら丸めてしまった切符を開き、座席番号を確かめて指定された席へ向かう。


 暖色照明で落ち着いた雰囲気の客室にまどろみながら腰を下ろす。


 大丈夫。東北根性を持った私なら、きっとやれる。仙台で、みんなが応援してくれている。


 まだ何も描かれていない真っ白なキャンパス。そこにどんなを描くかは、自分次第だ。

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