第2話 王子殿下と伯爵令嬢は少し人には言えない秘密がある

=== sideグレイ ===


 今日は王宮主催の夜会が行われる日だ。王子である僕は当然参加する。それに今回は最高に楽しめそうだ。


 僕は数日前に、幼馴染であるルクレシアの父親が、彼女のエスコート相手を探して大慌てしている場所に居合わせた。


 ああ、次はそれで遊ぼう。


 僕は彼女の父に近づき、是非自分にエスコートをさせて欲しいと声をかけたのだった。


「ベッケンシュタイン公爵閣下。ご息女のエスコート相手探しですか?」


「おお、王子殿下。いやぁ普段は息子のエリオットに頼んでいるのですが、夜会の日に限って騎士団の仕事が入ってしまいまして」


「へえ、それは大変ですね」


「今、伯爵家以上の貴族を順にあたっておるところなのです。可愛いルクレシアを一人で参加させる訳には行きませんからね。当日私も忙しい身でして。ですが、話す人みなエスコートする相手が決まっておりまして困り果てていたところです」


「そうですか。可哀そうな幼馴染のために私がエスコートして差し上げましょう」


「王子殿下自ら!? 本当によろしいのですか?」


「ええ、以前ご息女も素敵な王子様にエスコートして貰って夜会に参加したいとおっしゃっていましたし、僕もご息女をエスコートしてあげたいのです」


 まあ、ルーがそのようなことをいったのは、十年ほど前なのだけどね。それでも以前であることに変わりない。


 ベッケンシュタイン公爵閣下は、僕の返した言葉にもしや娘と王子殿下は恋仲になっているのではないかと期待の眼差しを向けてきた。そして僕の手を両手で握り喋りだしてきた。


「是非お願い致します。いやぁ、ルクレシアときたら、王子殿下とそのような仲になっているなどと一言も。そうであれば他の家との政略結婚などする必要がありませんな。まあ、ルクレシアに似合う男が全然いなくて私がほとんど門前払いしていましたがね」


 ああ、やはりそう思うのも無理ないかぁ。まあ、僕が勝手にそういう風に見せているだけなのだけどね。しかし、危なかったな。もしルーに婚約者ができてしまったら、今までのようにおもちゃにすることができなくなるところだったよ。


「ふふふ、気が早いですよ。まだ彼女とは口約束すらしていないのですから」


「おお、それはいけない」


「ですが、ご安心ください。僕は彼女"で"幸せになります」


「む? ああ、そうですか。そうですかルクレシア"を"幸せにしてくださるのですね」


 ベッケンシュタイン公爵閣下は何か勘違いをしているようだ。あるいは聞き間違いと思い、都合よく解釈し直したのだろう。


「彼女には僕がエスコート役だと内緒にしておいてくださいね。最も、彼女のことだからエスコート役が誰かちゃんと聞いてこないのでしょうけどね」


「そういったところにつきましてはお恥ずかしいばかりでございます。ええ、わかりました。まあルクレシアも抜けているところがありますからね。あえて誰がエスコートすると言わなければ、聞きもしないでしょう」


 そして当日、王都にあるベッケンシュタイン家の屋敷に向かい、彼女が乗る場所に先に乗り込んだ。


 ベッケンシュタイン公爵家の領地は、アルデマグラ公国の西側の広大な土地を領地とし、我が国の海岸のほぼすべてはベッケンシュタイン公爵領だ。


 王都には、社交シーズンのために住まう屋敷がある程度だが、それでも十分大きい。


 さて、以前彼女が馬車を新調する際に、こっそり王都の工房に僕の使いを向かわせて、彼女の追加要望として作らせたものがある。今日はそこに隠れて、彼女が来るのをまとう。


 カーペットをどかして、掌を通せる程度の穴を掴み床となっていた部分がめくれ上がる。そこには、人一人隠せる程度の隠しスペースが存在していた。


 内側に入り蓋を閉め、ヒモを引っ張るとカーペットは元の状態に戻った。カーペットの布は穴の部分だけ少し薄めで馬車の中を見ることができる。


 さて、ルーはまだ来ないかな。


 しばらく待機していると、馬車の向こうからルーの声が聞こえてきた。


 嫁入り前の淑女のスカートの中を覗くのはよしておこう。


 目を瞑り、馬車が発車したのを確認してからまたじっくり彼女のぼーっとした表情をゆっくり鑑賞していた。


 王宮に到着し、彼女が馬車から降りたことを確認すると、僕は音を立てないように床下から出てきた。外を見ると彼女の友人である令嬢がいる。

 

 友人が去っていったところで僕は後ろから彼女に声をかけた。


「ひどいなぁルーは、エスコート役を懇願しておきながら一人で行こうとするなんて」


 まあ、勝手に名乗り出たのは僕なのだけどね。


「え? グレイ様、どちらにお隠れになっておりましたの?」


 彼女の驚いた表情が好きだ。困った表情が好きだ。焦った表情が好きだ。落ち着いていない時の彼女も素敵だ。妄想に入り浸っているぼーっとした顔も好きだ。


 まあ、笑った顔も嫌いではないのだけれどね。だから離れていかない程度には、ルーのことを幸せにしてあげよう。


 困らせすぎて目の前から彼女がいなくなっては、本末転倒だからね。



=== sideエミリア ===



 私は王宮主催の夜会に参加し、会場に到着するとあたりを見渡しました。愛しのあの人がどこかにいるはずです。


 何と言いましても、王宮主催なのですからあのお方が参加しないはずがありません。


 父は私を連れて、会場入りするもすぐにいろいろな方のところに挨拶周りに行きました。

 

 つまらない挨拶周りでありますが、所詮我が家は伯爵家。しっかりとしたパイプを保たなければ、夜会に参加できなくなるくらいの貧乏貴族真っ逆さまになってもおかしくありません。


 私も父と懇意にしてくださる方々と一通り一緒に回った所で、標的を発見し、ゆっくりと父の傍らからフェードアウトしました。


 ごめんなさいお父様。あとはお一人で適当に挨拶周りでもしてください。


 ああ、今日も私のことを見てくださるのね。あの素敵な桜色の瞳に、私が映るのが待ち遠しい。


 私は綺麗な金髪の女性の真後ろまで接近し、そしてそのまま前進を彼女に委ねるように前に倒れました。


 彼女は急に背後から人一人分の体重をかけられてしまい、顔面から床にダイブしてしまいました。


 彼女の傍らにいらしたグレイ様が手を差し伸べ、私を紳士的に起こしてくださりましたわ。彼の所作は本当に物語から飛び出してきた王子様そのものでした。


 まあ、正真正銘の王子様なのですけど。


 グレイ様は本当に素敵な殿方だと思います。彼は私の初恋の人。一目見たその日から世界が変わってしまうくらい素敵な王子様でした。


「ご無事ですか、ディートリヒ嬢。申し訳ありません。ルーは、いえ、ルクレシアにとって他人は私の道を阻まないものと考えているものでして、人が来ても自分が避ける必要はないと、本当に申し訳ありません。私が彼女に甘すぎました」


 ふふふ、グレイ様のおっしゃる意味が分かりません。だってどう考えても私が悪いのですから。ですが、その意味のわからない助け船。あえて乗らせていただきます。


 さあ、始めましょう、ルクレシア様。


「いえ、グレイ様悪いのは私とルクレシア様ですわ。グレイ様が謝ることなんて何一つありません」


 さあ、早くこちらを向くのです。ルクレシア様。


「エミリアさん? 貴方またですか? 前回の夜会では確か池に落としていただきましたわね」


 ああ、素晴らしいです。ルクレシア様。もっとその蔑んだ瞳で、私を捉えてください。


 きっと私がこの気持ちを素直に顔に出してしまえば、彼女はもっと蔑んでくださるのでしょう。でもまだ駄目です。もっと様々なことで彼女に蔑まれないといけません。


 まだ表情に出してはいけません。まだバレてしまうわけにはいきません。私はセリフに合うような表情を上手く作り、震えるような声を出していました。


 ああ、今日も満足致しました。あまり長時間蔑まれてしまいますと、私の本性がばれてしまいますものね。


 でも、いつか私の本性を知って頂き、心から拒絶して頂くことをお待ちしております。


 私の愛しい愛しいルクレシア様。


 いつからでしょうか。グレイ様を追いかけて追いかけて追いかけて。いつも傍らにいるルクレシア様が憎くて憎くて憎くて。


 彼女に様々な嫌がらせを施しているうちに、彼女の瞳に惹かれるようになった。


 次はどんなことをしでかせば、彼女は私を蔑んでくれるのかしら。待ち遠しいわ。でも今日の行いは失敗ですね。


 ルクレシア様。まさかお顔から床にダイブされるなんて。


 素敵な顔が腫れてしまって、もし私の黄金比である蔑んだ表情が崩れてしまったらいけないわ。やはり熱々の紅茶をスカートにかけて差し上げましょう。


 何が何でも、ルクレシア様の顔は死守しなくては。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る