ポンコツ公爵令嬢は変人たちから愛されている
大鳳葵生
何もできない公爵令嬢
第1話 公爵令嬢ルクレシア
社交シーズンが始まり、王宮では今年最初の夜会が行われることになりました。公爵家からは公爵閣下である父と、私が参加することになりました。普段は兄にエスコートをして頂くことになっていました。ですが本日、兄は騎士団の仕事により欠席となっています。
父は王宮での役職を持ち、途中参加されることとなっています。つまり私をエスコートしてくださる方がいないということになっていますが、先日、父がエスコートして頂く方を見つけてくださったと聞いて一安心して王宮の目の前に到着致しました。
馬車の扉を御者であるヤーコフさん。父よりやや年上のおじ様が開いてくださり、私は軽くお礼を言い、夜会の会場である王宮の方に視線を向けました。
私が王宮を眺めていますと、すぐ後ろに停まった馬車から、別の令嬢が降りてきましたわ。
馬車にはクラヴィウス伯爵家のエンブレム。それでしたら、彼女は私のかわいい友人に違いありませんわ。
私の金髪と違い、綺麗な銀髪の少女が私を見つけにこりと微笑みました。紫紺の瞳は真っすぐ私を捉えています。近づくと背はやや低めの小柄な少女。私の親友レティシア・クーデンベルク・クラヴィウス伯爵令嬢に違いありません。
「こんばんは、レティシア様」
「こんばんは、ルクレシア様。本日もとてもお美しいですわ」
「あら? ルクレシア様、いつもエスコートしてくださっているお兄様はいらっしゃいませんのですか?」
レティシア様は、いつも私の傍らにいらっしゃるお兄様を探す様に、首を動かしています。
「本日、兄は騎士団の仕事で遠征にいってらっしゃいますわ。ですが心配いりません。本日は父が選んでくださった方がエスコートしてくださることになっています。私まだどなたか存じ上げていませんからとっても楽しみですわ」
そういえば、本日のエスコート役の方とはどちらで落ち合えばよろしいのでしょうか。
私、もしかして他の公爵家嫡男の方など色々妄想しておりましたら、詳しい話を聞きそびれてしまいましたわ。
まあ、この妄想もいい方向の妄想は半分程度でしたのですけど。そもそも、普通に考えれば親類の誰かが来るに決まっていますわ。
しかし、いけませんわね。長いお話となりますと途中から内容がスッポリ飛んでしまいますのよね。ええ、それはもう余計なことを考える私が悪いのですけど。
人の話を聞かずに妄想に入り浸る癖は、とっても楽しくてやめられませんわね。
妄想に入り浸っている私って、なんて想像力豊かなのでしょうか。はて、何故私は妄想のことを考えておりましたのでしょうか。
「まあ、ルクレシア様でしたら間違いなくそれ相応の方がいらっしゃいますわ。当然、ベッケンシュタイン公爵家に相応しい殿方が迎えに来るに決まっていますわ。私がこちらにいらっしゃいますと、お邪魔になるかもしれませんね。では先に会場に参ります故、後程お会いしましょう」
レティシア様は胸元の高さで手を振りながら先にお城に向かわれましたわ。
彼女の傍らでただ黙って付き添っていた殿方は確か、レティシア様の婚約者様だったような気がするわ。あまり覚えていませんのですけれど。なんか少し不気味なんですよね。
さてさて、私はどちらに向かい、どなたを待てばよろしいのでしょうか。
親類はあまり期待できませんわね。父に生きているご兄弟はいらっしゃいませんし、母は隣国出身の為、わざわざこちらの国の社交界にいらっしゃるとは思えません。
妄想でありましたが、そのほかの公爵家の男児であれば、彼らもまたお茶会や夜会などである程度交流のある方々ですから正直、どなたが来てもおかしくない。つまり誰が来ても反応を窺がわなきゃいけないのですよね。困りものね。
ですが、万が一、幼馴染である第一王子のグレイ様でしたら間違いなく私を遠めに観察して困っている私を見て楽しんでいるに違いありません。
周囲を見回しましたが、それらしき人物は見当たりません。
エスコートしてくださる以上、会場に入る前に逢えるとは思います。ですが、到着がまだなのか待ち合わせ場所が違うのかが全く分かりません。
とりあえず、いつまでも正門にいてもおかしいですわね。これは意を決し、会場である王宮に向かってみましょう。
王宮の入り口に向かって歩き始めたタイミングで、私が降りてきた誰もいないはずの馬車から、一人の銀髪の男性が降りてきました。
「ひどいなぁルーは、エスコート役を懇願しておきながら一人で行こうとするなんて」
「え? グレイ様、どちらにお隠れになっておりましたの?」
私の馬車から突然現れた彼は、第一王子のグレイ・ネイティ・アルデマグラ様で間違いありませんでした。第一王子と表現しましたが、王子は彼一人しかいらっしゃいませんけど。
「床の下にある収納スペースだよ」
「なんてところにいらっしゃるのですか。そもそも王子がそんなところに潜り込まないでください。大体そんな場所にいて楽しいのですか?」
「とても楽しかったよ。ルーのぼーっとした間抜けな顔はいつ見ても楽しいからね。下からになってしまうから見にくかったのが残念だね。今度は壁に収納スペースを用意してくれないかな?」
「用意いたしません! なんてところから覗いているのですか! 変態にも限度があります! 私を下から覗くなんて! 下……から?」
床に穴が開いていて、下から私の様子を伺っていた?
「まさか、見ておりませんよね?」
私の顔がだんだん赤くなっていくことがわかります。ドレスを着た女性を下から覗くなんて、移動中は座っているからともかく、乗り降りは立ち上がるのですよ。
「一応、目は瞑ったよ。僕は君を困らせたいだけだから。それに赤面が見たいなら君にわかるようにやるさ。紳士的じゃないね」
「お止めください」
そもそも、わかるようにやっても紳士的ではありません。
グレイ様はいつもこうです。私を困らせたり、辱めたりするのが思考の娯楽な上に、よそ様の前では、完璧な王子を演じる変態なのです。
父も騙されているのね。グレイ様は熱心に私のもとにくるものだから、父は私とグレイ様が相思相愛だと信じている可能性がありましたが、これは確信しました。私たち相思相愛だと勘違いされています。
父が一方的に頼める相手となれば、よその公爵家や侯爵家などだろうと思っていました。しかも今回は。王宮で行われる王国主催の夜会ですわ。王子自らエスコートするだなんて。
「そろそろ行こうか」
これ私また他の貴族に勘違いされますわね。もう慣れましたのですけれど。
グレイ様の手をとり、私は夜会の会場に入りましたわ。
会場に入ると、みな私たちというよりは正確にはグレイ様に注目し、王子にエスコートされている私もついでに目に入っているというところでしょうか。
周りにいる独身の令嬢達はあからさまに反応していますね。他にも我が公爵家と政治的に対立することになる革新派の貴族たちがいい顔をしていません。
ええそうでしょう、独身の彼にエスコートされている独身の私を見て二人がそういう仲であると思うのは当然です。
そしてそれを見せびらかしてあとで私が困るのを楽しむために引き受けたであろうこの王子。
周りの視線がきつくなるにつれ、グレイ様の表情は段々いい笑顔になっていますわ。しかもあえていい顔をしない貴族や令嬢のところにばかり挨拶に回る。私の表情はグレイ様の表情と反比例しない様に何とかいい笑顔を作って応対しています。
わざわざ対立しそうな方々のところを選んで足を運ぶ。これではまるで、私が彼ら彼女らに対してけん制しているようですわ。
当然、私に対し、友好的な方々が来る分には彼も一切拒むことなく、丁寧に挨拶で応対しておりますし、私も笑顔で挨拶することが苦ではありません。
やはり、私以外の人がいる手前、本性を晒すような真似は致しませんのね。できればいつもこうしていてくだされば欠点のない方ですのに。
なるべく私には敵意はありませんよ。と、伝わるように挨拶をしておりましたのですが、やはり他人から見て貴方なんて相手になりませんわと言っているように聞こえていますのでしょう。
挨拶前と挨拶後で、眉間のシワが一つ増える人が少なくありませんでした。
なぜ私がわざわざあなた方の敵にならなくてはいけませんのでしょうか。むしろ私は平和主義者ですのに。
まあ、こう口にしても誰も信じてくれませんのでしょうね。グレイ様のおかげで私はすっかり高飛車お嬢様なのですから。
私以外に対して、人当たりの良い第一王子のグレイ様と幼少期は特に我が儘ばかりで育った公爵令嬢。私が彼にいじられているなど誰が信じますでしょうか。
まあ、いじられたと言いましても、かわいい悪戯程度のことをされて、ただただ私が困っているのを楽しんでいるだけなのですけれど。
目立った実害がない程度に私を困らせていましたが、今日のこれは後々響きそうですわね。間接的に他の貴族たちからの実害を誘発されていますわ。
グレイ様は私の天敵代表ですが、夜会に現れる私の天敵はもう一人います。そして彼女なら挨拶周りが終わった今ぐらいが一番危険なのです。
周囲を警戒していたがもう遅いことを悟った私は、後ろからの衝撃を受け、顔面から床に顔をぶつけましたわ。ふかふかの絨毯で助かりました。結構痛いですけどね。
グレイ様が、私に衝突するように転んだ赤い髪の令嬢に手を差し伸べましたわ。
「ご無事ですか、ディートリヒ嬢。申し訳ありません。ルーは、いえ、ルクレシアにとって他人は私の道を阻まないものと考えているものでして、人が来ても自分が避ける必要はないと、本当に申し訳ありません。私が彼女に甘すぎました」
いえいえ、いくら私でも気付いていましたら、よけましたわ。後ろに目を頂ければ、それはもうすぐに避けましたし、正面から来てくだされば、勿論避けましたわ。
ですが、赤い薔薇だってこの王子が白といえば、みんなが白というように、私のことを王子が言えばみんな王子が言った通りの令嬢と認識する。
「いえ、グレイ様悪いのは私とルクレシア様ですわ。グレイ様が謝ることなんて何一つありません」
ディートリヒ嬢と呼ばれた令嬢は、グレイ様の手を取り立ち上がると、なぜか私巻き添えにして自分が悪いと認めましたわ。
「エミリアさん? 貴方またですか? 前回の夜会では確か池に落としていただきましたわね」
彼女はある時は私を池に落とし、またある時はジュースを白いドレスにぶちまけ、またある時は私の前で盛大に転び大きな声で痛みを訴える頭の痛い方。エミリア・ディートリヒ伯爵令嬢です。
しかし、彼女は厄介なことに、私とグレイ様が一緒の時に必ず現れます。そしてそれをグレイ様が面白がる故、あたかも私が悪いかのような方向で話が進むのよね。
「何をしているのですか、ルクレシア様。ご自分のせいでグレイ様に恥を掻かせてしましましたのですから、お早めに謝った方がいいですよ」
「いえ、あなたが私に謝り忘れていますわ」
「ひどいです、私はルクレシア様とぶつからなければ転ばなかったのに」
「ええ、そうでしょうね。できればあなたの方から近づかなければ宜しいと思いましてよ。何なのですかあなたは獣なのですか? ぶつかってきたのは間違いなくあなたの方よ」
「ルー、彼女を責めないであげて、公爵令嬢の君が威圧したら、伯爵令嬢の彼女が委縮してしまうよ。権力で脅すのはよくない」
貴方がそれをいいますか。まあ、貴方が権力を行使してまで脅すのなんて私くらいですものね。今日だってもしグレイ様が同じ公爵家出身の方でしたら思いっきりお断りしていましたわ。
その後も周りから白い眼で見られながら夜会は幕を閉じましたわ。問題はこれからですわね、今日の私と彼の入場はこれからの社交界に大きな影響を与えるでしょう。
まだ婚約もまだの二人が同伴して現れたのですから。
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