少年とほら吹き男爵

白木錘角

第1話

グリムノーツ。

 それは運命を持たない「空白の書」の持ち主達の集団。

  定められた運命を持たないが故に、何にも縛られない彼らは数多の想区を渡り歩き、幾千もの物語を知る。

  それでもなお、彼らの新しい物語を知りたいという欲求は収まらない。

 そして、彼らはある事を思いつく。

ー過去の偉大なる語り手達「創造主」の魂を呼び戻そうー


かくして創造主達は塩の体を得て、この世に再び顕現する。

だが、創造主という強すぎる光が何をもたらすかに、この時はまだ誰も気づいていなかった……。



 どこかの想区の薄暗い森の中。そこに一人の少年がいた。

 少年は周りに誰もいないことを確認すると、抱えていたそれを慎重に樹の幹に立てかける。

 それは少年とほとんど同じ大きさの巨大な鏡。その大きさのために、遠くまで行く事は出来なかった。耳をすませば、仲間たちが騒ぐ声が微かに聞こえてくる。

 ……昨日までは、少年もその中にいたのだ。無意識の内に少年は歯を食いしばる。

「エレナァ……!」

 少年は憧れていた。例えばおばあさんのお見舞いに向かう赤ずきんの女の子のお話。例えば茨に囲まれた城で眠るプリンセスのお話。例えば妖精と人間が織りなす愛と狂騒の喜劇。そんな人を惹きつけてやまない物語を産みだせる創造主達に少年は憧れていたのだ。

 だが、少年は彼らのようにはなれなかった。彼の創った物語が輝きを放つ事はなかった。グリム兄弟やシャルルは彼の物語を褒めてくれたが、彼らの物語を知る少年にとって、その言葉は只のお世辞でしかなかった。

 しかし、創造主達は人類史にその名を残す稀代の語り手。言うなれば数多の創作者の頂点に立つ存在であり、その彼らに追いつけないからといって自分を恥じる事は全く無い。少年も心の奥底ではそれを理解していたからこそ、理屈では抑えられない劣等感に苛まれながらも創造主達に憧れ続けることが出来たのだ。

 そう、あの日までは……


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