彼岸花~相思華~

@yawaraka777

第一幕 ある夏の日

彼岸花「別名曼珠沙華」彼岸の頃にまっすぐに伸びた葉もない茎に放射状の花弁をつける。

その後、晩秋に花が落ちた後に、茎に葉が付き始める。その様から、韓国では「花は葉を想い、葉は花を想う」と

「相思華サンチョ」と言われる。

 花言葉、想うはあなた一人・また会う日を楽しみに・悲しい思い出・・・。


第一幕


頃は江戸初期、大阪ではこの夏最後の戦が行われ、真田幸村が日ノ本一の兵(つわもの)の誉れとともに討死。天下の趨勢はいよいよ徳川一色。最後の武士もののふといわれた幸村の討死とともに戦働きを主とした武士の時代は終わりを告げた。

同年初秋、武蔵野国、まだまだ残暑が厳しく蝉があちこちで束の間の地上での生を謳歌している。

「暑い」

次から次へ額から首筋へ流れ落ちる汗を拭いつつ腰に差しものをした男がある家を目指し歩き続ける。

この男、身の丈は五尺四寸とそれほど大きくはないものの、無駄のない筋骨をしており、歩き方もどっしりと髪は長い髪を上で結んだだけ、何よりも放つ覇気が尋常ではない。道行く人々は勿論、山で怖いもの知らずの賊達でさえこの男には近づかない。今も、遠巻きにこの男を村人たちは奇異の目で見ている。道を尋ねようと、桶を洗っている男に話しかけると、桶をひっくり返して腰をぬかしてしまった。しかし、この異様な男の存外穏やかな口調にまたまた驚いたが、取って喰われるわけではないと胸を撫で下ろして、

「道場やぶりかい?やめときな。誰とも手合せしないよ、あの先生は。今までだって、柳生の兵庫助、吉岡の伝七朗等もしつこく通ったが、最後は何だあの腑抜けはと悪態ついていく始末。うちらだって、剣の稽古をしているとこなんかみたことねェ。人は良いんだがなぁどうにも・・」

まだまだこの男の話が終わりそうにないので、頭を下げ、目的地へ歩き始めた。

 「確かこの辺りか・・」

村はずれの小高い丘に塀に囲まれた屋敷の前に立ち男はつぶやいた。屋敷といっても母屋一つにその周りに五畝の畑と井戸、柿の木や赤い彼岸花が何本か咲いているだけのものである。

 「たのもーーー・・・。」

何度か叫んだが返事はない。仕方なく、開け放ちの門を抜け、玄関の戸を開けながら「御免」と土間に入る。その先の、居間の縁側に白髪の男が座っている、膝には気持良さげに三毛猫が日向ぼっこをしている。居間から見える庭には畑や柿の木、彼岸花の赤が良くみえる。小ざっぱりとした、白髪の男、髪は乱れなく後ろで纏められており、着物もきれいにしてある、何より近づけば白檀のかほりがほのかに漂う。

「たのもー。」

もう一度白髪の男に向ける。猫を撫でつつこちらを向きもせず「客人か・・」

と呟く。

「返事が無かった故、勝手に入らせてもらった。」


変わらず猫を撫でつつ、

「かまわんよ、何もお構いできんが、上がっていきなさい。」

上り框に腰を下ろし、草鞋を脱ぎ、手拭で足を拭き居間に上がり、白髪の男に近づこうとした刹那、暑い汗が、冷たい汗に変わった。何だ?この感覚は・・?初めての感覚に動揺する男。

幾度となく命のやり取りをしてきて、ただの一度も感じたことのない感覚。・・・命を握られている。今までは、自分がその側であった。どんなに評判の相手、氣合をぶつけてくる相手にも握られたことはない、ある種その空間自体を自分が把握しているかのような錯覚さえ感じた。

それが今、自分に降りかかっている。この白髪の男の背中、隙だらけであるが、隙が無いようでもある。殺気や闘気といったモノも皆無、無我・空とはこういうものか、ただ自然のように大いなるものを内在しているのを感じる。次元が違う。男は、柳生、吉岡は何をもって腑抜けと抜かしやがったんだ、こりゃホンモノだと心の中で嘯いた。

「座らんのかね?」

白髪の男の声に我に返り。

「うん?うああ、み、水を頂きたい、この暑さで喉が渇いてしょうがねェ」

やっとのおもいで口にした。

「勝手に飲みなされ」

土間の水瓶を指差す。

「かたじけない」

土間に行き水瓶に入っている水を柄杓ですくい三杯飲み干し、ついでに顔を洗って気持を落ち着けた。

「おもしれェ・・。」

小さく吐き出し再び、居間に上がり白髪の男に近づいた。今度は、呑み込まれず鍔に手を当て殺気をぶつけてみた。白髪の男は変わらず、膝の三毛猫は大きな欠伸をしている。はて?自分が放つ殺気なら、猫等の獣も反応して逃げ出すはずだが、どうだこの猫は安心しきっておる。なるほど、白髪の男が俺の気を呑み込んでおる、その膝におれば安心か・・。小癪な猫め!と「ふっ」と笑い、男は闘る気を失せ刀から手を放しざまどっかと座り白髪の男の斜め後ろに胡坐をかいて座った。

「ぷぅ~っ!」と天を仰ぎ大きく息を吐き出す男。

「まったく騒がしい御仁じゃのう」

膝の上の猫に話しかけるように言った。それに応えるかのようにまた大きく欠伸をする猫。

「本当に小癪な猫じゃのぅ。」

男は猫を睨む。気持よさそうな猫。蝉の鳴き声だけが耳に響く居間。やはり暑い・・。徐々に普段の感覚を男は取戻していた。


「して、お若いの仕合が所望か?」

しばらくの間の後、白髪の男が口を開く。

「如何にも!と言いたいところだが、少々困っている。」

「ほう、困っているとな?」

男との掛け合いを白髪の男は楽しんでいる様子で、声が弾んでいる。

一方、大層真剣に悩んでいるのは、男。腕を組みつつ、

「うむぅ。仕合うにもどうにも、其処許がノッてくる気がせん。何より・・一度負けてしもうた感じがする。剣に生きる以上、一度の負けは死を意味しておる。しかしオレは、まだ生きている。それなのに、仕合を申し込んで良いのか?どうか?・・

しかし其処許の氣に当てられ、やる気を無くしている自分もおる気もする。いやはやどうしてよいやらオレには、解らん・・。」

更に悩む。

「はっはっはっはっ!大層正直者じゃのう。」

弾けるように笑った後に静かに白髪の男は続ける。

「お主、生きておるというたが、それで良いではないかね?死んでは剣も振れんぞ、勝ち負けで言えば、生きてるうちは、勝ちじゃよ。」

「そういうもんかのう・・。それでは、何をしても生き残ったら勝ちということにならんか。オレは、純粋に剣の仕合いをして勝ちたいが。」


それにまた静かに猫を撫でながら、

「随分勝ち負けにこだわるのう。まっ、剣に生きるものの業かの・・。一つ聴くが、そんなに勝ってその先は何を求めておる?」

「もちろん、天下無双よ!」

膝をパンッと叩き、男が大きな声で応える。「ふっ」、と小さく笑い白髪の男が、また質問する。

「では、その先は?」

「先っ?」

まさか、そんなことを聞かれると思ってもみなかった男は困惑した。一しきり考えた後、

「そんなこと分からんわ、とにかくその景色を見てみたい。無双とはどんな感じがするのか?なった後のことは、なった時に考えるわ。」

「ふむ、では、その天下無双とは、どうやったらなれるのかね?」

「そ、それは、もちろん色んな者と仕合って、勝って勝って勝ちまくり、仕合うものがいなくなったら・・?」

自分の言ってるうちに違和感を覚える男。

「お主の理屈では、日本中の皆死んでお主だけ残ったら天下無双ということになる。それで満足かね?」

「そ、そこまでは、せんわ!しかし、剣は人を切るためのもの、人を切らずに剣の道を究めることは出来ん。」

「ふむ。人を切れない剣は剣では無い。一理あるの。だが、本当の強さとはそういうものか・・。先刻、お主は、負けたというておったが、儂は剣を抜いて切っていないし、お主は死んでいない。果たして、人を切る事だけが、剣かね?強さかね?」

「そ、そうかもしれんが、仕合いは、実際やってみんとわからんものでもある。実際やったらオレに切れるかもしれんじゃろが。」

最早、子供のような男。一方、猫の喉をならしつつ白髪の男は静かに。

「では、儂を切ってみるかね?刀は床の間じゃ、お主が刀を振れば簡単に切れる。」

そういわれた瞬間、男の汗はまた冷たいものに変わった。蝉の声も一瞬にして消えた。そればかりか、目の前の白髪の男の小さな背中が、自分の視界を埋め尽くすほど大きく視える。二度も同じような轍は踏むまいと、男は「ふ~っ」と丹田に力を込め重心を鎮めるとともに氣持を重くし、白髪の男の氣に飲まれまいとした。

「よし、切る。」

心を決め、眼に殺氣を込める。

・・が、身体が反応しない。これまでの人生、今の一度も自分の想いを裏切ったことのない、いやそればかりか自分の思った以上の働きをして幾度の死線を越えてきた自慢の身体が、指先一つ動かせない。息苦しい、どの位時間が経ったのか・・。

汗が瞼の上から瞳に入った。瞬きをした、いや出来た瞬間に、時間が動き出す。

「ぷはぁっ!」

弾けるように息を吐き出す男。汗がどっと噴き出す。

「クソッ!なんだってんだ!」

畳に両手を着く、ポタポタと汗なのか滴が落ちる。


「お主は十分に強いわ、相当な死線を越えてきておるな。久方ぶりに、良い仕合が出来た。それなのにまだまだ強くなりたいのかね?」

「成りてェ。いや成らなくてはいけねェ。親父は、としてある戦で大将首を獲ったが、自分とこの侍大将に殺され、殊勲を奪われた。その後、一家五人の食い扶持を得るために村一番の美人だった母ちゃんは、色んな男に身を売った。最後には客から病をもらっておっ死んじまった。あんなに綺麗だった、お母の肌が最後には、見れないぐらいに浅黒くなって、骨皮だけになっちまいやがった。オレも残された弟妹達の為に、小さいころから色んなとこに奉公にいった。そのたびに、親父の事をまぬけ扱いされ、苛められた。母ちゃんの事は、売女よばわりだった。その中には、母ちゃんを買ったことある商人もいた。惨めだった、悔しかった。オレが何をしたっていうんだ。オレは思った。元々、親父がクソ侍大将にやられるくらい弱いせいでこうなったんだって。弱いせいで、惨めに、馬鹿にされる。だから強くなるために、剣を選んだ。剣の上では、皆平等だ、身分や、金持ち、何も関係ない。

切るか、切られるかだ。天下無双になって、世間のやつを見返したい。だから、オレは誰よりも、強くならなきゃならねェ、弱けりゃ馬鹿にされる。惨めになる。世間に負けちまうんだ!」

 男は、畳に手を着きながら、一気に捲し立てた。

白髪の男は、

「このご時世良くある話じゃ、同情はせんよ。ただ・・。」

と静かに日向ぼっこをしている。

「当たり前ェだ!して欲しくなんかねェ!・・ただ、何だ?」

男は聞き返す。

「ちと話をしようと思うが、どうじゃ聴いてみるかね?」

男は、それを聞いた途端にずずいと白髪の男に近付き、

「強くなるための秘訣か何かか?是非ともご教授願いたい。」

その様子に、「ふっ」と小さく笑い、男を見ずに言った。

「それは、聞くお主次第じゃよ・・・。」

第一幕【了】

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