幻想短篇集

弓場 勢

忘れ形見―1

 ――いつまでも君を愛している。

 

 太陽の光が燦々と降り注ぎ、

 春の陽気に当てられた花々が咲き誇る。

 ここは剣と魔法の国。

 死の王を滅ぼした英雄伝説のある国。


 朝露が窓を濡らし、陽の光が反射する。

 反射した光が胸甲に反射して、地面を照らす。

 青の騎士服に白鞘の銀剣。

 僕は毎朝の楽しみに頬を緩ませ、様々な店が立ち並ぶ街を歩いていく。

 しばらく歩いて足を止め、

 体の向きを右へ変え、

 正面にあるのはとある喫茶店の扉だ。


 僕は臆することなくドアノブに手をかけた。

 しゃらん、しゃらんとベルが鳴り、

〈OPEN〉と書かれた看板が揺れる。


「いらっしゃいませ」


「こんにちは、テリシアさん!」


 扉を潜った先に居るのは、一人の女性だ。

 太陽を宿したかのような透明感のある金髪を三つ編みに結い、瑠璃のように鮮やかな碧眼がぱっちりと開いている。

 ここに来る者、皆が皆、その姿に見惚れて扉の前で立ち尽くしてしまうほどの美貌。


「今日もコーヒーですか?」


「はい、いつも通り濃いめので」


「分かりましたした」


 彼女は一度微笑んでから、抽出機に手を掛ける。しばらくして出されたのは黒い液体。

 とても食欲をそそる色合いでは無いのに、

 中々どうして香りは非常に芳しい。

 コーヒーが喉を通るたび、体の芯に熱が伝わり、それがまた良い。


「今日も、冒険しに行くんですか?」


 彼女の表情がどことなく翳っていた。


「青の庭園に行こうと思って」


「まあっ、綺麗なお花がたくさん咲く、あの?」


 翳ったと思えば途端に明るい顔。

 ああ、癒やされる。


「はい、あの青の庭園です」


「――――さんたらもうっ」だなんて、彼女の笑う顔は本当に美しい。


 青の庭園。それは綺麗な花畑があることで有名なのだが、咲く花がまた特別なのだ。

 青く輝く花、そこに在る限り決して枯れず、一年中咲きつづける神秘的な花。

 青の庭園の周りには凶悪な魔物が跋扈ばっこしている。

 彼奴らの凶爪を潜り抜け、青い花を〈時止めの瓶〉にいれて、意中の女性に送る。

 これならばきっと彼女も僕の想いを聞き届けてくれよう。


 街を出て、空を仰ぎ見る。

 今日は快晴、時間も良いし、

 何より店を出るときにテリシアさんからお弁当が貰えた!!

 僕は意気揚々と街道を歩いていき、一時間が経った。

 青の庭園を縄張りにしていた魔物も苦労することなく討伐。


 ――来る途中に見た数え切れないほど剣の刺さった丘は何なんだろう。


 いや、そんな事を考えたって無駄だ。

 僕が無知だっただけの事なんだ。

 気にすることはないのだ、

 と足早に花畑へ駆けていった。


 さあ、花を瓶に入れよう。そう思ったときだ。突如、背後から足音が聞こえた。

 まるで瞬間移動でもしてきたかのように、

 唐突にだ。


「誰だ!」


 相手が剣を振り上げた。

 僕はすかさず剣の柄に手を掛け、抜剣。

 勢いのままに一閃――――。


 ゴッと頭を鈍い衝撃が襲った。

 視界の先に見えるのは首から下を無防備に晒した間抜けな剣士と、涙を流しながら剣を振り切った騎士。


「すまない、救国の騎士よ。どうか心躍る想いを胸に眠っておくれ」


 首なし剣士の頭上に紫色の稲妻が走った。

 稲妻が踊り、

 幾重にも及ぶ魔法陣が天を衝いた。


 僕の意識はそこで暗がりへと落ちていった。


「いらっしゃいませ!」


 心地よい鈴の音色が聞こえた。

 いつものようにコーヒーを飲んで、

 愛しの君が微笑んだ。

 今日こそ勇気を出して、想いを告げよう。


 そのため、さあ、


 ――――いざ、青の庭園へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る