無能転生 -なので元飼い犬だった彼女のペットになったボクー

まさか☆

第1話 無能転生

 目覚めたら異世界だった――。そう気づいた理由は簡単だ。山深い森で、目の前には三メートル近くある岩の巨人に見下ろされ、かつそのふり上げたこん棒のようなもので狙いを定めており、ボクはそれを見上げているのだから……。

 転生した途端にあの世いき……。転生した世界で死んだら、元の世界にもどされるのだろうか? 家族とも疎遠、特に友達もおらず、ブラック企業に勤め、生きる希望も価値もない、と思っていたあの世界に……。

「ブレイジング・シザーッ‼」

 その声と同時に、レーザーのようなまばゆい光が宙を切り裂き、それが岩の巨人の首を真っ二つにした。崩れ落ちる岩を、ただ呆然とながめていたが、遠くから「大丈夫か、旅人よ」と声をかけられた。

 ふり返ると、そこにはほぼ黄金色といってよい、腰まで伸びる赤毛で、騎士のような甲冑で身をつつみ、細身のサーベルを手にした少女がいた。目つきは剣士らしい鋭さがあるが、すっきりとした顔立ちは、瞼にずっと焼きつけておきたくなるほどの美貌――。ただそれ以上に、頭からピンと立ったケモノ耳、お尻にはふさふさの巻きシッポ、その外見も気になる。少女はサーベルを腰にしまいつつ「ここは魔獣の森。早く街へ行かれるがいい」と、こちらに近づくこともなく、凛と告げてきた。

 お礼の一つも言いたいところだけれど、近寄りがたい雰囲気を醸しており、かつ相手は剣をもつ。先ほどの遠隔攻撃を見るまでもなく、ムリにでも近づこうとすれば、こちらが岩の巨人と同じ目に遭わされるだろう。

「ありがとう、助けてくれて!」

 大きな声でそう語りかけ、歩きだそうとすると、彼女のケモノ耳がぴくんと動き、慌てて駆け寄ってきた。間近でみると、さらにその美貌に目を奪われるが、それ以上に相手がこちらをみつめる視線が熱く、また真剣であり、たじろぐしかない。こちらが何も言えずにいると、美少女はその大きな瞳に涙を溜めて、嬉しそうにボクの周りで跳ねまわり始めた。

「オニさん! オニさんだよね? 何で? 何で⁈ やった! オニさんだ! オニさんと会えた⁉」

 それまでの凛とした様子から急変し、とびまわる姿はまるで小さな子供のようだ。ただただ戸惑っているボクにむかって、少女が飛びかかってきた。

 思わず押し倒される形になったが、美少女はボクの首にすがりつき、そのシッポははち切れんばかりに左右へとふられる。喜んでいる様子だし、美少女に抱きしめられて悪い気はしないけれど……。「君は、一体……?」

「私だよ。アイだよ!」

「アイ……? それはボクが高校生のとき、親が連れてきた柴犬の名前だけど……。え? お前、アイなのか?」

「そうだよ。やったぁ! こっちの世界で、オニさんと会えたッ‼」

 ぎゅっとしがみついてくるアイ……。そういえば、昔からアイはこうやって体をくっつけてくることが多かった。両親があまりできた人ではなかったので、家の中では常にボクと一緒にいるようになり、特に家族から嫌なことをされたときは、ボクのところに逃げてきて、体を押しつけて眠るようになった。ボクと一緒だと、それだけで安心できるようで、ぐっすりと眠れるらしい。今もぎゅっと抱きついてきて、幸せそうな表情を浮かべる彼女をみると、あのころのことを思いだす。かなり長くはなっているけど、細くてしなやかで、毛量の多いその毛を優しく撫でてあげる。

「ひゃん❤」

「あ、ごめん。つい……」

 お尻をさわってしまい、アイも慌ててお尻をおさえて体を離した。

「アイはお尻の辺りを掻いてあげると喜んだから……」

「あのときは、自分でお尻の辺りが掻けなくて、オニさんに掻いてもらうと、すっごく気持ちよくて……。でも、今はちがうから。自分で掻けるから、大丈夫だから、うん」

「そ、そうだよな。人間の姿をしているんだもんな。ごめん……」

 真っ赤になっているので、本当に人間のようだ。

「歩きながら話そうか。ここは魔獣の森で、いつまた襲われるかもしれないし……」

 アイがそういうので二人で歩きだす。まるで散歩のようであるが、あのころはアイも小走りで、ボクもジョギングぐらいのペースで走っていた。散歩にいくとき、最初はまるで溜まっていた力をはきだすように、全力疾走からはじまるのが日課だった。今はゆっくりと、森の中をまるで恋人が散策するように歩く。

「この世界はどうなっているんだい? 剣をもっているってことは、戦いもあるんだ?」

「そうなの。魔王がいて、その魔王によって魔の力が放たれ、魔獣たちが跋扈しているの。私たちは魔獣と戦い、魔王を討伐するために戦っています」

「魔法もつかえるのか?」

「魔法だけつかえる魔導士もいるけれど、私のように魔法剣士もいる。文明が発展していない代わりに、魔法で補っている感じかなぁ~」

 まさに異世界――だ。しかし最初に会えたのが、かつて飼っていたアイだったのは、幸運というか、恵まれていたのかもしれない。それに気づくのは、もう少し後だけれど……。

「ここは動物が人のようになるのか?」

「詳しいことは分からないけれど、どうやら人間と関わりの深かった動物が転生すると、こうなるらしい。人間よりも、圧倒的に私たちの方が多いよ」

 でも人間の転生者もいるのなら、いずれ会うこともあるかもしれない。そんなことを考えていると、森を抜けて大きな城門がみえてきた。堀があり、跳ね橋のむこうに木製の観音開きの門があり、その前には頭から鹿の角を生やした城兵がいる。人化はしているけれど、顔のほとんどは鹿であり、度合いはそれぞれのようだ。

「私は烈炙のアイ。城主からの要請でやってきた」

 きりっとした様子で、先ほどまでのデレデレした感じとはちがう印象となった。そういえば二人きりでいるときは、アイも甘えたり、のんびりしたり、結構自由にしていたが、他の家族がいたり、外に出たりすると、毅然と、堂々と振舞うことが多かった。

 門番は『烈炙のアイ』と聞いただけで、背筋がピンと伸びるほどの緊張をみせたが、背後にいるボクに気づいて「そっちにいるケダモノは?」

「ケダモノ……?」

 そんな疑問に答える暇もなく、アイが遮るように「こ、これは私のペットだ。私が管理するから問題ない」と応じた。

 何とか門を通してくれたが「ペット?」

「ごめんなさい。この世界のこと、まだよく説明していなくて……。ここでは人間が少数派。能力も低くて何の役にも立たないのに、言うことだけは偉そうで、いつの間にか『厄介なケダモノ』という認識が定着してしまったんです。だから、人を入れてくれない街も多くて、ここもそうだということを忘れていました」

「人間は厄介者……か。確かに、聴覚、嗅覚、視覚、どれをとっても優秀な動物には敵わないもんな。それら感覚器官は引き継いでいるんだろ?」

「多少は弱まりましたが、人間の転生者よりは確実に優れていますね。敏捷性、脚力、動体視力もそうです。それに異世界転生でも、特殊能力も与えられない人間のことは『無能転生』と呼ばれているぐらいです」

 確かに、異世界転生というのに、チートな能力は一向に感じない。

「だから君たちのペットという形でないと、町にも入れさせてもらえない、と……」

「あわわ……。嫌、ですか……?」

「郷に入りては郷に従えってね。ここでは人間がそういう立場なら、受け入れるよ」

「オニさんは、そうやって現状を受け入れすぎです。あの時だって……」

「あの時?」

「いえ……。その……。しばらく肩身のせまい思いをさせますが、私と一緒にいて下さいね」

「肩身のせまい思いどころか、お金も力もないボクにとっては、アイだけが頼りだよ」

「…………❤ う~ん……、私、絶対オニさんを守りますからね! 絶対、ぜぇったい守りますからね!」

 頼もしくなったアイの後ろに付き従って、ボクはこの異世界を生きていくこととなった。彼女のペットとして……。




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