年下に興味がない同性愛者の先輩とモテる異性愛者の後輩
汐 ユウ
第一幕 学生✕学生
□渡来史世について
「将来の夢は?」
なぜしきりに大人は将来についてしつこく書かせようとしてくるのか分からなかった。
「自分の将来だろ?」
威圧的に聞いてくる親が嫌で、とりあえず「教師になりたい」と少女は言った。
本当に教師になりたいと思ったことはある。でも、それと同じくらい小説家になりたい、デザイナーになりたい、栄養士になりたい、調理師になりたいなどとも思ったことがある。
ただし、なりたい・なりたくないというよりは、なれないが正解だった。
教育。「教」えることはできても、「育」てることができない。渡瀬史世は子供が嫌いだから。
「志望動機はなんですか?」
「大学で教育の勉強をしているので、将来のためです」
大学生になり、親からお小遣いがもらえなくなった史世が、アルバイト先に選んだのは塾講師で、個別指導塾。個別と謳っているわりに、同時に三人まで対応することがある。
「将来は教師を目指しているんですか?」
「そうです」
塾講師はシフトが少ない割に時給が高く、担当制のため史世にとってやりやすかったのが選択の決め手だ。面接ではいい顔をして、給料に見合う仕事をすればいい。
先生という高尚な仕事で稼いだお金は、趣味や交際に当てられる。しかし、史世が付き合う相手は年上ばかりのため、交際費はさしてかかっていない。
「やっぱ年上だなー」
苦手だった大人を好きになった理由は、史世が子供だったから。
■山田英玲那について
容姿端麗、特に異性に好かれる山田英玲那には明確な夢がない。将来はおろか、今この瞬間であってもやるべきこととやりたいがたくさんある。
強いて目標を一つ上げろと言われれば、アルバイト先の先輩である渡来史世に興味を持たれること。
史世が同性愛者であることは知っている。ただし、英玲那は異性愛者。別に先輩のことが好きなわけではない。
大学から一人暮らしを始め、思っていたより人肌恋しくなった。若者が持つ性的欲求は大してなく、単純に寂しかった。講義やアルバイトが終わった後、誰もいない家に一人で帰るのが寂しいだけ。
容姿のおかげか、寂しくなれば知り合った人たちと時間が合えば会ってご飯を食べたりした。もちろんその中には性欲の塊みたいな人間もいたが、ご飯が終われば即解散。
そして相手に笑顔で言うのだ。
「無理。普通に気持ち悪い」
□出会いはわりと普通
「山田先生」
「山田って呼ばないで! 何度言ったら覚えるんですか!」
史世と英玲那が出会ったのは、史世がが大学二年、英玲那が一つ下の大学一年の時の夏期講習。
「今度新しい子増えるから。無理かもしれないけど仲良くしてあげてね」
「無理かもしれないことをなぜ頼むんですか?」
「一応塾長だからだよ。女の子だし、頑張ってよ」
塾長がそう言ったのは理由がある。史世が人見知りで人嫌いだから。
(女の子!!)
「何年生ですか?」
「一個下」
(年下かぁ……)
史世のテンションはすぐ下がる。
「山田英玲那です。外語大の一年です」
(あっ……仲良くなれないわ)
英玲那は派手めな子だった。身長が小さいが、気は強そう。肩につくくらいの髪は一見黒色だったか、中側に紫を入れている。若干引き気味の史世の代わりに、塾長が紹介を始める。
「こちらは渡来史世先生ね。理数系科目だから、あまり被らないとは思うけど……英語の生徒いたっけ?」
ただし、すでに採用が決まっている人間の前では随分適当になる。
「います。英国数理やってる子が」
(塾来れるだけでも金持ちなのにすごいよなぁ。四科目も)
「渡来先生ってどっちもいけるんですか?」
挨拶代わりの質問。
「え、あーうん。社会以外なら。高校受験レベルは専門外」
返ってきたのは素っ気ない返事。
「山田先生、ごめんね。渡来先生は人見知りなんだよ。ほら、後輩の前なんだからしゃっきりしてよー」
(お前がしゃっきりしろ)
「あの、できたら山田じゃなくて英玲那先生って生徒に呼んでもらうことって平気ですかね? 山田って好きじゃなくて」
「いいよいいよー」
塾長は軽い返事をして、バックヤードから出て行った上に、扉まで閉めた。
「何で閉めるんですか!」
「着替えないの?」
史世は普段着のジャージのままだった。さすがに教える立場だから、置きっぱなしにしているスーツに着替えなければいけない。
「着替えますけど!」
(だからってなぜこの子と二人きりにするかな!? ほんと最低)
「クローゼットあるんですねー」
英玲那は初めてゆっくり見る部屋に興味を示している。
「男女共用の小さなロッカーですけど」
スタッフが使えるのは四畳くらいのバックヤードのみ。ただし簡易キッチンや冷蔵庫はあるので、結構快適に過ごせる。史世はまるで自室のように、授業がなくてもここでゲームをしていたりもする。
「渡来先生って大学はどちらなんですか?」
「都内の女子大」
「女子大!?」
「何でそんなに驚くんですか」
(すっごい見てくるなぁこの子)
目がくりっとしていることもあり、視線を強く感じる。
「全然女性らしくないなと思って」
(この子、やっぱ強いわ)
ジャージ姿。すっぴん。ただし、体格は普通の女性より華奢。
「失礼な人ですね」
「別に貶しているわけじゃないですよ。わたしも中高は女子校だったんで、渡来先生みたいな人いなかったなって」
着替え終わった。一目散にドアを開けて、「どうだった? ちゃんと話せた?」とでも聞き出そうな塾長を睨みつける。
(夏期講習被るよねー被るなぁ絶対)
「まだ時間あるから、英玲那先生に教材とか備品の場所教えてあげてね」
(ちゃっかりもう「英玲那先生」って呼んでるし)
「ここが教材の棚で、左が小中学生、右が高校生向けのテキスト。あと受験対策の問題集たちはここの上」
「生徒も持ってるんですか?」
(近い)
覗き込むように、史世の手元まで近づいてくる。
「テキスト一式は持ってますけど、受験対策のは持ってない。塾のロゴが入ってるやつだけ持ってます。他は別途購入したりとか昔のみんなが使ってたのを持ってきただけだから」
「渡来先生って古参メンバー?」
「オープンからいるけど、古参って言うほどここ古くないし」
(一年くらいだっけ)
「こっちの棚は小学生向けの謎解きドリル。飽きちゃう子もいるから、辛そうだったらこっち使ってみてください。
で、ここの下に用紙が入ってるから、試験問題のコピーとかしたいならお好きにどうぞ」
拡大印刷がいまいち得意になれない史世は、一度も使ったことがない。
「コピー機、使い方分かりますよね?」
「分からないって言ったら、手取り足取り教えてくれます?」
「マニュアルがここに入ってるんで読んでください」
(疲れた。帰りたい。てゆうか今って仕事時間じゃないから給料出ないし)
「私、準備するから」
「見てていいですか?」
(嫌だ)
「……どうぞ」
サービス残業がとてつもなく嫌いなので、出来ることは先に先にやる。
「さらさら用意してますけど、全部頭に入ってるんですか?」
「そりゃ受け持つ生徒で毎週何度も会うからね」
「真面目なんですね」
「馬鹿にしてます?」
「……卑屈ですね」
■オシャレは武器
「ねぇ、あやせんせ」
「その呼び方やめて」
「渡来だと被っちゃうし」
(妹は世渡り上手なのにー)
姉妹中がそれほど良くないわりに、史世の二つ下の妹がアルバイトでやってきた。それを機に親しみを込めて呼んではいるものの、先輩の心の壁はとても厚い。一年経ってもこの調子だ。
「あやせんせって可愛いじゃないですか」
「可愛さ求めてないもの」
「可愛くしないとモテないですよ?」
「モテたくない、別に」
「何で?」
「男好きじゃないし」
「え、つまり」
「塾長から聞いてないの? 私、女の子が好きなんです」
(!?)
「えええ!?」
「ちょ、うるさい」
「女の子相手なら、それこそもっと可愛くしてくださいよ!」
(信じられない。男なら顔が可愛ければいけるけど、女の目は厳しい。スッピンでも可愛いけど)
問題はそこではない。
「ジャージはない……ぇ、待って、あやせんせって学校から来てますよね?」
「? 大学終わったらそのまま来るけど」
「ありえない! 東京の町をそんな格好で! 佳弥乃になんか言われないんですか!」
「かやちゃんは……私に興味ないから」
佳弥乃は史世妹の名前だ。
「佳弥乃が一緒にいたがらないのって、そうゆうところじゃないですか」
(わたしならぜっったい嫌!)
「うーん。でもかやちゃんの服、あんまり好きじゃない」
(佳弥乃はミーハーで女の子らしいから、あやせんせとは合わないか)
「今度服買いに行きましょ!」
「えぇ……」
(何で嫌がるの?)
「社会人になったらジャージ生活できないですよ」
「体育教師になろうかな」
「バカ言ってないで空いてる日教えてください」
(ジャージで来ないでって言ったけど、ジャージで来たらどうしよう)
年上を立てるため、待ち合わせより少し早めに来た。
人と関わるための人心掌握術。史世が先生モードに入れば問題はないが、どことなくやる気を感じられないところは尊敬できない。
(教えるのは上手いのに勿体無い)
「ごめんね。電車遅れちゃって」
(待ち合わせ五分前……何分前に来るつもりだったの?)
「まともな格好できるじゃないですか」
流行りは一切取り入られておらず、無難。
「どんな格好で来ると思ってたんですか」
(変な服じゃなくてよかったー!)
「色彩センスはあるんですね。なのになんでいつもいつも……」
「ジャージって楽でしょ? 身体も冷えない上に動きやすい。みんなスーツなんてやめて、ジャージにすればいいのに」
「可愛くない……」
(この人、デートの時どうしてるんだろ。初対面ジャージとか、絶対恋人候補に入らないですよ。先輩)
「山田先生」
「……」
(わざとなの?)
「山田先生ってば」
「英玲那です」
「いいじゃん。山田は被ってないし」
「英玲那!!」
(山田って字面が可愛くない)
「はいはい。英玲那先生、私、先に寄りたいところがあります」
「いいですけど、遠いんですか?」
「んや、すぐそこです」
(ゲームかよ)
「何で服を買うって言ってるのに、真っ先にゲームソフト買うかなー」
「やっぱパッケージ版が好きなんですよ」
(そうゆうことじゃねーし)
いつ勉強をしているのか疑問なくらい、英玲那が会う時にいつもゲーム機をいじっている。
「英玲那先生はゲームやんないの?」
「ほとんどやったことないです」
「それは寂しいね。なんか貸しましょうか」
「今はやる時間ないので遠慮しておきます」
相手のペースに合わせていると服を見ずに終わってしまう。無理矢理腕を引くことにし、一箇所で決めることにした。
「どうです、これ」
「スカートはNG」
「は? なんで?」
「すーすーするし、動きづらいし、寒い」
(ほんとに女?)
「そんな美脚持ってるのに? なに、贅沢言ってるんですか」
(宝の持ち腐れ過ぎてムカつく)
「というか服いらなくないですか? 今普通にいられてるし」
(ゲーム買って満足してるし)
「いります。絶対にいります。ズボンで選ぶから、一つだけでもまともなの着て。お願い」
「女の子はオシャレ好きですね」
(女の子でしょ、あなたも)
「武器ですからね。自分をよく見せるための」
「うーん。英玲那先生は、ジャージ姿でも十分可愛いと思いますよ」
「……褒めてくれてるんでしょうけど、嬉しくない」
(あやせんせってまともな恋愛してなさそう)
□■こじらせた関係は、簡単に断ち切らない
英玲那に服を選んでもらった結果なのか、因果関係は証明できていないものの、史世に年上の彼女ができた。
「最近どうなんですか?」
(山田先生って言ったら怒られる……。英玲那、英玲那先生)
「先週も会いました」
「相手、関西の方じゃなかったですか?」
「結構な頻度で来ますねー。金持ちはいいなぁ」
(でも連絡多いんだよね。就活あるし面倒くさい)
「そっちは? 英玲那先生は彼氏できたんですか?」
(モテるもんなー)
「いないですよ」
(ってことはまだ……)
「まだ出会い系やってるの? ダメだよ、危ない」
「大丈夫です。まだ処女ですから」
(こんなに見た目チャラくてやったことないなんて信じられない)
「やーそうゆうことじゃなくてですね。なにか危ないことに巻き込まれたら大変だし、心配なの。せめて合コンとかにしなさい」
「心配してくれる感じですか?」
「そりゃ年下だもの。上が心配しなきゃ誰が心配するのよ」
「うわー長女って感じ」
「長女だからね」
「大丈夫ですって。ご飯おごってもらったりするだけですから」
「ご飯なら塾長におごってらえばいいでしょ」
「ナチュラルに雇い主をATM扱いする先輩すごいと思います。かっこいいっすね」
「本当にかっこいいなら私がおごるから」
「おごってくださーい」
「就活で授業入れてないんだから無理」
「就活かー。決まりそうですか」
「どうかなー。働きたくないな」
(綺麗なお姉さんに養われたい……)
「今付き合ってる人に養ってもらおうとか考えたらダメですよ」
「大丈夫。今の人はない」
(別れようかな。でも理由もないな)
「気をつけた方がいいのはわたしじゃなくて、あやせんせだと思いますよ」
「別れたい……」
しばらくした帰り道。ちょうど同じ時間に終わったため、史世と英玲那は肩を並べて歩くことになった。
「別れればいいじゃないですか」
「ほら……同性で付き合えるってなかなかないでしょ? 別に嫌いなわけではないし……」
「じゃあ何で別れたいんですか?」
「しつこい。こっちに来てくれるのはいいけど、回数多い。あとこうして英玲那先生と帰ってるのがバレたら怒られる……」
「バラさなきゃいいんじゃないですか」
「普段帰り道は通話してるから……」
(うっわ、無理)
「そんなストーカー女別れた方がいいですって」
「うーん。そうだよね」
(別れないな、これ。面倒くさい)
「次いきましょ、次。そうだ、わたしとかどうですか?」
(わたしは嫌だけど。一度くらい女の人経験してみたいかも)
「それは無理ですね」
「え!? 何で!?」
英玲那の二十一年の人生で、初めて振られた。
「何でですか!?」
「年下興味ないから」
「はぁぁ!?」
(一個しか変わらないでしょ!?)
「わたしを振るとか信じらんない……」
「いや、その自信の方が信じられない」
(何で? 出会えないとかいいながら選り好みするの? ていうかそれでわたしを外すってどうゆうこと?)
「あやせんせって面食いですよね?」
「面食いかもしれないけど、英玲那先生は違いますかね。年下だし背低いし」
「どうしようもないところで振るとか容赦ないですね……」
「というか、さっきの告白なの?」
(ほんとムカつく)
「もういいです。あやせんせは一度ストーカー女に、後ろから刺された方がいいですよ」
「何で? 待って、ここまで来たなら一緒に帰ろうよ」
(絶対に年下でもいいやって言わせる。絶対)
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