第187話 口にしないことも大事

寿子が、暗黒竜を煽りながら、こちらへと誘導してくる。


「質の悪い煽り運転にしか見えんな」


フラフラっとスピードを落として目の前に出てみたり、隣を並走してみたりと、しっかりと煽っているのが見てとれた。


「……あの……声が聞こえるんだけど……」

「うん……聞こえるよね……寿子さんの……声……」

「あんな風に笑うんだ……」

「……魔女と同じ……」

「あー、寿子のやつ……ヤベェ奴みたいじゃねえか……」

「「「「うん……」」」」


空から、遠くから響いてくる笑い声。



あはははハハハっ!



宗徳でも、あんな狂ったような笑い声は聞いたことがなかった。


「これは相当、楽しんでるな……」

「ここに来るの……忘れてませんかねえ……」

「……その内思い出すだろ……」

「「「「……ですかね〜……」」」」


たまにキャハハという笑い方もしている。完全に我を忘れていそうだ。


「とりあえず、笑い声が聞こえなくなるまで待つか……瑠偉達は、もう少し離れた……あの木の木陰ででも座って休憩しててくれ」

「いや、でも……」


瑠偉達が、木を警戒する様子を感じて、宗徳は笑って続けた。


「あっ、トレントじゃねえから大丈夫だぜ?」


散々、トレントを見た後だ。反射的に警戒するのも分かった。瑠偉達は、自分たちが何を警戒しているかも分からなかったようだ。そうかと納得しながら答えた。


「なら……」

「うん……あの様子だと、まだ少しかかりそうだし……」

「完全に追いかけっこだよな……」

「……楽しそう……」


暗黒竜は、かなり速かった。適度に力を抜いた寿子の速さに迫るほどだ。それが寿子には嬉しかったのだろう。


「まさか、魔女さんらと追いかけっこするわけにもいかんからな」

「….…相手が……欲しかった?」


瑠偉が首を傾げて見せる。


「ああ。そうだろうな。本来の姿になった徨流も結構な速さを出せるが、地球では無理だし、白欐と黒欐達とも飛んでたが、娘や息子みたいなもんだから、競争するっていう考えにはならんらしい」

「大人気ないものねえ」

「だろ? だから嬉しいんだろ。倒して、心を折っても良い相手。それも、そこそこの速度が出せる相手みたいだしな」

「ん〜、ならまあ、満足するまで飛んでもらえれば」

「うん。あの笑い声はちょっと怖いけど……」


そうして、瑠偉達は休憩に入った。


それから三十分後。


「あなた〜ぁっ。そろそろ行きますよ〜っ」


そんな呑気で元気な寿子の声が響き、宗徳の真上まで来ると、寿子は急上昇して、高さを充分に取ってから、暗黒竜に上から急降下しながらぶつかる。


どうやら、ある程度弾力を作った風の大きな楯をぶつけたようだ。暗黒竜は背骨を逆にしならせながら、地面に叩きつけられた。



ドォォォォン!!



土煙りが上がる。


「「「「すごい……」」」」

「いやいや、寿子! 危ねえだろうが!」

「怪我なんてしませんよ。それより、目を回している間に刻んで、ちゃっちゃと解体してしまってください。お夕飯の時間に間に合わなくなるわっ」

「……お前が遊んで……っ、なんでもないっ!」


例えそれが正しい指摘でも、すべきではない時がある事を、宗徳は知っている。


絡まれる前に解体に移った。もちろん、しっかり仕留めておいた。地面にめり込んだ暗黒竜は、完全に目を回していたのだ。


散々煽り運転に合って、思いっきりぶつかられた先がこれだ。少しばかり気の毒ではあった。


こうして見事、宗徳達は、仕事を完遂したのだった。夕食時のこの日の土産話を聞いた律紀や廉哉も、賢く口を噤んだのは正解だった。







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読んでくださりありがとうございます◎







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