第175話 素質があり過ぎるのも問題

人化した徨流は、嬉しそうに、楽しそうに宗徳と野菜を収穫していた。


「寿子の所に戻っても良いんだぞ?」


そう言ったが、徨流は首を横に振る。


「いいのっ。いまもどって、さあちゃんをおどろかせちゃったら、おかししっぱいするかもしれないもんっ」

「あ〜、そうだな。手元が狂うかもなっ」

「でしょ?」

「ああ。おっ、そっちのもいいぞ」

「うんっ」


そんな様子を上から見ている薔薇が、時折り上品な笑い声を上げる。


「ふふふっ」


小さな声で『可愛らしい』と呟くこともあり、どうやら、小さな体で懸命に、真剣に野菜を吟味しながらもぎ取って行く徨流の様子が上から見ているととても愛らしく見えるようだ。


「あっ! これみて、とうちゃんっ! ヘンなかたちしてるぅ」


ここでは、場所によって季節の野菜ができる。暑くなって来たなと思えるようになってきたが、夏野菜が既に収穫時期を迎えていたり、冬の野菜が育っていたりもする。


徨流が手に取ったのは、固結びをしようとして失敗したようなゆるい曲がり方をしたキュウリだった。


「ほんとうだなっ。どうなりたかったんだ? すげえ曲がってんなっ」

「グネグネっ!」

「もう少し曲がってたら結び目みたいになったかもなっ」

「うんっ。おしかったねぇ」


キュウリに向かって、もう少しだったのに残念だったねえと話す徨流に、宗徳も薔薇も、静かにくくくっと喉を鳴らすように笑った。


「このキュウリ、アレでたべたいっ。ツナとたべるやつっ」

「ああ、ごま油とそうめんつゆ使うやつな」

「それ! ごまのにおい、いいにおいなのっ」

「美味い匂いだよな〜」

「おいし〜!」


まだ食べていないのに、既に想像の中で食べているつもりのようだ。ヨダレが垂れそうになっていた。


「なら、もう少し採ってくれ。薔薇様も食べますよね?」

「ああ。アレは美味いな」

「っ! そうびさまもスキなの!? じゃあ、いっぱいとる!!」


薔薇があまり食事を摂りたがらないのを徨流も知っている。食べたがるものがあるというのに喜び、それならばと張り切りっていた。


「とうちゃんっ! コレはいい? こっちとっていいやつ?」


大きさ的に迷う徨流を見て、宗徳は少し考え込んだ後、魔術を使う。


「食べ頃なのは……その赤い印の付いてるやつな」

「おおっ! わかりやすいっ」


食べ頃のキュウリの切る場所に、赤い▶︎の印が付く。


それを見て、徨流は余計な事を考えなくて良くなったこともあり、収穫に集中していった。


この魔術を見て、薔薇がふわりと畑の中に降り立った。そして、赤い印をじっと見つめる。


「……素晴らしい。こんな使い方は初めて見た……」

「ははっ。意外と、思うように出来るもんですよねっ」


笑いながら言う宗徳に、薔薇が目を丸くしたまま顔を上げる。


「……宗徳……お前、本当に良い素質を持っているのだな……あとは……そうだな……」

「……?」


何やら考え込む薔薇。白い肌が日に焼けないように、雲が自主的に影を作るように移動していく。


それを何気なく目を追っていた宗徳だ。しばらくして何らかの答えが出たらしい薔薇が真っ直ぐに宗徳の方を向いた。


「宗徳。攻撃系は使えるか?」

「攻撃? あ〜、いえ。剣で充分、何とかなるんで……そういえば、ほぼ使ってないですね……」


何でもできてしまうのだ。だから、無意識に制限していたのかもしれない。攻撃系の魔術を使おうと思えなかったのだ。


「なるほど……ならば、それも使える方がいい。良い訓練場所を見繕ってやろう」

「……訓練場所……」


練習ではなく訓練と言ったことに意味があるのかどうかは分からない。だが、結構大変な事になりそうだと、宗徳は静かに頷くことしかできなかった。









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