第127話 心の声

宗徳は両肩に乗った神達を確認してから、そういやあと手を打つ。


「名前聞いてないな」

《ぐる?》

《くる?》

「あ? ない?」


どういうことだと目を瞬かせる。


これに廉哉もそういえばと考え込むように視線を上の方へ投げる。


「僕も聞いたことないです。『この地の神』って言ってましたし、その……あとは『邪神』……と……」


不思議と気にならなかったらしい。それは、本当に神に名がないからだ。


「そりゃあ、不便だな。名乗ったらダメな理由でもあるのか?」

《ぐるる》

《くるる》

「ないなら、名前決めたらどうだ?」

《ぐるう?》

《くるう?》


共に目を丸くし、共に首を傾げる。まるで双子のようだ。


「くくっ。二人は双子の兄弟みたいだな」

《ぐる……っ》

《くるっ》


黒い方は照れくさそうに顔をくるりと背け、白い方は嬉しそうに鳴いた。


「ははっ。ほれ。名前、付けないか?」

《ぐ……ぐるる……》

《くる? くるる?》


二匹で相談し始めた。邪魔しないようにしながら、ゆっくり部屋を見回した。やっぱり寂しい部屋だと思う。


刀は宗徳の腰に戻ってきている。それを弄りながら待った。


《ぐるる!》

《くるっ》

「いてっ」

「宗徳さん!?」


ボサッとしてたら両肩から、コツンと頭を突かれた。


「なんだあ? 決まったのか?」

《ぐるるっ》

《くるっるー》

「は? 俺が?」


名前を付けろと言われてしまったのだ。


「あ〜……と言われても、すぐにはな……ちょい考えさせてくれや」

《ぐるっ》

《くるっ》

「おう。しっかり考えるわ」


別にいつでもいいと言われた。さすがに神にというのは難しい。それも二つ。徨流はほとんど直感だったが、なんだか今度はそれではダメな気がしたのだ。


「なら、とりあえず出るか」

「そうですね」

《きゅぅ!》


廉哉も徨流も嬉しそうに返事をした。廉哉は、神に対して思うところがあり、ずっとここに来るまで緊張していたのだ。疲れたというのもあるのだろう。


《ぐるる》

《くるる〜》

「ん? 出口?」


二匹が片方の翼を広げて指した先。そこに、光魔法陣が出現した。


「あれが?」

「転移の魔法陣ですね」

「転移?」

「アレで一階層に跳べるんですよっ」


直接一階層に転移できる魔法陣を神達は用意してくれたのだ。攻略法はアレだったが、ボスを攻略したのだから当然だろう。だが、宗徳はキッパリ断った。


「あ? 転移? 入り口に? 使わんでいい。歩いて帰るぞ」

「え……」

《ぐる……》

《くるぅ……》


お約束をまたもや無視する宗徳に、廉哉と二匹の神達は絶句した。


「だってなあ。上の奴ら、心配してたんだぞ? 顔見ずに出てくなんていかんだろ」

《ぐる……》

《く、くる……》


二匹にとっては、引き籠る場所を作るついでだったのだ。今までは自身の殻に閉じこもって感じなかったようだが、確かに今、感謝の想いが伝わってくるらしい。


感謝される謂れはないし、ついでだったのだ。なんだか落ち着かないと、頭を埋める。


「恥ずかしいんか? 外を見てくるぞって言うだけだ。それだけできっと喜んでくれるさ。まあ、心配もするかもしれんが、そこは俺の出番だろ? 任せとけ」

《ぐるる……》

「いやいや。嫌われてねえって」


どうにも黒い方は素直になれないらしい。自分は悪だ。嫌われ者だと呟く。


「俺はお前も好きだぞ?」

《ぐっ……ぐるっ》

「汚い? 色が? 黒くていいじゃないか。黒だから悪いとかないぞ? 知ってるか? 色ってえのは、混ぜるほど黒に近付く。誰も避けられない色だ」

《ぐる……》


だから、悪い色だろうと黒い方が落ち込む。だが、それを言いたいわけではない。


「けどなあ。それでも、本当の黒にはなり得ねえと思うんだよ。本当の……この黒ってえのは混ざって出来たもんじゃねえ」

《っ……》


そっと撫でると、また少し震えているのが分かった。それを宥めるようにゆっくり撫でて、毛を整える。


「こんな綺麗な黒は、間違いなく唯一の色だ。誰にも真似できねえ。悪な訳あるかよ。悪いもんってえのは、嫌悪を感じるもんだ。こんな綺麗なあんたを、誰が嫌うんだよ」

《ぐる……っ》


ポタリと涙がこぼれた。大きな、丸い目からポタリと。それが、美しい宝石になる。


「うわっ。お前もそれ出るんか。もったいない。ほれ、やっぱり綺麗じゃねえか。あ〜あ。色付いてるし。紅に青に……よしっ。寿子にこれで王冠作ってもらおう。一時期、ビーズにハマっててなあ。王冠作れると思うぞ」

《ぐる?》

「だって、夜の王様みたいじゃんか。めっちゃカッコいいよなっ」

《ぐっ、ぐる……っ》


宗徳の目が輝いていた。


そこで、神たちには改めて宗徳の本心が見えてしまった。


《っ……》

《……くる……っ》


どこにも偽りがないことに気付いたのだ。




『ぜってえ似合うよな!』




宗徳は綺麗だと。王冠が似合うと。そう心から思っていた。


《ぐるる……っ》


いつからか怖くて人の本心を見ないようにしていた神たち。言っていることと違うことを考えているのが当たり前で、疎ましく思われているのだと知って悲しかった。


それが苦しくて、知りたくないと耳と目を塞いだ。けれど、いざ聞こえなくなると、見えなくなると不安だった。


そして、また聞いてしまって傷付く。その繰り返し。それに疲れてしまったのだ。けれど今、どこまでも素直に言葉にする人が目の前にいる。


分かっていた。全部の人がそうではない。聞きたくないと思っても聞いていたその向こうに、素直に慕う声もあったのだと思い出した。


そして、心は自由でなくてはならないのだと。


その自由を与えたのも、確かに自分たちなのだと思い出したのだ。


「お? なんか元気になったか?」

《ぐるる》

《くるー》


何を怯えることがあるのか。醜い心の声も許し、時には手を上げる。それは、その人を守るためのものだ。


決して、自分たちを傷付けるためのものではない。それを思い出した神たちは、安心して宗徳にすり寄った。


「んん? ははっ。くすぐったいなあ」

《ぐる〜》

《くるる〜》


その時、宗徳の心にあったのは『可愛いなあ』という想い。


それに照れながら、神たちはようやく本当に肩の力を抜くことができたのだ。


**********

読んでくださりありがとうございます◎

今回は前回の分と合わせて二話投稿です。

お待たせしました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る