第081話 優しくない

ライトクエストを出た宗徳は、律紀と美希鷹が待っている本屋へ向かった。


二人は、目星を付けていたらしいコミックを二冊ずつ持ちながら、学参コーナーにいた。


「待たせたな。買って来るか?」

「う~ん、ちょっと待って。英語の参考書が決まらない……」

「俺も……」


律紀も美希鷹も英語が苦手らしく、二人で競い合うように勉強しているのだという。そこで、こうして参考書を見比べているのだ。


「買うのか?」


宗徳としては、参考書を買う必要性があるのかと不思議でならない。教科書だけで事足りるものではないのかと思うのだ。それ以上のことは、教師が教えてくれるものだという認識がある。


「こん中から選ぶとか……お前ら難しいことするなぁ」


本屋に来て宗徳が見るのは週刊誌置き場か健康書の辺りが中心で、レジに向かう前に文芸書の棚と文庫の棚を流し見して好きな作家の本をチェックする。


学参コーナーには目も向けなかったが、一時期よりも棚数が増えたように感じる。


息子の徹が受験する頃には過去問なんかも一種類しかなかったのに、今は色々とカラフルに区別されて並んでいるのだ。


赤本だ黒本だと言われてもよく分からんというのが宗徳の感想だ。学校の数だって増えているのだから、本当にもう分からん。


「塾とかでも出してるからね。見やすさとか、教科書にバッチリ合ってるかとか難しいんだよね……」

「学校だけじゃなく塾もか……難儀な世の中になったな……」


しみじみと気の毒だと思ってしまった。


「お前ら二人で勉強すんだし、二種類選べばいいんじゃないか?」

「あ……」

「そっか……」

「「なら、これで」」


あっさり決まったらしい。


「おじいちゃんも何か欲しいのないの?」

「そうだなぁ……」


健康書の方へ目を向ける。あの辺りは、その時々で雑誌の見出しになる病名や治療法が揃う。


他にも体に良いという食べ物も一緒になるので逆に面白い。流されてる感が半端ないのだ。だから、それはチェックするだけで一応の情報を頭に入れて月刊誌を手に取るのが常だ。


「ん、今は玉ねぎと狭心症ばっかだな」


今回も綺麗に揃っていた。


律紀と美希鷹も目を向けると、それぞれ感想を述べる。


「あそこって、字体とデザインの違いしかないよね」

「たまに聞いたことない病名とか、めっちゃ長! って思うのあるから面白いけど」


若い子はそういう感想になるのかと感心する。


「症状見ると、毎回当てはまる気もするから、厄介なんだよ」

「あ~、分かんないでもないかな~」

「それが出版社と本屋の狙いじゃねぇの?」

「鷹……お前、鋭いな」


そんな気がしてた。


「それ言うと、ダイエット本とかもそうじゃない? 人によって体質とかも違うんだし、誰かの真似した所で痩せないのにね」


今まさにそれを見ていた奥様がそそくさとその場を去っていった。聞こえたようだ。


迷惑になってはいけないと二人を連れてレジに向かおうとした宗徳だったが、そこで資格のコーナーにあった『高卒認定試験』の文字に引かれた。


足を止めた宗徳に倣って、二人も止まる。


「どうかした?」

「ノリさん、資格とか気になるの?」

「あ~、いや……ちょい待ってくれや」


宗徳は学参コーナーに戻り、そこで二冊、目にしたそれを手に取った。


「おじいちゃん、勉強したくなったの? おじいちゃんがやるなら、あっちの脳トレの方がよくない?」


健康書のところに認知症予防にという脳トレの本があるので、そこを律紀は指さした。確かに気になるが、今回必要なのはそれではない。


「いや、レンにな。勉強する気があるかは分からんが、この辺ならあっちの子どもらにも教えてやれるし、いいかなと」


小学校で習う総復習のような本と、中学校で習うもの。とりあえず、算数と数学と、理科はあってもいいだろうなと思った。


「レンって、向こうで勇者やってたっていう?」

「そっか、学校行けてないんだもんな」


廉哉は小学校さえ卒業できていない。戸籍を作ったことで、外国のそれも学校のない国にいたために卒業できなかったという理由は付けている。それは実際、嘘ではない。だからもし、学歴が欲しいなら高卒認定の試験を受ければ問題ないだろう。


別に宗徳や寿子は学歴など気にしないが、知識として知りたいと思うこともあるはずだ。勉強なんてやりたいと思った時にやれば良い。


「学校行けてないのが引っかかってるみたいだったからな。こういうのくらい暇な時に見れるようにしといてやりたいんだ」

「そっか……」

「……」


律紀も美希鷹も難しそうな表情で固まってしまった。聡い子達だ。廉哉の気持ちを考えているのだろう。


「レジ行くぞ」

「あ、うん」

「そうだ。早く帰んないと、ヒサちゃん待ってるし」


はっとして動き始めた二人の本は、宗徳がまとめてレジに出した。揃って、いいのにと言ったが、祖父としてはこれくらいなんてことはない。


「俺のまでありがとう、ノリさん」

「気にすんな。鷹には色々世話になってるしな」

「なにそれ。でもちょい嬉しいかも。俺、母親しかいねぇから」


美希鷹には、育ての親のクーヴェラルしかいない。だから、こうして祖父に買ってもらうという経験なんてできないのだ。


「そういやそうだな。今はすげぇぞ? 聞いた話だと……正月のお年玉にお盆玉? そんで誕生日にクリスマスに、おまけに孫の日ってぇのがあるんだろ? 隣のばあさんが『敬老の日にも一緒に食事に行ってもらうから、二ヶ月に一回は孫に貢いでる』とか言ってたぞ」


嬉しそうに散財を語る妻の裏で、その夫は泣いていた。


『この国ってやつは、少なくなった年金さえも回収しようとしやがる……酷ぇ世の中になったもんだ』


果たして、彼が捻くれてしまったのは誰のせいだろう。きっと少しの優しさを義務にしてしまった現代なんだろうなと悲しく思ったものだ。


「うわぁ……そうやって考えると凄いね……」

「やっぱ払おうか?」


現実は、綺麗なもので包まれていて実態が誤魔化されている事が多い。改めて考えると、それを享受する若者達までもが引くレベルだ。


「いいって。寧ろ、俺んとこは今までほとんどその社会の波に乗ってなかったからな。たまには踊らされんと『時代遅れ』ってことになんだろうが」

「これって、そういう話?」

「おじいちゃんが良いなら良いけどね……」


踊らされるのも一興と笑う宗徳に、二人は苦笑していた。


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読んでくださりありがとうございます◎



世知辛いってこういうことでしょうか?

また明日です。

よろしくお願いします◎

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