第078話 懐かしい道

子どもの頃に通っていた道は、予想していたよりも様変わりしていた。


「問題なく行けると思ったんだが……記憶ってのはやっぱどうしても曖昧になるな……」


どうにも気が若いつもりになっているらしく、当然覚えていると思っていたことが、ここに来て思い出せなかったりする。


盛大に道に迷うとまではいかなくても、角で何度か止まって記憶の風景と照らし合わせる。それに、美希鷹が慰めとも取れる言葉をくれた。


「この辺、建物も新しいし、分かんなくなるのも仕方ねぇじゃん。ってか、何年前の記憶?」

「あ~……五十まではいかないが、そんなもんだな」

「半世紀ってやつだ。俺なんて昨日の記憶も曖昧な時もあんだけど」


『半世紀前とか言ってみてぇなぁ』なんて軽口をこぼしながら、美希鷹は楽しそうに後ろをついてきていた。


その隣を歩く律紀は心配そうに尋ねてくる。


「おじいちゃん、大丈夫そう? ナビ使ってみる?」

「いや、大丈夫だろ……あ、ってかナビか、ナビ……お、行けるかも……」


宗徳は、当たり前のように魔術を発動した。それは、いわゆるマッピングというやつだ。行ったことのある場所の地図が頭に浮かぶ。


善治に、向こうで地図は作らないのかと聞いた時、この術を教えてもらったのだ。


書き起こすのが面倒だからと手を付けずにいたという善治に、なら頼んだと言われた時の失敗したという気持ちは忘れていない。


「よし、もうすぐ着くぞ」

「そうなの? まぁ、着けるならいいんだけど」


このマッピングの魔術、過去に行った場所でも問題ないらしい。それも、目的地としてイメージがあるためにその場所が地図上で光っているように感じられていた。


角を二つ曲がると、見慣れた懐かしい門が見えた。


「お、あったあった」

「へぇ……門がある家とかカッケぇ……」

「時代劇とかでこういう門見たことある……こっちの小さい方で出入りしたりするんでしょ?」


そこにあるのは大きく立派な門だ。黒い木でできており、三メートルくらいの高さがある。その端には小さな出入り用のドアも付いている。現在住宅街となった場所には少々不似合いだった。


とはいえ、珍しい上に確かにカッコいい。そうして感心しながら見回していた一同は、不意に見つけた物に目を止めて微妙な気持ちになった。


「あ、チャイム」

「……なんか違和感……」

「そこは現代っぽい……ってかカメラ付きとか……」


見つけてしまったレンズに、そういえば、中でも監視カメラがどうとか言っていたはずだ。何気に最新機器が投入されているらしい。


「私が鳴らすね」

「おう」

「どこが開くんだろ」


律紀がそこに駆け寄って行き、ベルを鳴らす。美希鷹は大きい門が開くんかなとワクワクしていた。


しかし、しばらくして律紀がこっちみたいだと呼んだ先。門より少し外れた場所に現代らしい玄関があった。


「まさかの……門は外観だけ……?」


落胆する美希鷹に、宗徳は昔の記憶を思い出す。


「いや、前はあそこの小さいドアから道場に出入りしてたぞ。大きい方を開け放してた時もあった。けどまぁ、古いしな」


金具は所々錆びているし、もう開かないのかもしれない。


そうして、玄関の前で待つこと少し。カランカランとゲタのような音が響いて、ガラガラと戸がスライドした。


「お待たせしましたっ」


嬉しそうに、満面の笑みを浮かべて出てきたのは治季だった。


「こんにちは、治季さん」

「あ、律紀さん。迷いませんでしたか?」

「おじいちゃんが、ちゃんと覚えてたから」


電話で打ち合わせをしたのだろう。二人はとても自然に会話している。そして、治季は待ち遠しいというようにこちらの方へ目を向けた。


「よかった。それでムネノリさんは……ほ、本当におじいちゃんだ……」

「おう。言ったろ?」

「う、うん。びっくりしました。あ、それで、裏を案内しますね」


玄関を入ると、もう一つ奥に引き戸がある。そちらが本当の玄関になるらしい。ここは、道場の方へ続く通路への入り口ということで、土足で行ける渡り廊下みたいなものだ。


「二重に玄関があるなんて、すごい不思議」

「昔は、あっちにあった大きい門から出入りしてもらっていたんですけど、錆び付いちゃって、開け閉めすると危ないからって、こうして通路を作ったんです」

「なるほどな……」


そこを過ぎると、後ろに門が見え、向かう先には道場がある。門から走って、競うように道場へと向かった昔を思い出した。


「……懐かしいな……」


変わったものもあるが、目の前にある道場はあの頃と変わりないように見える。それだけで少しだけ目頭が熱くなった。


**********

読んでくださりありがとうございます◎


子どもの頃のことは意外と場所で覚えているものですから。

次話どうぞ!

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