第057話 仕事は堅実に
男が繰り出した拳は、届かない寸止めだと宗徳には分かった。だから身動きせずに、呆れたように男を見る。
鼻先ギリギリに突き付けられた拳。それを満足げに握り、引き戻すと男はニヤニヤと笑った。
「度胸だけは認めてやるよ。あ~、それともビビって動けねぇだけか」
「……あんま、キレが良くねぇな。どれ……」
宗徳は面倒くさそうに一歩下がる。それから余分な力を抜き、拳を握った。
「動くなよ」
「はぁ?……っ!? ふべへっ!?」
男の鼻先へ右の拳が向かう。ほんの数ミリ。そこで止めたのだが、男は風圧で吹っ飛んで行った。
列に並んでいる者達が、迷惑そうにこちらの様子を目だけ動かして窺っていたのだが、さすがに驚いて呆然と振り返っていた。
視線の先には、十メートル近く飛ばされ、転がって行った男の姿。
「ぐふっ……」
「あ~、悪ぃ。寸止めでも飛ぶんだな。けど、寸止めだからな。顔には当たってねぇだろ?」
あれだけ見事に吹っ飛んだのだ。本来、当たっていたら鼻が砕けていただろう。だが、ヨロヨロと座り込んだ男の顔は凹んだり歪んだりすることもなく、転がった時の擦りむけた傷しかなかった。
「大丈夫か?」
口の横に両手を当てて、遠い場所にいる男に聞こえるように声を張り上げる。
「ひっ!?」
しかし、男は答えることなく、そのまま何度も転びながら逃げるように遠ざかっていく。
「なんだよ……」
男がいれば、暇つぶしになると思ったのだが残念だ。
その時。壁の向こうから大きな音が響いた。高い外壁のせいで見えないが、白い煙が上がっている。
「白なら、悪いものは燃えてねぇな」
黒煙は危ないが、白ならばまぁ良いだろうと、そう警戒することもなく列が進むのを待つ。だが、なぜか門が閉まろうとしていた。
「はぁ!? なんで閉まんだよ!」
宗徳は慌てて列から外れて、門へ駆ける。兵達が門を閉めようとして、先頭の人々と揉み合いになっていた。
「おい! 何で閉めるんだ」
「入れろ!」
「まだ時間じゃねぇだろ!」
商人や旅人、冒険者達が迫っている。これに、兵達が怒鳴り声をあげる。
「緊急事態だ! 我々も城に向かわなくてはならん!」
「明日まで待て!」
先ほどの爆発のような音がした場所へ、彼らも向かおうとしているのだろう。そのためには、ここでの業務を終えなくてはならない。そうは言うが、納得できることではないだろう。
「ここまで来て野宿しろと言うのか!」
「せめて中に入れろ!」
門は二重になっているらしい。内門との間に、それなりのスペースがある。そこにせめて入りたいと思うのは当然だ。
見える場所に森がある。そこには獣達がいるのだ。門が近いとはいえ、外で安心して眠ることはできないだろう。
宗徳は門の所から中を覗き込む。中央の高い場所に城があるらしい。そこから煙が見えた。
「ありゃぁ……」
間違いないと思った。だから、兵達に忠告する。
「お前らがここを放棄して向かった所で、役に立たねぇよ。大人しく業務を続けな」
「なんだと!」
「キサマぁ!」
剣を抜いた兵を軽く足を払って転ばせる。
「ぐっ」
「うっ」
「いいか。あそこにいるのは、俺より強く、その上今かなり頭にキてる人だ。死ぬぞ」
「……」
彼らを威圧しながら言えば、大人しくなる。
「さっさと全員中に入れろ。もちろん俺もな。アレを止めるために来たんだからな。とはいえ、審査は慌てんでいい。大丈夫だ。誰かが殺されるとかはねぇよ」
善治がいくらキレていても、人殺しまではしないはずだ。それより、この機に乗じていい加減な審査により、問題のある者を入れることは避けるべきだろう。
「さぁ、仕事をしろ。慌てず、焦らず、いつも通りに頼むぞ」
そうして十分後、宗徳は王都へ入ったのだ。
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読んでくださりありがとうございます◎
緊急事態であっても疎かにしてはいけませんよね。
また明日です。
よろしくお願いします◎
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