第055話 キレたみたいなので……

竜守城の最上階。ギルドマスターである善治の執務室であり、自室だ。


「入るぜ、善じぃ」

「師匠、失礼します」


入ってすぐに宗徳と寿子は眉を寄せて立ち止まった。


「……善じぃ……機嫌悪いな……」

「……師匠……殺気を感じます……」


立ち止まったというより、立ち止まらずにはいられなかった。怒りを何とか抑えているようだが、机に両肘を突き、手で顔を覆っている状態で固まった善治は、かなり黒いものを発しているように見える。


「善じぃ……?」

「……ああ。来たのか。すまんな……」

「いや、いいけどよ……」


抑えようとしているのが声に出ていた。


宗徳と寿子は、ぐっと腹に力を入れてから歩み寄る。そして、空気を変えるように少々明るく声をかけた。


「師匠らしくありませんよ?」

「そうそう。抑えるのは体に毒だって」

「…………そうだな」


沈黙の後、善治が突然立ち上がった。


「ん?」

「……し、師匠?」


なんだか嫌な予感がする。


「こんなことも想定して、誓約書を書かせたんだ……今更破棄などさせるものか……」


ブツブツと呟いた後、善治は壁にかけてあった木刀を手に取る。


「……なぁ、寿子……これヤバくねぇ?」

「とってもヤバイです……」


これはあれだ。討ち入り前だ。


「懐かしいなぁ……道場とか、ヤの付く奴らの事務所だったっけか。あれが消えた日のやつだよな」

「ええ……ここでは警察とかありませんから、問題はなさそうですが」

「いやいや、この気迫は一家じゃなく、町一つ消える系だぞ」

「あなたは考えが足りませんね。こちらでは力が数倍になるのです。町一つで済むわけがないでしょう」

「……そうだった……」


冷や冷やとしながら善治を見つめていた宗徳と寿子だったが、次の瞬間、大きな窓を開け放ち、欄干に足をかける善治に、まさかと目を見開いた。


そこは、天守閣を模したといっても、現代風にアレンジしていた。外観を損ねるので洗濯を干すのはやめているが、見晴らしも使い勝手も良いベランダ風になっている。


「ちょっ、善じぃっ!?」

「ここはビルの五階とは違うのですよ!?」


と言っている間に、善治が飛び降りていた。


「うぉぉぉっ、ヤべぇよ!!」

「ど、どうしましょう!! 本当に国が滅びます!」


二人とも、いくら高い場所であっても、善治が落ちてどうにかなるとは思っていない。


尋常ではない勢いで怒っていたのはわかっている。下を見ると、善治は、トントンと屋根や壁面を忍者のように身軽に足場にして飛び跳ねながら、凄い勢いで町の外へ出て行った。


「くそっ。あぁぁっ、もう! よしっ、寿子、あの兵隊に何をしに来たのか聞いてくれ。俺は徨流に乗せてもらって追いかける。なんであんなキレてんのかわかったら連絡してくれ」

「わかりましたっ。ふふふ……自白剤の実験ができます……」

「ん? な、なんだって?」

「いいえ。抜かりなくやってみせますよ。師匠を頼みます」

「おうっ」


不穏な言葉が聞こえたように思ったが、気のせいだと思い込むことにし、宗徳は急いで部屋に戻る。


「あれ? ムネノリさん?」


駆け込んできた宗徳に、今まさにお風呂に行こうと用意していたらしい廉哉達が驚く。


「おう、ただいま。ってか、ちょい急用だ。遅くなるかもしれねぇから、寝てろよ?」

「はい……わかりました。何か手伝わなくてもいいですか?」


廉哉は勇者としての実力がある。宗徳の慌て様から、力になれることがあるのではないかと思ったのだろう。


「いや、ここで子どもらを見ててくれた方がこっちに集中できっから。悪いな」

「いえ。出かけるんですか? 気をつけてくださいね」

「ありがとな」


そう言って廉哉の頭を撫でた後、首を傾げている徨流に声をかける。


「悪い、徨流っ。善じぃを追いかけなきゃならんのだ。乗せてくれっ」

《くふ?》


それを聞いていた廉哉が尋ねる。


「善……それって、ギルドマスターのことですよね?」

「ああ。ちょい、暴走しちまってな。どうも、兵隊のやつらが怒らせたみたいなんだが、多分、頭取りにいったんだろうなと」

「頭……? 兵隊?」

「大丈夫だ。そんじゃ、留守番頼んだぞ」

「は、はいっ。お気をつけて」

「おうよっ」


徨流を腕に巻きつけ、宗徳は部屋を出る。そして、慌ただしくギルドを飛び出したのだ。


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読んでくださりありがとうございます◎



止められると良いですね。

また明日です。

よろしくお願いします◎

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