第025話 ひと段落の次は?
宗徳は目を覚ました時、今どこにいるのか分からなかった。
「え~っと……?」
混乱していると、目の前に顔を出したのは二十代の寿子だ。余計に混乱する元だった。
「あなたはまったく……もう子どもではないんですから、無茶はダメだと一体何度言わせるおつもりです?」
「……え~っと……はっ、怪我人はっ?」
ようやくここがどこで、どんな状況だったのかを思い出す。すると、寿子の隣へやってきたウッズが笑い声を上げる。
「ムネノリさんは責任感が強いのですね。ちゃんと怪我人はみんな無事ですよ。今なんて寧ろ、ムネノリさんが治療した人達の方が元気に動き回ってます。運んで来た方が介抱されていますから」
「そ、そうか……死ななかったんなら良かったぜ……」
まだ自分達よりも若い者達が目の前で死ぬのは見たくない。その思いが半分くらいを占めていた。やれるならやらなくてはならない。そう思ってまた一人で突っ走ってしまった。
「情けねぇなぁ……ぶっ倒れて迷惑かけるなんてよぉ……」
突っ走った結果、倒れて介抱を受ける。助けるなら完璧にやりたいと思うのは男の意地かもしれない。
少々落ち込んでいる宗徳に、優しい言葉をかける所だろうと、妻である寿子へこの様子を見ていた職員達が目を向ける。
しかし、見た目の年齢がイコールではないのだ。新婚とまではいかないが、まだ結婚して数年の夫婦のちょっとした甘さなんて、既に完熟し、養分として消化もしきった後の熟年夫婦にはない。
「本当ですよ。疲れてるウッズさんにここまで運ばせて、呑気に眠りこけるなんて……情けないったらありません。さぁ、師匠の所へ行きますよ。シャキッと動きなさいっ」
「はっ、はい!!」
「……ひ、ヒサコ様……」
見ていた者達は思わず険しい顔になっていた。
宗徳と寿子の本来の年齢は同じなのだが、今の見た目はヒサコの方が上だ。普段から尻に敷かれている宗徳なので、どうしても姉さん女房の毛が見える。
「ウッズさん……迷惑かけてすまんかった」
「えっ、いえいえ、迷惑だなんてっ。ムネノリさんがいらっしゃらなかったら、今頃まだ走り回ってますからっ」
二人がいなければ、未だに収拾が付かず、フラフラになりながら、職員達はまだ駆け回っていただろう。調薬師達も、薬を作り終わってホッとしている時間も作れなかったはずだ。
「そんなら良いんだが……女の人に運んでもらうなんてよ……本当に申し訳なかった」
「いくら人助けをしても、最終的に周りに迷惑をかけるなら、カッコつきませんからね」
「はい……」
宗徳は寿子に説教されながら部屋を出て行く。それを職員達はただ見守るしかなかった。
「あれが夫婦……」
寿子の小言は心配の裏返しであったとしても、それが宗徳にわかる事はなさそうだ。
「ムネノリさん……ファイトっ」
「ヒサコ様……カッコいい……」
この日から職員達達が、二人を様々な嗜好の元で見守り、関係していくようになる。いずれ、それぞれのファンクラブ的なものまで出来るようになるのだが、そんな事態を予想できるものは残念ながらこの世界には存在しなかった。
◆ ◆ ◆
善治の執務室。ギルドマスターの居室としても相応しいその部屋に宗徳と寿子がやって来たのは、三人がこちらの世界に来て二時間ほど経った頃だった。
「二人とも、良くやってくれた」
まずは労いの言葉。善治は行いを認める所から入る。
「宗徳は治療術の才能がある。近いうちに改めて使い方を教えてやろう」
「おうっ。頼んます!」
それまでに自分の限界を見極めようと考える宗徳だ。
「寿子は調薬師の才能があるようだな。ランク三のヒーリングポーションを失敗もせずに量産するとは恐れ入る。調薬は根気がいる作業だ。今の気持ちを忘れなければお前になら続けられるだろう」
「はいっ」
今の寿子を見れば善治には分かる。楽しい新しい事を見つけたというような生き生きと輝く笑顔が滲み出ているのだ。
「へぇ、調薬か。薬局にいる調剤師みたいなもんか?」
宗徳は寿子が調薬をしている間、眠っていたため知らないのだ。
「薬師ですよ。薬草とかをすり潰して、色々と混ぜるんです。自然のもので」
「なんだ。ばあさんの知恵か」
「……あなた……」
イメージも姿も正しいのだが、違うと言いたい。
「それで、なんだってあんなに怪我人が量産されたんだ? 事故か?」
「いや。魔獣だ」
「ま……それって、この革の持ち主とかってことだよな?」
「そういえば、それを見に行く予定でしたね。確か……バフモーでしたか? 牛っぽいという話でしたが……牛ではないのですよね?」
宗徳や寿子が付けている防具。その革の元となった魔獣を見に行くため、外へ出ようとしてこの事態に当たってしまったのだ。あまりにも忙し過ぎて今の今まですっかり忘れていた。
「その、魔獣? ってぇのは、やっぱ野生の熊とかみてぇに危険って事か?」
「そうだな。この辺りはかなり魔獣が少ないからいいが、もう少し遠出をすれば、すぐに出会えるだろうな」
「……危ねぇな……」
歩けば当たるくらいの危険さらしいと知り、宗徳も寿子も顔をしかめるしかない。
「そんでその牛にでもやられたのか? あんな大勢?」
「バフモーではない。つい先日、ここから馬で二時間ほどの場所にある町が、魔獣に攻め込まれたらしい。バフモーなんかより、もっと凶暴なやつにな。今日ここへ運び込まれたのは、それを倒すために組まれた遠征隊だ」
本来この村は、助けを求めるのに来るような場所ではなかった。だが、今やこのひと月ほどの短い間に、見た事もない大きなギルドの建物ができ、村は立派な町と呼べるものになっている。これによって最も近かった事もあり、ほとんどの者達が助けを求めて駆け込んできたという事だ。
「そりゃぁ、大事じゃねぇか。俺らも戦うか?」
「そうですねぇ。困った時はお互い様。この世界に来た新参者としては、こういった事には協力しなくてはなりませんよね」
宗徳は冗談のつもりで言った。今日のように後衛で支援という事は出来るかもしれないと思ったのだ。
一方、寿子は、常識の一つとして、ご近所づきあいは大事だというつもりで言ったのだ。しかし、善治はこれを好機ととった。
「そうだな。では、お前達に退治してもらおう。初のクエストは派手に行くべきだ。挨拶代りにな」
「んん?」
「えぇ?」
意地悪く笑った善治の顔を見て、二人は初めて善治の今の見た目通りの若い頃を幻視したように思えたのだった。
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読んでくださりありがとうございます◎
クエストだそうです。
また明日です。
よろしくお願いします◎
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