23 汚れた野望は地に堕ちて

「さあ、復讐を始めよう」


 俺はマルゴに言い放った。


「ぐっ……お、おのれぇっ……!」


 マルゴは顔を真っ赤にして、黒い鎖の拘束から逃れようとしている。

 身をよじり、四肢に力を込めて。


 だが、鎖はびくともしない。

 俺はさらに距離を縮めた。


「俺のスキルの射程は10メートル。残り5メートルで効果範囲に入る」


 と、マルゴに教えてやる。


 もちろん、これは親切心からじゃない。

 具体的な数字を教えることで、奴の恐怖心を煽るためだ。


 さあ、怯えろ。

 さあ、恐れろ。


 俺は奴に向かって悠然と進む。


 視界の端に、奴との距離を示す14という数字が表示された。

 残り4メートル。


「く、来るなぁっ……」


 マルゴの顔が恐怖にひきつった。

 後ずさろうとするが、俺の鎖がその動きを止める。


「く、くそっ、動けない……まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい……くそおおおおおおおおおおおおっ、ほどけろよぉぉぉぉぉぉぉっ……!」


 すっかり余裕がなくなった英雄騎士様は、見ていて滑稽なほどだ。


 俺はさらに近づいた。

 残り2メートル。


「やめろ……やめてください、こ、殺さないでぇっ!」


 マルゴは絶叫した。


 股間を見ると、鎧の隙間から水滴が垂れていた。

 失禁したのか。


 自分が優勢のときは傲慢だが、劣勢に立たされると案外脆いものだ。


「そういえば、昔からそうだったな」


 俺は嘲笑した。


「いざというときのメンタルは、お前が一番弱かった」

「助けてください、クロム様……お願いですから、殺さないで……」


 マルゴは完全に涙声だ。


 俺は笑みを深めて、足を進める。

 残り1メートル。


「ひ、ひいいいいっ……!?」


 鎖で拘束されたまま、マルゴは必死で身をよじる。


 奴は、俺の【固定ダメージ】のことを理解しているはずだ。

 射程内に入れば、問答無用で死ぬ──ということも。


「あと一歩で、お前はスキルの効果範囲に入る」


 俺はマルゴに言った。


「お前は死ぬ。俺の【固定ダメージ】によって。ただし──」


 腹の底から笑いがこみ上げるのを止められない。


 俺のスキルは最終段階に到達し、成長を遂げた。

 今の【固定ダメージ】のスキル効果は、9999ダメージをただ送りこむだけじゃない。


 じわじわと、なぶり殺しにするように少しずつダメージを与え続けることも可能になっていた。

 マルゴには、その効果を使うつもりだ。


「死に至る苦痛をゆっくりと、間断なく味わい続けて死ぬがいい」


 笑いがこみ上げる。

 心の底から。


 もっと怯えろ。

 もっと恐れろ。


「た、助けて……殺さないで……」


 マルゴはかすれた声で懇願した。


 俺のスキルの詳細は分からなくても、俺自身が醸し出す雰囲気でなんとなく悟ったのかもしれないな。

 自分自身の、末路を。


「わ、わ、私は、こんな場所で死んでいい人間じゃないんだ……英雄として未来永劫語り継がれるべき男なんだ……選ばれた存在なんだ……そうだ、ユーノなんかよりも、この私こそが……」


 最後まで、それか。

 死の間際になると、人間の本性が出る。


 こいつの中にあるのは名誉欲──かみ砕いて言えば、『他人から褒められたい』ということだけなんだろう。


 そいつを今から破壊してやる。

 完膚なきまでに、な。


 俺は懐からオーブを取り出した。


「それは──」

「以前イリーナの声を録音したものだ。お前たちが二年前、俺にしたことのすべてを告白させた。ユーノたち勇者パーティの罪状すべてを」

「ぐっ……!」


 マルゴの表情が目に見えてこわばる。


「魔族との戦いに決着がついたら、こいつを全世界に流す。当然、お前の名声も地に堕ちる。そして、この戦いをお前が仕組んだことも同時に流してやろう」

「ま、待ってくれ、それだけは! せめて英雄として死なせてくれぇっ!」


 マルゴが絶叫した。


「英雄としての名誉や誇り……か。そいつは、お前にとって命よりも大切なものなんだな?」

「と、当然だ」

「なら──そいつを完膚なきまでに叩き壊し、汚し尽くし、地の底まで貶めてやる」


 俺は口の端を吊り上げて笑った。


 笑いが止まらなかった。


 俺がかつて大切なものすべてを失ったように。

 今度はお前が同じ目に遭うんだ。


 そして絶望しながら、ゆっくりと死んでいけ──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る