10 【闇】の深化1

 ──どくんっ!


 胸の鼓動が高鳴る。


 ふたたび、さっきの悪寒が走った。

 鈍い頭痛に嘔吐感、脱力感、不快感……。


 おそらく、これは奴らやモンスター群からの『攻撃』ではないのだろう。

 その証拠に【固定ダメージ】のスキルは無反応だ。


 もしも、これが攻撃ならば無形有形問わず、俺のスキルが反応し、攻撃し、9999ダメージを与えているはず。

 それがないということは、俺の体に起きているのは単なる『現象』ということになる。


「ぅうう……ぐ、うぅ……っ」


 悪寒が、さらに強まった。

 全身の毛穴が開き、温い汗が噴き出す。


 禁呪法『闇の鎖』の影響で虚弱な俺には、なかなかきつい。


「クロム様……っ!?」


 シアが俺の右側から抱きついた。

 心配そうに俺を見つめている。


 反対側のユリンも同じだ。


「大丈夫だ。進むぞ……」


 俺は二人にうなずいた。


 怪物たちは今のところ、すべて俺のスキルで消し飛ばしている。

 後はこの感覚に耐えて、奴らの下までたどり着くだけだ。


 苦しみはあるが、耐え難いほどじゃない。

 いや、ユーノたちから受けた仕打ちに比べれば、この世に耐え難い痛みなんてない。


 あるはずが、ない。


「だから、進むんだ──」


 俺は一歩、また一歩と足を踏み出す。


 距離は、残り20メートルほどだ。

 モンスターたちを次々に消し飛ばしながら、俺は歩みを進めた。


 体に走る悪寒も、高鳴る心臓の鼓動も、関係ない。

 ただ、進む。


 俺の体になんらかの変化が起きているのか、意識がフッと遠くなる。

 毛細血管が破れたらしく、体のあちこちから血が噴き出した。


「っ……!」


 気が遠くなる。

 俺はか細い両足に力を込め、踏ん張った。


「クロム様」


 シアとユリンが左右から支えてくれる。

 体に感じる彼女たちの温かさが、熱が、力を注ぎこんでくれるようだ。


 そばに寄り添ってくれる者たちがいるという心強さ。

 喜びと、癒し。


 俺はふたたび足を踏み出した。


 ぽたり、ぽたり、と歩みに沿って赤い血の筋ができる。


 俺の体に何が起きようと、構わない。

 ユーノを確実に殺す力が手に入るなら、何に変わろうとも、どんな運命が待ち受けていようとも。


 ただ、進む。


 残る三人──ユーノ、ファラ、マルゴとの決着をつけるために。


「汝の力を通じて、汝の想いが伝わる」

「それは、無明の闇」

「決して救われることのない、絶望と憎悪」

「愛と友情と信頼──それらを裏切られたことで生じた【闇】」

「想いが純粋であったからこそ、その【闇】も深い」


【涅槃】と【奈落】のレプリカが告げる。


 俺の心を、熱心に分析しているんだろう。


 どうでもいい。

 俺の内面など、いくらでも見ればいい。




『術者の絶望値及び憎悪値が上昇中……第三規定に到達しました』

『儀式の進捗率が95%に到達しました』

『術者の【闇】の出力が999%上昇しました』




 ふいに、どこかから声が響いた。

 同時に体中を襲っていた悪寒や胸の高鳴りが、嘘のように消えうせた。


 以前にヴァレリーと戦ったときに、俺の【闇】の力は強まった。

 今また、さらにもう一段階強くなった──ということなんだろうか。


「汝の資格を確認せり」

「汝には『力』を得る資格がある」

「ゆえに教えよう」

「ゆえに授けよう」


 二つのモニュメントが鳴動する。


「対【混沌】用の戦術は大きく分けて二つ。一つは同じ【混沌】をぶつけ、相殺すること

「俺自身が【混沌】の力を扱えるようになればいいのか?」

「然り。ただし、汝にそれはかなわぬ」

「なぜなら、汝は『闇の鎖』の戒めを受けている。そのため、魂レベルで【奈落】と深くつながっている」

「【闇】の根源たる【奈落】とつながっているゆえ、汝に【光】の力は宿らない。ゆえに、【光】と【闇】の融合術である【混沌】を扱うことは不可能」


 謳うように告げるレプリカたち。


「じゃあ、俺が【混沌】に対抗する方法はないのか?」


 もしも、ユーノが以前に戦ったマイカのように【混沌】の力を身に着けたら──。

 次に対峙したときは、対処できないかもしれない。


「もう一つ、方法がある」

「何?」

「【闇】の深化──より深い領域での、【闇】の制御だ」

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