7 遺跡探索1

「ここか」


 魔王の教えてくれた場所に、その遺跡はあった。


 小高い丘の上にたたずむ石造りの神殿。

 先史文明レムセリアの遺跡──。


 その内部には【光】や【闇】にまつわる情報が収められているのだという。


 俺の目的は、俺自身の【闇】を強くすること。

 そして【光】と【闇】が融合した力──【混沌】に対抗する力を磨くこと。


 いずれも、来たるべき対ユーノ戦に備えてのことである。


「クロム様、あれを」


 シアが前方を指さした。


 三十を超える巨大なシルエットが、神殿の周りをうろついている。


 リトルドラゴン。

 竜族の中では小型で飛行能力もほとんどないが、それでも竜は竜だ。

 しかも群れで行動することが多く、あれだけの数なら騎士の一部隊や二部隊程度では歯が立たないだろう。


「まるで遺跡の守護者だな」


 つぶやきつつ、俺は前進する。

 当然、恐れも躊躇もない。


「シア、ユリン、俺から離れるなよ」

「はい」

「おそばに」


 俺の両隣でシアとユリンがうなずいた。

 いつも通り【固定ダメージ】の効果範囲内である10メートル圏内に彼女たち二人を収め、俺は無造作に進んだ。


 GYAOOOOOOOOOOOO!


 リトルドラゴンの何体かがこちらに気付き、咆哮する。


 視界の端に「21」という数字が出た。

 スキルの副次効果として、対象との距離が表示されるのだ。


 俺はさらに進む。

 いちおう左右に視線を走らせ、シアとユリンが離れていないか確認した。


 二人ともぴったりついて来ている。

 というか、俺の両腕にそれぞれしがみついていた。


「ひっつきすぎじゃないか?」

「いえいえ、クロム様をお守りするのがあたしたち【従属者】の役割ですから!」

「至近距離で護衛も兼ねているのです」


 妙に力説する二人。


 シアもユリンも、やけに息が荒い。

 しかも頬がわずかに赤らんでいるのは、なぜだろうか。


「むしろ、ここまでくっつくと護衛しづらいと思うが……」


 まあ、俺を護衛してもらうようなシチュエーション自体、まずないはずだ。


「大丈夫です。あたしには【加速】がありますので」

「私も、まがりなりにも『魔人』ですから」


 シアとユリンは早口でまくしたてるようにして、なおも俺から離れない。


 ……正直、少し歩きにくい。


「あ……ちょっと歩きづらそうですね、すみません」

「私も、つい」


 二人は照れたような顔をして、ようやく俺の腕から離れた。


「えへへ、クロム様とくっつけちゃった……」

「ふふふ、役得です」


 二人ともポワンとした顔でつぶやいている。


 和やかとさえいえるやり取りの間に、リトルドラゴンが俺たちに近づいてきた。


 何体かがブレスを放ってくる。


 俺も、シアやユリンも動じない。

 動じる必要がない。


 吹きつけられた炎は、俺の周囲10メートル圏内に入ったとたん、消滅した。

 さらに、リトルドラゴンたちも、


 GYAOOOOOOO……GUURURURURUOOOOOOOOO!?


 その雄叫びが、苦鳴と悲鳴に変わった。

 血しぶきが散り、弾け、赤い雨となって周囲に降り注ぐ。


 10メートルのスキル効果範囲内に入ってきたリトルドラゴンから順番に、血を吹き出して絶命した。

 倒れた巨体は、やがて無数の光の粒子となって消滅する。


 淡々と。

 平然と。


 すべてのリトルドラゴンを消滅させた俺は、シアやユリンを従え、労せずして遺跡の前にたどり着いた。




 複数の円柱と屋根に床。

 シンプルな作りの神殿だった。


 俺たちは入り口を通り、内部に入る。


「っ……!」


 ユリンがふいに両手で胸を押さえ、しゃがみこんだ。


「どうした、ユリン?」

「……分かりません。ただ、私の中で何かゾワッとした感覚が」


 ユリンはハアハアと息をついている。


「ぞわっと?」


 シアがたずねる。


「いえ、ずずっと、でしょうか」

「ずずっと……」

「やっぱり、ぞぎゅーん、という感じかもしれません」

「……いや、効果音は割とどうでもよくないか?」


 思わずツッコむ俺。

 と、


「く、ふぅっ……ふあぁ、ああぁ……」


 ユリンが息を乱し、喘ぎだした。


 艶めいた声に一瞬ゾクリとする。


 否、ゾクリとしたのはそんな色香のせいじゃない。


 ユリンの気配が変わっていく。

『人ならざる者』の気配が──急速に色濃くなっていく。


「ユリン、大丈夫か!?」

「私……私は……いや、私じゃないものに、変わって……しま……」

「ユリン!」


 俺は彼女を抱きしめた。


 考えてのことじゃない。

 ほとんど本能的にそうしていた。


 ただ、ユリンの震えを止めたくて。


 ただ、ユリンを守りたくて──。


「大丈夫だ。俺が側についている。シアもいる。不安がる必要はない」

「そうだよ、ユリンちゃん」


 シアも屈みこみ、俺と反対側からユリンを抱きしめた。

 少しずつ、彼女の震えが止まっていく。


「私……私……は」


 ハアハアとまだ息を荒げながらも、ユリンは少し落ち着いたようだ。


 つぶらな瞳から涙を流し、俺とシアを見つめている。

 とりあえずは大丈夫のようだ。


 だが、この現象は一体なんだったんだろう?


 ユリンの身に、何が起きたんだ──?

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