3 リジュ公国

 俺たちはリジュ公国に入った。


 ここは小国ながら歴史が古く、古代遺跡が点在している。

 その中には【混沌】に対抗する手段が眠っているかもしれない──。


 実際、ヴァレリーが『闇の鎖』の呪法を見つけたのも、そういった遺跡の一つかららしい。

 雲をつかむような話ではあるが、まずは探してみよう。


 俺たちは街道沿いに進んだ。


「この辺りまで来ると、少し冷えるな」


 体を震わせる俺。

 今までいたシャーディ王国やラルヴァ王国に比べると、グッと冷えこむ感じだ。


「寒いですか、クロム様?」


 言いながら、シアが寄り添ってきた。


「あ……その、少しでも温まるように、と」

「ありがとう」


 俺は平均的な人間に比べて、体力はかなり劣るし、体自体も丈夫ではない。

 二年前に『闇の鎖』を受けた影響である。


 寒暖にも弱く、シアの心遣いはありがたかった。


「では、私も」


 反対側からはユリンが寄り添ってきた。

 二人の少女に挟まれる格好だ。


 さらに温かくなった。


「むむ……もしかして、ユリンちゃんもクロム様を……」

「あら、私はクロム様が少しでも快適に過ごせるように、と」


 なぜか拗ねたようなシアに、微笑むユリン。

 その瞳に宿る妖しい真紅の輝きを見て、彼女が人間ではなくなったことを、改めて実感する。


 ユリンは俺の【従属者】となり、付与した【闇】のスキルによって魔人と化した。


 魔人。

 その名の通り、魔の属性を備えた人間である。


 強靭な運動能力と、高い生命力、そして絶大な魔力を併せ持っている。


 ユリンはまだ魔人になったばかりのため、そこまで高レベルではないものの、それでも人間に比べれば圧倒的な魔力を秘めている。

 鍛えれば、まだまだ強くなるだろう。


 ただ『魔人』といっても、外見上は人間だったころとほぼ同じだ。

 肩のところで切りそろえた青い髪に、可憐な面立ち。

 メイド風のエプロンドレス。


 違いといえば、人間時よりも耳の先端が多少尖ったことと、全身にまとう禍々しい瘴気くらいだろうか──。




 月明かりの下、俺は木の前に立っていた。

 シアとユリンは数メートル離れた場所で待機している。


「じゃあ始めるぞ、ラクシャサ」

『いつでも。宿主様』


 虚空からにじみ出るように現れたのは、黒衣の美女。

【闇】の端末──ラクシャサだ。


 じゃらり。


 俺は、右手から伸びる黒い鎖を軽く鳴らす。


 今からやろうとしているのは、この鎖の性能テストである。


 俺の中の【闇】が増したためか、使用可能になった新たな力。

 この鎖で何ができて、何ができないのか。


 今後の戦いのために、試しておく必要がある。


 ──動け。


 念じると、鎖の先端が鎌首をもたげるように動いた。

 やはり俺の意志に応じて動く。


 言葉に出さなくても、頭の中で念じるだけでいいようだ。


 ──伸びろ。


 次は長さを測る。

 鎖は俺の意志を受け、まっすぐに進んでいった。


 100メートルほど先まで伸びたところで、その動きが止まる。

 これ以上は伸びないらしい。


「おおよその『射程距離』は100メートルといったところか……」


 その状態で動かしてみると、さっきよりも動きが鈍い。

 どうやら長く伸ばした状態だと、締めつけたり、あるいは打撃を与えたりする力は弱まるようだった。


 また、打撃といっても攻撃力そのものは、並レベルの戦士の一撃程度だ。

 ダメージ数値でいうなら、10や20といった数字だろう。


 当然だが、【固定ダメージ】の9999とは比べるべくもない。

 やはり、マイカ戦で使ったような拘束や、その他の搦め手に使う程度にとどまりそうだった。


 といっても、黒い鎖は【固定ダメージ】よりも遠くまで届くし、攻撃以外の面ではなかなか役立ちそうである。




 ──俺は一通りの性能テストを終え、シアやユリンの元に歩み寄った。


「待たせたな」

「お疲れ様です、クロム様」


 シアがタオルを出し、俺の顔を拭いてくれた。

 思ったより体力を使っていたのか、いつの間にか汗をかいている。


「ありがとう」

「うう、私もしたかったのに……」


 ユリンがぼそっとつぶやいた。


「あ、ご、ごめんね。じゃあ、次はユリンちゃんの番」


 シアが慌てたようにユリンにタオルを渡す。


「えへへ、ありがとうございます」


 礼を言ってタオルを受け取るユリン。

 シアと交代で、今度はユリンが俺の顔の汗を拭く。


 ……そんな二人がかりで拭くほど大量に汗をかいたわけじゃないんだが。


 内心で苦笑した、そのときだった。


「邪悪な気配を持つ者たち──成敗しに来たぞ!」


 背後の茂みから声がする。


 数人の集団が現れた。

 剣士に槍使い、弓術士、魔法使い、僧侶……全部で五人だ。


「間違いない──【闇】の力を持っているようだ」

「ならば、この勇者ハロルドの出番!」

「ユーノとその仲間だけが勇者パーティではないことを、見せてやろう!」


 彼らはいっせいに気勢を上げた。


「こいつら──」


 俺は眉を寄せてうなる。


 二年前、俺がまだ勇者パーティの一員だったころに、多少の面識がある連中だった。


 ユーノたちとは別の、勇者パーティだ。

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