2 不穏な決着

 SIDE ユーノ


 英雄騎士マルゴ。


 ルーファス帝国で最強の騎士として名を馳せる、歴戦の猛者である。

 実力人格ともに申し分なく、多くの人間から敬意を集める、騎士の中の騎士──。


 ユーノはクロムやイリーナ、ヴァレリーらと旅をする中で彼に出会い、パーティに入ってもらった。

 いついかなるときでも冷静沈着に戦況を判断し、剣やスキルを的確に行使する。

 そんな彼に、何度となく助けられてきた。


 そして、今も──。


「来てくれたんですね、マルゴさん」

「遅れてすまなかったな、ユーノ。ファラも」


 マルゴが歩み寄る。


 フルフェイスの兜に全身を覆う甲冑。

 完全武装の騎士姿だ。


「むっ、その腕は──」


 失った右腕を見て、マルゴが驚いた顔をした。


「ええ、ちょっと……ね」


 ユーノは苦笑を返す。


「詳しいことは後で。今はラギオスとの戦いに集中しましょう。ファラさん、君は巻き添えを食わないように注意して」

「……ごめん。加勢できなくて」

「大丈夫だよ。君は、僕が守る」


 ユーノはファラに爽やかな微笑みを送った。


 少しは彼女へのアピールになっただろうか──。

 頭の片隅で、そんなことを冷静に考えながら。


「僕は左、マルゴさんは右でお願いします」

「承知した」


 マルゴが輝く剣を構えた。


 ごうっ……!


 音がして、刃に薄緑色をした風がまとわりつく。


 第一等級の魔法武具『七十七式疾風雷王剣しっぷうらいおうけん』。

 英雄騎士マルゴの代名詞ともいえる宝剣だ。


 ユーノの聖剣には及ばないが、高位魔族すら切り裂く最強レベルの剣だった。


「スキル【祝福の矢】!」


 ユーノが吠える。

 放たれた羽毛型の光弾は、全部で七十。


「そんなもので!」


 ラギオスがブレスで片っ端から撃ち落としていくが、数発がそれをかいくぐった。


 轟音。


 炸裂した光弾は、ラギオスの体内に埋めこまれた『封魔の紋章バリアクレスト』がダメージを肩代わりする。


「ならば、私も──うなれ、我が剣よ!」


 逆方向からマルゴが剣を手に走った。


「『断ち切る風』!」


 巨大な真空の刃──カマイタチが、ラギオスに叩きつけられる。


 二発、三発──十五発目が、ラギオスの胴体部を浅く切り裂いた。


 蒼い鮮血がしぶく。


 ぐおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!


 絶叫するラギオス。

 とうとう『封魔の紋章』の耐久を突破し、本体にダメージを与えたのだ。


「お……のれぇぇぇぇぇええええええええええっ!」


 怒りの咆哮とともに魔竜が巨大な尾を振り回す。


「くっ……!」


 ユーノはすかさず防御スキル【花の守護】でそれを防いだ。

 が、威力を殺しきれずに吹き飛ばされる。


 一方のマルゴは、その攻撃を読んでいたかのように、尾をかいくぐる。

 さすがの戦術眼と身のこなしだ。


 加速し、蒼き竜に肉薄したマルゴは、大きく跳び上がる。

 重い鎧をまとっているのが信じられないほどのジャンプ力で、胸元辺りに宝剣を突き立てた。


 るぐおおおおおおおおおおおおおおあああああああああっ!


 絶叫するラギオス。


 さらにマルゴは竜の体をよじ登ると、


「これで終わりだ!」


 背中から別の剣を抜き、竜の額に突き刺した。

 絶叫がひときわ大きく響き、やがて小さくなっていく。


 ず……ん!


 地響きを立てて、竜の巨体が倒れた。


 地面に降り立ったマルゴは、こともなげに『七十七式疾風雷王剣』を引き抜いた。

 額に突き刺した剣の方は、そのままだ。


「マルゴさん、やりましたね!」


 ユーノが駆け寄る。


「今の剣は?」

「先日手に入れた『竜殺しドラゴンキラー』の一種だ。最上級の竜族には通用しづらいが、ダメージを受けたラギオスになら通るのではないかと考えて、な。思った以上に効いてくれたようだ」


 倒れたラギオスを見て、満足げに告げるマルゴ。


「この剣は、さしずめ奴の墓標か」


 確かに、蒼き竜はぴくりともしない。

 すでに心臓の鼓動も止まり、あふれるような魔力もまったく感じなくなっていた。


 ラギオスは、死んだのだ。


    ※


 SIDE マルゴ


 翌日──。

 ラギオスの居城に、一人の騎士が訪れた。


 完全装備の白き騎士。

 マルゴだ。


 最奥には、今も蒼き竜の巨体が横たわったまま。


「気分はどうだ、ラギオス」

「……ひどい目にあった。勇者の力、やはり侮れんな」


 マルゴが声をかけると、ラギオスはゆっくりと体を起こした。


 その額に突き立ったままの剣は、魔竜が巨体を揺らすと、跡形もなく消滅する。


 昨日の戦いで、マルゴがラギオスに突き立てたのは『竜殺し』などではない。

 対象を丸一日の間、仮死状態にする宝剣だった。


 おかげで、ユーノもファラも、ラギオスは死んだのだと信じてくれた。


(ふん、簡単にだまされおって。確かに戦闘能力では最強だが、精神的に隙があるところはあいかわらずだな)


 マルゴは内心でうそぶいた。


 ともあれ、最初の布石は打った。


 これでラギオスへのマークは甘くなるだろう。

 色々と暗躍しやすくなるはずだ。


(いずれは勇者を討ち、世界中にこのマルゴ・ラスケーダの名を轟かせてやろう。富も栄誉も女も──地上で望むあらゆるものが、この私の手に入るのだ……!)

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