7 開門

 俺はマイカを追い詰めていた。


 奴の配下たる【御使い】は、もはや【固定ダメージ】の敵じゃない。

 マイカの【花の守護】のスキルをもってしても、俺のスキルダメージは防げない。


 近づく端から【御使い】たちは消滅していく。


「くっ……もういい。僕を守れ!」


 マイカはさらに十数人の村人の死体をの【御使い】に変え、自分の周囲に並ばせた。


「攻撃を諦め、防御に徹したか」


 だが、それも無駄だ。

 俺が距離を詰めれば、防御ごと奴を消し飛ばすことができる。


「オーブを返してもらうぞ」

「返す? 冗談じゃない! これはヴァレリー様のものだ! あなたにこれを持つ資格はない! 絶対に渡さない!」

「なら、力ずくで奪い取る」


 俺はまっすぐに歩みを進めた。


「くっ……」


 気圧されたようにマイカが後ずさる。


「ユリンの村にこれだけのことをしたんだ。許されると思うなよ」


 少なくとも逃がすつもりはない。

 見逃せば、あいつはおそらく別の場所で同じことをするだろう。


 犠牲がこれ以上増える前に、ここで確実に始末する。


「ええい! なんでもいいから足止めしろ! 僕はその間に逃げる!」


 マイカが絶叫した。


 同時に、奴の周囲を守っていた【御使い】たちがいっせいに向かってくる。


 ある者は正面から突進し、別の者はハンマーを投げつける。

 さらに光の翼で飛翔し、空中から襲いかかる者もいた。


 そのすべてが──俺の黒い鱗粉に触れたとたんに消滅する。


「逃がさんぞ、マイカ」


 俺はなおも歩みを進めた。


 スピードは奴の方が上。

 だが、奴の攻撃手段は俺がすべて封殺できる。

 どこかでシアと連係し、奴を捕らえることは十分可能だろう。


 ──と、そのときだった。


『覚醒が進んでいるようですね、宿主様。何よりですわ』


 中空から微笑み混じりの声が響く。

 艶めいた女の声。


【闇】だ。


「なんだ、急に出てきて」


 こっちから質問したときは気まぐれにしか答えてくれないくせに。

 なぜこのタイミングで出てきたんだ……?


『【闇】と【光】は互いに高め合う存在。照らす【光】が強ければ強いほど、【闇】もまた強く、深くなります』


 説明する【闇】。


『今まで以上に育まれた【闇】によって、あなたは新たな段階に進む機会を得られそうです。『黒の位相クリフォト』が開きますよ』

「クリフォト……?」


 耳慣れない単語に俺は眉を寄せた。


 次の瞬間、目の前に黒い霧のようなものが広がっていく。

 その向こうから、高さ数百メートルはあろうかという巨大な門が出現した。


「これは──」


 門の内部に黒紫色の輝きが灯る。


 視界が暗転し、そして──。




 気がつけば、どこまでも広がる荒野にいた。




「どこだ、ここは……!?」


 少なくともユリンの村じゃない。


 赤黒い色をした不気味な土の荒野が地平線まで続いていた。


 まさか、と思った。


 研究所でヴァレリーから聞いた話を思い出す。

【光】や【闇】とは何か、という俺の問いかけに返ってきた答え。




『簡単に言えば、この世界とは異なる空間に眠る膨大なエネルギーを秘めた何か、だ』




 その『異なる空間』とやらは、もしかして──この場所なんだろうか?


『ご名答です』


 いつの間にか、俺の側に人影があった。


 足元まで届く艶やかな黒髪。

 対照的に、どこまでも白く滑らかな肌。

 周囲に溶けこむような黒いドレスは、まるで貴族令嬢のようだ。


 その瞳には光彩がなく、【闇】そのもののよう──。


「お前は……」

『これだけはっきりと具現化してお会いするのは初めてですね』


【闇】だった。


 妙齢の美女は妖しい微笑混じりに俺を見つめている。


 こいつ、こんな姿をしていたのか。

 以前にぼんやりとした姿を見たことはあったが……。


『ここは『黒の位相』。現世よりも【闇】が濃くわだかまる世界。私の故郷でもあります』

「やっぱり別の世界なのか?」


 俺の問いかけに、【闇】は静かにうなずいた。


 ──と、悠長に話している場合じゃない。


「向こうの世界にはシアやユリンがいるんだ。早く戻らないと──」


 二人がマイカに殺される……!


『ここは現世とは時間の流れが違います。慌てなくても大丈夫ですよ』


【闇】が微笑んだ。


『ここを出る際には、先ほどの一瞬後の時間に戻りますから』

「じゃあ、早く戻してくれ」


 俺は彼女に言った。


「『黒の位相』とやらに用はない」

『本当にそうですか? あなたはさらなる力を欲しているのでは?』


【闇】が喉を鳴らして、くっくっと笑う。


 さらなる力──。

 そう、来たるべきユーノとの戦いに向けて、俺はより強大な【闇】の力を求めている。


「この世界に、俺がもっと強くなるための何かがあるのか」

『まずあなたは知らなければなりません』


 俺の問いに対し、【闇】はどこかはぐらかすような答えを返した。


『出会わなければなりません。向き合わなければなりません。あの存在に』

「……もったいぶらずに、具体的に言ってくれないか」

『殿方を焦らすのは女のたしなみですよ、宿主様?』


【闇】はやけに嬉しそうだ。


『ご案内いたしましょう。あなたをさらなる【闇】へと導くために。さあ、こちらへ』


 こうして──。


『黒の位相』の旅路が始まった。

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