9 復讐者と聖女3

「シア、イリーナの両足を前に出させろ」


 俺は話を聞く前に、【従属者】の少女騎士に命じた。


「はい、クロム様」


 うなずいたシアがイリーナを座らせ、両足を前に投げ出すような格好を取らせた。


 まずは、最初の制裁の準備だ。


「話せ」


 俺はイリーナに促した。


「……禁呪法『闇の鎖』。その力は対象の憎悪や絶望を吸い上げ、【闇】を生み出すこと。そして生み出された【闇】によって生じる【光】を指定した人間に与えること」

「つまり俺からは【闇】が生まれ、そのおかげでユーノが【光】を得た……ということでいいんだな?」

「はい。ヴァレリーさんはそう説明していました」


 と、イリーナ。


「あなたに絶望を与えるために、その、私はあなたに求婚しました……それによって、あなたの【闇】がより深くなるように……」


 なまじ言い訳をすれば俺の怒りを余分に買うと踏んだのか、意外なほどストレートに告げるイリーナ。


「あなたが選ばれた理由は、ヴァレリーさんとユーノが特に推したからです。その理由までは、私は聞かされていません」


 つまり、ヴァレリーやユーノに聞けば、理由は分かるわけだ。

 もちろん、本当はイリーナも理由を知っていて、ただ隠しているだけかもしれないが。


 まあ、いい。


「次の質問だ」


 俺にとって、より知りたかった問いを──イリーナに投げかける。


「お前は最初から俺を裏切るつもりだったのか?」

「っ……! ち、違います! 私は本当にあなたを愛していました」

「俺に求婚した夜に、ユーノに抱かれたよな?」

「本当に、恋をしていたんです。あなたに」


 イリーナは悲しげなため息をついた。


「ただ、野心もありました。私は一介の僧侶では終わりたくない──もっと大きな存在になりたい、と。後世まで伝えられるような聖女になりたい、と」

「……ふん」

「最初は小さな願いでした。ですが、それは野心となり、いつの間にか大きくなっていました。自分でも抑えきれないほどに」


 イリーナが続ける。


「他の勇者パーティと競い合ううちに、野心は際限なく強まりました。それを満たしてくれるのは、【光】を得た勇者ユーノだけだと考えました」

「だから──あいつに乗り換えたわけか」

「ただ、その……あのときはどうかしていたんです!」


 イリーナが叫ぶ。


「俺を捨ててユーノの元についたのは気の迷いだった、と?」

「そ、そうです! 私が本当に愛しているのはあなただけです! いくら野心があったとはいえ、他の男に肌を許したのは間違いでした。今も、後悔しています。私は、心の底ではずっとあなたを……」


 俺は皆まで言わせず、わずかに踏みこんだ。


「ぎゃあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 イリーナの口から漏れる、動物的な苦鳴。


 彼女の足が【固定ダメージ】の効果範囲に触れ、鮮血が噴き出した。

 殺さないように慎重に距離を調節し、足だけを傷つけるようにしたのだ。


 ──俺は、この二年間でスキルの扱いをずっと訓練してきた。


 スキルのダメージ数値や効果範囲は不変だが、微妙な距離の調節でダメージを与える部位を限定する技術を身に着けた。


 すべては、このときのためだった。


 おそらく、彼女の足は二度と使い物にならないほどのダメージを負っただろう。


「次は腕だ。シア」

「はい、クロム様」


 俺の命令に従い、シアがイリーナの腕を突き出させる。


「や、やめて……お願いです、やめてぇぇぇ……」


 悲鳴を上げるイリーナだが、俺もシアも無視した。


「さっきの男はどうだ? あいつのことも気の迷いか?」

「そ、それは、そのっ……ち、力ずくで犯されたんです! 私に薬を盛って、卑劣にも体を汚して──あぐぅぅぅっ、あああああああああああぎゃぁぁぁっ!」


 今度は、腕だ。

 これでイリーナの四肢は、死んだ。


「ああ……ぐぅぅぅ……クロム……ぅぅぅ……っ」

「見え透いた嘘は見苦しいぞ、イリーナ」


 俺は冷ややかに聖女を見下ろした。


「結局のところ、お前の中にあるのは打算だけだ。自分が欲しいもののために、利用できる男は誰でも利用する──」


 なぜ俺は、彼女に恋をしたんだろう。


 いや、恋人になったばかりのころは、こんな女じゃなかった。

 そう思いたかった。


 最初に俺に恋をしたのは嘘じゃない、と。

 彼女の言葉を信じたい気持ちも、片隅にはある。


 未練がましくても、やはり俺にとっても大切な想いだったから──。


 だけど、それすらも嘘なのか。

 どこまでが真実で、どこからが嘘なのか、もはや分からない。


 きっと永遠に分からない。


 ──分かりたいとも、思わない。


 ずっとくすぶっていた未練が、少しずつ、確実に晴れていく気がした。

 血まみれで苦しむイリーナを、俺は自分でも驚くほど醒めた気持ちで見下ろしていた。


「い、いや、殺さないで! 殺さないでぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 イリーナが絶叫した。


 さすがに聖女らしく取り繕う余裕はないんだろう。

 本性をむき出しに、命乞いの叫びを上げる。


 涙でぐしゃぐしゃに歪んだ顔は、醜かった。


「また、昔みたいに恋人に戻りましょう? あなたが望むだけ、いつでもこの体を抱かせてあげます! それにお金だって……私、最高司祭になりますから、いくらでもあなたに与えられます! ね? あなただって、まだ私に未練があるんでしょう? そ、そこの女なんかより、私の方がずっといいですよね? 顔も、体も──」

「安心しろ、イリーナ。殺すつもりはない」


 俺は微笑んだ。


 怒りも、憎悪も、消えることはない。

 今だって胸の芯には激情の炎が宿っている。


 だけど、そんな自分の状態を冷静に知覚できる余裕が生まれていた。


「一度は恋人だった仲じゃないか、イリーナ」


 我ながら白々しいと思いながら告げる。


「クロム……ありがとうございます」


 イリーナは表情をほころばせた。


 といっても、俺の言葉をストレートに信じたわけじゃあるまい。

 ただ、今の彼女は四肢を潰され、抵抗を封じられ、俺の言葉に乗るしかない状況だ。

 俺の機嫌を損ねないよう振る舞おうとしているんだろう。


 だが──残念だな、イリーナ。

 お前がどんな態度を取ろうが、俺はもう決めているんだ。


 お前への復讐──その最後の段階を。


 今から、執行する。

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