2 胎動する【闇】

 俺とシアは旅を続けていた。


 ──シャーディ王国の大貴族であるライオット公爵の殺害は、国を揺るがす事件となった。

 目下、国を挙げて犯人を捜索中ということだ。


 だが、今のところは犯人不明状態である。

 俺もシアもフードを目深にかぶり、顔を仮面で隠していたため、素顔は誰にも見られていない。


 とはいえ、いつまでもシャーディ王国に居座っていては危険だ。


 俺たちは隣国であるラルヴァ王国に入り、街道を進んでいた。


 ここは名前の通り癒しの女神ラルヴァの信仰が盛んな王国である。

 ラルヴァ教団の神殿が各地にあり、イリーナは最高司祭に次ぐ高位司祭の一人として、この国にいる。

 近々最高司祭になるという話で、その記念式典やパレードがもうすぐ行われる。


 狙うのは、そこだった。

 パレード進路である王都内に入り、イリーナに復讐を遂げる──。


 ただ、俺は脚力がかなり弱いため、スローペースの旅路になっている。

 馬車を使うこともあるが、路銀が少々心もとない。


 一時的に冒険者でもして稼ぐ、という手もあるが──。

 ライオットの件があるから、あまり大っぴらに人前に出たくない。


 徒歩と馬車を併用した旅は、すでに五日。

 王都までは三日から四日というところだろうか。

 式典は一週間後だから、十分に間に合うだろう。


「聖女イリーナ様──あたしは一度、遠目で見たことがありますけど、すごく綺麗で優しそうな人でしたね」


 うっとりした表情で語るシア。

 ツーサイドアップにした真紅の髪が風にたなびいた。

 この辺りは、風が強いようだ。


「……まあ、外面はいいからな」


 俺は皮肉げに口の端を歪めた。


「す、すみません」


 ハッとした顔になるシア。


「責めているわけじゃない。それより、一つ聞いていいか?」


 俺はシアにたずねた。


「復讐を果たして、どんな気持ちだ?」


 半ば発作的に出た質問だった。

 なぜそんなことを聞いたのか、自分でもよく分からなかった。


 イリーナがいる国に来て、気持ちが高ぶっているんだろうか。

 あるいは、彼女の答えを知れば、俺の進むべき道が見えると思ったんだろうか。


「……あたしは」


 シアはわずかに息を飲み、首を左右に振った。


「今はまだ──気持ちの整理がついていません」


 口元をギュッと引き締める。

 花のような唇から血の気が失せ、震えていた。


「胸のつかえが下りたような感覚はあります。だけど、これから先──あたしは自分の人生を前向きに進んでいけるのか。それともずっと憎しみや悲しみ、苦しみがくすぶったままなのか、今は……まだ」

「そうか」


 俺は小さく息をついた。


 復讐すべき相手は、あと五人。

 それをすべて果たしたとき、俺はどんな気持ちでいるんだろう──。




 夜になり、俺たちは街道から少し離れた森の中で野宿をした。

 町の宿屋でもいいんだが、路銀にそれほどの余裕がないため、節約したのだ。


 普通ならこんな場所での野宿は、盗賊やモンスターなどに警戒しなければならない。

 だけど俺にはEXスキル【固定ダメージ】があるため、その心配は皆無だった。


 このスキルは、対象となる者が俺の周囲10メートル内に入った瞬間にまず『9999ダメージ』を与える。

 その後は、3秒ごとにさらに『9999ダメージ』を与え続けるというものだ。


 要は、俺の周囲10メートル内に入った敵は、その時点で即死する。

 もちろん10000以上のHPがあれば別だが、それこそ魔王や側近クラスくらいしかありえないだろう。


 シアには俺から10メートル以上離れるな、と念押ししてあった。


「男と二人っきりでの野宿だが、まあ我慢してくれ」

「あたしが勝手に付いてきたんですから。クロム様はお気遣いなさらないでください」


 言って、シアは俺をちらりと見た。


「その……もしかして、あたしの体をご所望ですか?」


 予想外の言葉に、思わずむせそうになった。


「……いきなり何を言い出すかと思えば」

「わざわざ二人っきりで野宿というのはそういう意図かと」

「ただの節約だと言ったろ」

「男はみんなケダモノだって姉さんから教わったので」


 初めて会ったときも、そんなことを言ってたな。


「まさか、まだ俺を警戒してるんじゃないだろうな?」


 俺は思わずジト目でシアを見た。


「すみません、つい」


 彼女は悪戯っぽい表情で微笑んだ。


「冗談が過ぎましたね」

「いや、冗談ならいいんだ」


 言って、俺は小さく肩をすくめた。


 きっと、これが本来のシアの表情なんだろう。

 初めて会ったときは、ライオットへの復讐心で限界まで張りつめていたはずだ。

 それが果たされたことで、少しずつ素に戻りつつあるのか。


「軽口が言えるようになったのはいいことかもしれないな」

「ふふ、ありがとうございます」


 また微笑むシア。


 そうだ、彼女はまだ若いんだし、そうやって少しずつでも穏やかな気持ちを取り戻していければいいな。

 俺にはもう、そんな感情は取り戻せそうにない。


 いや、もしかしたら──俺にもいつか、そんな日が訪れるのか?


 今はまだ、何もわからない。


「そろそろ寝るぞ」

「はい、クロム様」


 俺たちは寝袋を並べて、横になる。

 一日歩いた疲れが、心地のよい睡魔を誘う。


 いつしか俺は眠りにつき、そして──。




「ますか……クロム、聞こえ……ます……か……?」




 声が、した。


「ん……?」


 怪訝に思って、身を起こす。


 森の中じゃない。

 俺は、小高い丘の上にいた。


 辺り一面に無数の墓標が立っている。

 地平線の彼方まで、延々と。


「なんだ、これは……!?」


 俺は呆然と周囲を見回した。




 ううぅぅぐぅおぉぉぉぉああ、痛いよぉぉぉぉ……!

 許せないゆるせなぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃ……!




 どこからともなく、苦痛や怨嗟の声が聞こえてきた。


 それも一つや二つじゃない。

 数百数千数万──あるいは、それ以上の。


 負の想念に満ちた、空間。


「聞こえますか、クロム……」


 今度は声がはっきり聞こえた。

 どこかで聞き覚えのある声だった。


 目の前で何かが揺らめいたかと思うと、人影が浮かび上がる。


 細身のシルエットは漆黒で、どんな顔をしているのかも分からない。

 体型からすると女だろうか。

 足元まで届く、長い闇色の髪が風になびく。


「まだ、ここまで近づくのが精いっぱいのようです……もう少し、時間がかかりそうですね……」


 謎の女(?)が言った。


 じゃらり、と音が鳴る。

 右手の先に長い鎖が巻きつけられているのが、見えた。


「ですが、もうすぐです……もうすぐ、会えますね……クロム……」

「誰なんだ、お前は……」

「私は──です」


 彼女が口にした名前は、俺には聞き取れなかった。


「いずれ、そのときに……」


 含み笑いとともに、漆黒のシルエットは消えてしまった。


 一体、なんだったんだ。


 不審に思いつつ、俺はハッと気づく。

 さっきの声に聞き覚えがあると思ったら、俺がよく知っている声だったのだ。


 なぜか頭がぼうっとして、そのことに気づくのが遅れてしまった。


 よく知っている声なのに。

 二年間、何度となく聞いてきた声だというのに。


 そう、女の声は──EXスキル【固定ダメージ】を身に着けたときや、使用時に聞こえるものだった。


【闇】の、声だ。




「ふう……」


 俺はゆっくりと上体を起こした。


 さっきのは夢だったんだろうか。

 隣ではシアが安らかな寝息を立てていた。

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